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イスラエル・ハマス軍事衝突へのアメリカの反応はかなりバラバラ

ニューズウィーク日本版 2023年10月11日 14時10分

<直前にイランの60億ドルの資産凍結を解除したバイデンの判断が政権の失点となる可能性も>

パレスチナのガザ地区を実効支配している武装集団ハマスは、現地時間の7日土曜に突如、イスラエルに対して大規模な攻撃を仕掛けました。数千発といわれるミサイルの「飽和攻撃」でイスラエルの迎撃システム「アイアンドーム」を圧倒。更に両者の戦闘史上始めて軽飛行機などで国境を突破してイスラエル領内で破壊活動を実施。これに加えて約150人と言われる民間人を誘拐するという行動に出ています。

本稿の時点では、イスラエルがガザ地区への大規模な空爆で報復するともに、地上軍を投入して侵攻された領土の奪還を進めています。犠牲者は双方合わせて2000人を超える勢いです。

このニュースですが、アメリカでは発生以来最大限の扱いになっています。CNNやFOXニュースなど、ニュース専門局はほぼこのニュースを中心に延々と報道を続けています。また日本の地上波に当たる3大ネットワークでも、定時のニュースに加えて臨時の特番を組んで対応しています。

しかし、こうした緊急事態にあたってアメリカが団結しているかというと、現時点での反応はかなりバラバラという印象です。

まず、政界の反応ですが、まず問題になっているのはバイデン政権のミスが疑われているということです。具体的には、今年2023年の9月にイランに勾留されていた5人のアメリカ人を釈放させた際の取引です。その条件は、経済制裁により凍結されていたイランの資金60億ドル(約9000億円)の凍結解除を行うというものでした。

人質救出が難航すれば政治的な命取りにも

バイデン政権は、この9000億円は、人道目的での使用しか認められておらず、また実際にカタールの銀行口座から動かされていないことを確認したとしています。ですが、カネというのは全体の差し引きで動いていくものであり、イラン政府としては経済制裁で困っているなかで、こうした巨額なマネーが戻ってくるのであれば、別の資金を動かしてハマスの軍事支援に使うことは可能だっただろうという意見があります。

攻撃の直後は共和党とFOXニュースだけが大きく批判していましたが、ここへ来て、ロイター、CBSなど比較的中立の報道機関もこの「60億ドル」の問題を解説するようになってきました。もしかすると、この問題はバイデン政権の痛手になる可能性はあります。空母打撃群を急派するなど、バイデン政権が大きなリアクションを演出しているのも、この問題を打ち消したいからだ、という見方があります。

更にバイデンは、10日火曜の午後に会見を行い、ハマスの攻撃を「邪悪なテロ」だと激しく攻撃しました。またイスラエルのネタニヤフ首相との電話会談の結果、週末の攻撃で少なくとも14人のアメリカ人が死亡したことが判明したと明かしています。更に拉致されている人質の中にアメリカ人が含まれているというショッキングな公表をしました。

困難な状況を公表したのはいいとして、バイデンは「相手のカネの凍結解除」であるにしても、イランに抑留されたアメリカ人5人に対しては、つい1カ月前に60億ドルを払っています。ですから、今回の人質を見殺しにはできないし、その一方で交渉を行う場合の「命の値段」については、アメリカ人とイスラエル人の区別をすることもできません。

そうなると、イスラエルがこうした場合に備えて勾留している多数のハマスの「テロ容疑者」との「捕虜交換」については、ネタニヤフの主導に任せるしかなくなるかもしれません。その上で、事態がうまく推移しないと、政治的にはこれも命取りになる可能性があります。

最悪なのは、本稿の時点でも夜を徹して続いているイスラエル軍による空爆と、水や食糧を含めた完全封鎖によって、ガザ地区で予想外の人道危機を起こしてしまう可能性です。バイデンはここまでイスラエルへの連帯を口にし、また自国民の死亡と人質を取られていることを明かした以上は、仮に限度を超えた事態になった場合には、連帯責任を問われる危険もあります。

では、バイデン批判を強めている共和党はイスラエル支持で団結しているのかというと、必ずしもそうではありません。強硬派がマッカーシー下院議長を引きずり降ろした後任は、まだ選出できておらず、議長なき下院はほぼ権力が停止したままで危機対応ができる態勢になっていません。今回の事件にショックを受けて、直ちに党内の統一が図られるかというと、これは分かりません。現地の10日現在、幹部による調整が延々と続いているようですが、現地時間の11日水曜に予定されている議長選挙までに調整ができるかは、まだ不透明です。

また、トランプ候補に関しては、大統領在任中にイスラエルから得た機密事項をロシアに流して、それがイランやハマスにわたっているという批判が出ています。そのトランプ本人は、9日月曜にニューハンプシャー州で行った演説では、事件を受けて、自分が当選したら「イスラム教徒の入国禁止」を行うなどという、8年前とソックリの発言をしていましたが、あまり話題になってはいません。

その一方で、人気が急上昇しているのがニッキー・ヘイリー元国連大使です。彼女は、現在の共和党の大統領候補の中ではほぼ唯一、ブッシュや故マケインのような西側の国際協調主義を掲げたクラシックな外交タカ派です。そのヘイリーは、攻撃のニュースに対してすぐに「イスラエル支持、テロリズム反対」という強硬なメッセージを出して話題になっています。前回のテレビ討論後の評判も良く、年明けの早期に予備選のあるニューハンプシャー州では、支持率で2位に浮上してきています。

事態を受けて、株式市場は意外と平静です。奇襲攻撃が週末で、週明けの月曜の朝は多少下がりましたが、その後はダウ平均もナスダックも堅調に推移しています。バイデンがアメリカ人の殺害と人質の問題を明かした後も、市場は動揺していません。また、原油価格は、下落基調が反転して少し上がりましたが暴騰というほどではありません。市場関係の報道では、人質の奪還交渉を進める必要から、ネタニヤフ首相は「ある程度」は自制的に行動するだろうという見通しが共有されているようです。

パレスチナ擁護の動きも

一方で、社会の反応としては、全国各地でユダヤ系の中間派から右派が「イスラエル支持」のデモ、あるいは攻撃で犠牲になったイスラエル人への追悼を行っています。また、模倣テロを警戒して、全国のシナゴーグ(ユダヤ教寺院)では、地元の警察が警戒にあたっています。また、事態を受けてイスラエル軍に入隊しようとするアメリカの若者も出てきており、その様子も報道されています。

では、全国的にイスラエル支持が高まっているのかというと、必ずしもそうではなく、多くの大学ではハマスへの理解を主張する動きがあります。少なくとも、ハーバード大学、コロンビア大学では複数の学生団体が連合して、「ハマスの暴発の背景には困窮がある」「人口密集地ガザでの人道危機は回避すべき」という主張を繰り広げています。UCバークレー、バージニア大学などでも同様の動きがあります。

そんな中で、フロリダ州のゲインスビルにあるフロリダ大学では、9日月曜の晩に「イスラエルに連帯」して犠牲者を追悼する集会が行われていたのですが、途中で何か大きな音がしたところ、参加者がパニックになり、将棋倒しなどで多少の負傷者が出ました。これは全国ニュースで大きく取り上げられており、要するにイスラエル支持の側が、ハマス支持のグループとの衝突を過度に警戒していたという解説がされています。

ニューヨークなどが特にそうですが、各都市の警察としては、双方の支持者のデモを「うまくルートを分けて、両派を遭遇させない」ことに神経を遣っているようです。

若者の間にパレスチナ側への理解があるのは、環境や格差の問題に敏感なZ世代が中心になっています。例えば、若者の絶大な支持を受けているアレクサンドリア・オカシオコルテス(AOC)議員のグループは、パレスチナの権利と安全の確保を主張しています。自身がユダヤ系で、しかもイスラエルの入植地で数年を過ごしたこともあるバーニー・サンダース議員も、支援者を通じて「双方の人命を最優先せよ」という言い方で、イスラエル国防軍の過剰な報復を警戒するメッセージを出しています。

そんなわけで、今回の中東における戦争勃発に対するアメリカの各方面の反応は、意外とバラバラです。むしろ、様々な立場と対立を浮き彫りにしたという印象もあります。ただ、バイデンとトランプという、現時点での民主・共和の有力候補にとっては、どちらにも、この事件は失点につながりそうな気配があります。特にバイデン政権にとっては、団結で政治的求心力を回復するというよりも、60億ドルの凍結解除問題と現在進行形の人質問題が、重くのしかかっていると言えます。


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