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イスラエル「世界最強」防空システムと情報機関でも、奇襲を防げなかった理由...もはや「ハマス敗北はない」の声も

ニューズウィーク日本版 2023年10月11日 18時58分

<双方の死者が計1500人超というイスラエルにとって建国以来最悪の奇襲攻撃だが、「抵抗の枢軸」はどこまでハマスの作戦に関与したのか?>

[ロンドン発]パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスによる奇襲攻撃で、イスラエル側では建国以来最悪とされる900人以上、ガザで687人を含む計1500人以上が死亡した。世界最強と称賛されてきた防空システム「アイアン・ドーム」や情報機関に守られているはずのイスラエルはどうしてハマスの奇襲をまともにくらってしまったのか。

■【動画】ゲームにあらず、降り注ぐロケット弾を正確に捉えるイスラエルの迎撃ミサイル(2021年の映像)

米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(10月8日付電子版)は「ハマスと、レバノンを拠点に活動するイスラム教シーア派組織ヒズボラ(イランが支援するもう一つの過激派組織)幹部によれば、イランのイスラム革命防衛隊はハマスの奇襲攻撃計画を支援し、10月1日にベイルートで開かれた会議で攻撃にゴーサインを出した」と報じた。

イスラム革命防衛隊は8月からハマスと協力。会議にはハマスやヒズボラを含む4つの民兵組織が参加して陸海空の統合作戦を考案したという。テヘランが直接、イスラエル人殺害の責任を負うことになった場合、中東の紛争リスクは一気に高まる。同紙によると、イスラエル当局はテヘランの責任が明らかになった場合、イラン指導部を攻撃すると公言している。

しかしアントニー・ブリンケン米国務長官は米CNNのインタビューに 「イランがこの攻撃を指示した、あるいは背後にいたという証拠はまだ見つかっていない」と語り、ハマス幹部も「パレスチナとハマスの決定だ」とイランの関与を否定。イラン国連代表部は「パレスチナの正当な防衛を支持するが、われわれは関与していない」と疑惑を全面否定している。

イランは『抵抗の枢軸』のパトロン

英紙フィナンシャル・タイムズ(10月9日付電子版)は「ハマスと『抵抗の枢軸』、パトロンのイランを結びつけるものは何か? テヘランが支援するネットワークは、過激派グループ(ハマス)がいかにしてこのような多面的な攻撃を実行できたかを説明するカギになるかもしれない」と解説している。

「抵抗戦線」と呼ばれることもある「抵抗の枢軸」とは何か。米国や他の西側諸国の影響力、イスラエルと敵対するイラン・シリア、非国家主体の政治的・軍事的連携だ。イランは影響力を拡大するため地域の民兵組織や政治組織と数多くの関係を築き、国家スポンサーになってきた。イランとヒズボラはシリア内戦でアサド政権を積極的に支援した。

今回ハマスに続いてイスラエルを攻撃したヒズボラは1980年代前半の結成以来、イランから強力な支援を受けてきた。イラクのシーア派民兵組織の一部もイランの支援を受け、イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」との戦いで重要な役割を果たした。イエメンの反政府勢力フーシ派もイランが支援しているとの見方もある。

ハマスもイランの支援を受け、イスラエルを攻撃してきた。米欧やイスラエルを嫌悪する、こうした組織は長年にわたり、さまざまな形で協力し、資源、戦術、専門知識を共有して訓練を重ね、時に共同作戦を実施してきた。しかし魑魅魍魎の関係は決して「一枚岩」とは言えない。複雑怪奇である。

「イスラエルを破壊することが長期目標だ」

ハマスの奇襲攻撃は5000発以上のロケット弾一斉発射、ブルドーザによるバリケード突破、ハンググライダーや海上ルートの利用など、大掛かりな陸海空統合作戦をイスラエルの情報機関に全く気づかれずにやってのけた。とてもハマス単独でできるとは考えにくい。それが「抵抗の枢軸」の黒幕であるイランの関与疑惑が浮上した背景にある。

ハマスと「抵抗の枢軸」の連携は(1)ロケット弾能力を高めるためイランからの武器や技術の供与(2)シリア内戦などで豊富な戦闘経験を持つヒズボラによる戦闘員の戦術訓練(3)イランからの資金援助(4)イスラエルの防空システムなど国防に関する情報共有(5)政治的支援――などが考えられる。

イスラエルのマイケル・ヘルツォグ駐米大使は米CBSに「ハマスとイランは密接に結びついている。イランはハマスに物質的な支援、資金、武器を提供している。彼らは同じ連合の一員だ。われわれの知る限り、イランが主導する連合が関与していることが疑われる」と指摘している。

イスラエルのギラード・エルダン国連大使も「イランのエブラヒム・ライシ大統領が数週間前にハマス指導者と会談した。彼らがこの地域におけるイランの代理人である軍隊、テロ組織を調整しようとしたことは容易に理解できる。イランが彼らに提供する核の傘によってイスラエルを破壊することが長期目標だからだ」と述べた。

フィナンシャル・タイムズ紙は「イスラエルとイランが敵対する中で、ハマスが完全にイランの支配下に入ることはなかった。近年はカタールから資金を調達し、『イスラム国』からプロパガンダのノウハウを学び、エジプトの情報機関との関係を保ってきた」と指摘する。しかしイランに称賛された奇襲攻撃はハマスとテヘランの結びつきの再評価を促している。

ハマスはイランの代理人ではない

ベイルートを拠点とするカーネギー中東シンクタンクのモハナド・ハゲ・アリ上級研究員はX(旧ツイッター)への連続投稿で「イスラエルとアラブ諸国の関係正常化を進めるアブラハム合意はイスラエルとアラブ諸国、イラン主導の『抵抗の枢軸』という二項対立を生み出した」と分析している。

「イランが支援する『統一戦線』は異なる過激派グループ(ヒズボラとハマス、パレスチナ・イスラム聖戦)の同盟と協調の強化を伴う。2021年の紛争では共同作戦室が設置された。イスラエルによるガザ攻撃がエスカレートする中、ハマスはレバノンからロケット弾を発射する能力を導入した。ハマスがこの攻撃をパートナーと調整したのは明らかだ」

しかしハマスはイランの代理人ではない。必要に応じて連携している。アリ氏は「今回の攻撃の規模と成功から控えめに言ってもハマスの敗北はあり得ないことを示している。イスラエルの作戦は10月7日の影響を封じ込めるのがやっとだろう」とみる。戦争の行方がどうなろうと笑うのはイランという見方もすでに出ている。



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