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ファーウェイの新型スマホ「Mate60プロ」に米制裁対象のはずの先端半導体が使われていた。国産化に成功したのか?

ニューズウィーク日本版 2023年10月5日 19時42分

<「iPhone15より使える!」との声もある5G対応スマホを市場投入。アメリカの制裁下で、どうやってその半導体技術を手に入れたのか、懸念が広がっている>

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中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)が今夏、新たな主力製品として発売した5G通信対応の最新型スマートフォンをめぐり、米政界では警戒の声が高まっている。ファーウェイにプロセッサを提供したのは米政府の制裁対象となっている中国の半導体大手・中芯国際集成電路製造(SMIC)。同社が高性能の半導体開発に成功したのなら、中国への先端技術の流出を防ぐために米政府が課した輸出規制の効果が疑問視されるからだ。

中国の国営メディアは、ファーウェイの新型スマホ「Mate60プロ」には回路幅7ナノメートルのプロセッサが搭載されていると発表、技術覇権をめぐるアメリカとの戦いで、わが国は偉大な飛躍を成し遂げたと喧伝している。アメリカでも広く購読されている中国国営の英字紙チャイナ・デイリーは、Mate60プロに搭載されているSMICのプロセッサ「麒麟(Kirin)9000S」を「驚くべきブレイクスルー」と絶賛した。

しかし中国国外ではそこまでの熱狂はない。テック業界の専門家に言わせれば、SMICの最新の半導体は、技術の壁を突破するという意味の「ブレイクスルー」というより、抜け出すというニュアンスを持つ「ブレイクアウト」と呼ぶに相応しい。このチップを広く普及させるためには、それ以外の一連の技術的な課題をクリアしなければならないからだ。

こっそりアメリカ製の装置を使っている?

「半導体のリソグラフィ技術では中国はまだまだ後れを取っている」と、中国電子専用装置工業協会のLi Jinxiang事務局次長は、8月にあるフォーラムで述べた。リソグラフィとは、半導体に複雑な回路パターンを転写する技術のこと。集積度が極めて高い半導体生産の鍵を握る技術で、転写には特殊な露光装置が使われる。

「中国の半導体生産ラインでは、国産の露光装置は全く使用されていない」と、Liは嘆いた。「こうした装置はおおむね研究機関で使われているだけだ」

米政府は1年前に中国企業に対し、先端半導体の生産に必要な装置の入手を制限する措置を課したが、今後さらに厳しい規制をかけると中国政府に警告したと、ロイターが伝えている。

だが大人気を呼ぶファーウェイの新型スマホにSMICのチップが搭載されていることから、中国がアメリカの規制を巧妙にかいくぐっているのではないかと、米政界の一部は懸念している。米下院の中国共産党特別委員会を率いる共和党のマイク・ギャラガー下院議員(ウィスコンシン州選出)は9月、米商務省に対しファーウェイとSMIC向けの「技術輸出の全面禁止」を求めた。

米議会の有力議員らは、SMICが「アメリカの制裁を破り、アメリカ製の装置を使ってファーウェイのためにチップを生産している可能性がある」とみており、ファーウェイとSMICにはさらなる制限が課されるだろうと、『半導体戦争』(邦訳・ダイヤモンド社)の著者で、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院の准教授であるクリス・ミラーは本誌に語った。

技術水準では、SMICは世界トップクラスの台湾の半導体メーカー・台湾積体電路製造(TSMC)に遠く及ばないが、中国政府は麒麟9000Sの開発を「カネに糸目をつけずに支援した」と、ミラーはみる。

「輸出規制で中国企業のコスト、特に高性能チップの開発コストが上昇したのは確かだが、SMICが実証してみせたように、中国政府が大枚をはたいてくれるから、回路幅7ナノメートルのスマホ用チップを量産することは可能なのだ」

米商務省は何よりもまず、アメリカの製品や技術が第三国経由で中国に流れる抜け穴を防ぐ必要があると、米シンクタンク・独マーシャル財団の一部門「民主主義を守るための同盟」の新興技術担当上級フェローのリンジー・ゴーマンは言う。SMICはそれを利用して麒麟9000Sの開発に必要な技術を入手した可能性があるからだ。

ゴーマンによれば、「麒麟9000Sは、中国企業がサプライチェーンの国産化に成功したことを示すというより、あちこちからかき集めた技術で引き続き先端半導体の開発を進めていることを示す」製品だ。

「厳しく管理されたアメリカの先端半導体の生産技術が、たまたま(再輸出の許可を必要としない)『許可例外』扱いされて、(第三国から中国に)渡った可能性はそう高くないと思うが、もしそうであれば、ただのミスでは済まされない。だがそれより可能性が高いのは、輸出規制が発効する前にSMICがせっせと装置を買い集めていたことだ」

転写技術の後れは挽回不可能

「中国もやがては(半導体生産に必要な装置の)国産化に成功するだろう」と、ゴーマンは予測する。だが、先端半導体の生産に特化した特殊な装置を入手できなければ、「それには非常に時間がかかり、その間に計算集約型のAI分野で民主主義陣営に大きく水を開けられる可能性が高い」というのだ。

世界最先端の露光装置を製造できるのは、オランダ企業のASMLのみ。中国政府は国産の半導体生産能力を高めて、アメリカとその同盟国への依存を減らすよう、国内企業に盛んに発破をかけているが、ASMLの技術を模倣することは、中国のテック企業には無理な相談だ。

中国の李強(リー・チアン)首相は9月、首都北京の露光装置メーカーを視察し、「特殊技術に特化した新興企業にとっては、イノベーションが全てだ。主力事業に集中し、忍耐強く刻苦勉励し、全社を挙げて科学・技術的イノベーションに邁進してほしい」と激励したと、国営テレビの中国中央電視台(CCTV)が伝えた。

中国最大手の半導体露光装置メーカーは上海にあるが、同社の装置が対応しているのは回路幅90ナノメートルまで。ASMLや日本のニコンの露光装置に比べると何世代も後れている。

米政府がどれほど輸出規制を徹底しても、中国企業は新たな抜け穴を見いだすだろう。しかしリソグラフィ技術の後れは、そう簡単には埋められそうにない。

最近、経済・金融情報サービスのブルームバーグの調査で、ファーウェイがSMICへの依存を減らすために、中国南部で進めている半導体生産工場の建設を、少なくとも4社の台湾企業が「秘密裏に」支援していたことが分かった。

台湾の王美花(ワン・メイホア)経済部長(経済相)は事実関係を調査中で、問題の4企業が米政府の輸出規制に違反したかどうかは現時点では確認できていないと述べた。

「これらの企業が使用する機器がアメリカのルールで制限されている製品であれば、アメリカの輸出管理措置に注意を払うよう通告するつもりだ」

本誌はファーウェイにコメントを求めたが、この記事の掲載までには返答を得られなかった。


アーディル・ブラール(中国ニュース専門ライター)

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