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大谷翔平の活躍は効果大? MLB観客動員数が大幅増加...その本当の理由

ニューズウィーク日本版 2023年10月10日 17時40分

<まるで漫画のような結末で決めた世界一。圧倒的なパフォーマンスの大谷にアメリカも感動している>

風が、湿った雪を部屋の窓にたたき付ける。外は暗い。ボストン近郊のわが家で、私はソファに身を沈めていた。春はまだ来ない。と、次の瞬間、夜空が割れて光を放った。私は思った。見よ、やはりヒーローはいるのだ。この世の中、まだまだ捨てたものじゃないぞ。

「オー・マイ・ゴッド!」私は闇に向かって叫んだ。びっくりした妻が隣の部屋から首を出したが、すぐに事態を理解した。

あれは2023年3月21日の晩、私はテレビで大谷翔平がマイク・トラウトを空振り三振に仕留め、日本に3-2の勝利を、そしてワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の優勝杯をもたらす歓喜の瞬間を見届けた。

それはあまりにも劇的で、小学生の「ごっこ遊び」か漫画の世界でしかあり得ない展開だった。しかし大谷もトラウトも真剣だった。大谷は野球発祥の国アメリカで、アメリカの代表をねじ伏せた。WBCも成長した。今はどこの国の、誰がヒーローになってもおかしくない。

WBCでの大谷のパフォーマンスは圧巻だった。大会を通じて最速の打球を放ち(時速191キロ、対チェコ戦での二塁打)、最速の球を投げ(時速164キロ、対イタリア戦)、最も遠くまで球を飛ばした(飛距離137メートル、対オーストラリア戦のホームラン)。通算打率は.435、出塁率は.606、長打率は.739(二塁打4本とホームラン1本)。投手としては9回と2/3を投げ、11奪三振で防御率は1.86。当然、大会のMVPに選ばれた。

決勝の前に生まれた名言

そのリーダーとしての気質も日本の勝利に貢献した。アメリカとの決勝戦を前に、チームメイトに「(アメリカの選手に)憧れるのをやめよう」と語りかけたことは有名だ。「憧れてしまったら彼らを超えることはできない。僕らは今日、トップになるためにここに来た。今日一日だけは勝つことだけを考えよう」

そして彼は目標を達成した。試合後、大谷は「間違いなくこれが今までの人生で最高の瞬間」だと述べ、さらにこう続けた。「これで日本の野球が、世界のどこのチームにでも勝てることを証明できた」

アメリカでは、しばらく前から野球人気が低下傾向にあった。なにしろ野球の試合は「時間がかかりすぎる」からだ。かつて野球は、いろいろな国からアメリカにやって来た移民にとって社会に溶け込むため、そして金持ちになるための出世ルートだったが、今は違う。今の民族的少数派、とりわけアフリカ系アメリカ人は野球よりもフットボールやバスケットボールを選んでいる。

だが大谷時代の今は野球に勢いがある。今年のMLB(米大リーグ)の観客動員数(7074万7365人。昨季から600万人以上も増加)は、前年比で1998年以来最も大幅に増加している(7000万人を超えたのは、2017年以来)。新たに導入されたピッチクロック(投球時間制限)や投手交代時の規則など、試合時間を短縮するためのルール改定が効果を上げたのだろう。実際、試合時間は平均で20分ほど短い。

もちろん、今でもアメリカで一番の人気スポーツはアメリカンフットボールで、約1億8840万人のファンがいる。だが野球にも1億7110万人のファンがいる。バスケットボールの1億5590万人よりも、アイスホッケーの1億3620万人よりも多い。大谷やトラウトのような選手がいるのだから、どんどんファンが増えるのは当然だ(この2人が同じチームにいたままリーグ優勝を狙える展開になれば、もっとファンは増えるだろう)。

私の感触では、アメリカの野球ファンは大谷のことが大好きだ。彼らはWBCでアメリカ代表チームが負けたことに失望などしていない。むしろ大谷が大活躍し、日本を優勝に導いたことに感動している。

もはや大谷は「神」になった

あのパフォーマンスと、あの劇的な結末。あれを見れば誰だって身震いする。まさに神業。あの3月21日の晩、彼は世界の、そして私の度肝を抜いた。その後の半年間、彼は全米各地の球場で投打の二刀流パフォーマンスを披露し、野球ファンを熱狂させた。先頃、ある大人の野球ファンに大谷についての感想を聞いたら、彼は即座にこう言った。「ああ、大谷は神様だ」と。

悲しいかな、神様とて不死身ではなかった。記録破りのシーズンも終盤に入った8月23日、大谷の体が悲鳴を上げた。右肘の内側側副靭帯に、またも異変が生じた。それでまた、シーズン前のWBCで無理をした選手は疲労の蓄積などで調子を崩し、あるいは故障しやすいという苦情が噴き出した。

とんでもない。データを見る限り、WBCでの奮闘でレギュラーシーズンに調子を落とし、あるいは負傷欠場に追い込まれた選手はいない。

大谷の場合は? WBCでは7試合に出場し、9イニングしか投げていない。これくらいは春のキャンプでも投げる。

WBCに出場した日本人選手でシーズン中に調子を落としたように見えるのは、わがボストン・レッドソックスの吉田正尚だけだ。WBCでは.409だった打率が徐々に落ちていった。しかし彼はMLBにデビューしたばかりの「新人」。対戦相手の投手が彼の癖に気付き、慣れてくれば、そう簡単に打たせてもらえない。これは新人選手の試練だ。

私の思うに、今やWBCは世界中のファンを沸かせる特別なスポーツイベントの1つになった。サッカーにとってのワールドカップ、アイスホッケーにとってのオリンピックに負けないくらい素敵なイベントになりつつある。間違いない。

大谷が投げ、トラウトのバットが空を切って試合は終わった。私はソファから立ち上がり、キッチンへ移動して外を見た。

まだ雪が降り続き、気温は氷点下まで下がっていた。外は暗いのに、まぶしかった。急に寒さが和らいだように思えた。靭帯の損傷は、まだ思いもよらない未来だった。

グレン・カール(本誌コラムニスト、元CIA工作員)

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