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中東情勢、再び緊迫の時代へ......ハマース、イスラエル、シリアの軍事対立が示すもの

ニューズウィーク日本版 2023年10月13日 16時30分

<2023年10月7日から始まったパレスチナのハマースによるイスラエルへの大規模作戦「アクサーの大洪水」。その影響はイスラエルとパレスチナだけでなく、シリア、レバノン、イランなど、中東全体に波及している。作戦の背後にある動機、イスラエルと周辺国との間で発生している軍事的な応酬、および世界に与える影響を考える......>

2023年10月7日、パレスチナのハマースがイスラエルに対する大規模奇襲作戦「アクサーの大洪水」作戦を開始して6日が経った。イスラエルがガザ地区に対する地上作戦を準備するなか、イスラエルと戦争状態にあるシリア、レバノンとの間でも、パレスチナのイスラーム聖戦機構、レバノンのヒズブッラー(あるいは同組織が主導するレバノン・イスラーム抵抗)とイスラエル軍との散発的な砲撃戦が発生している。

イスラエルのシリア爆撃

こうしたなか、10月6日、イスラエルはシリアのダマスカス国際空港(ダマスカス郊外県)とアレッポ国際空港(アレッポ県)に対する爆撃を実施した。

中東情勢をさらに緊迫化させかねないこの爆撃は日本では衝撃をもって報じられた。だが、イスラエルによるシリアの爆撃は、「アクサーの大洪水」作戦が発生する以前から恒常的に続けられている。

イスラエルがシリアに対して爆撃をはじめとする侵犯行為を行うのは、今年に入って29回目、ないしは33回目となる。侵犯行為の回数を特定できないのは、攻撃主体を特定できない侵犯行為が4件あるためである(拙稿「イスラエルが「イランの民兵」を狙ってシリア南東部のダイル・ザウル県各所を爆撃:沈黙する欧米、ロシア」YAHOO! JAPANニュース、2023年10月4日など)。

「アクサー大洪水」が開始されて以降、イスラエルがシリアに対して行った侵犯行為は、10月13日未明の段階で2回、ないしは3回である。

シリアへの爆撃と「イランの民兵」

1回目は、10月10日未明に、シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸のイラク国境に位置するブーカマール市近郊の複数ヵ所に対する戦闘機1機による爆撃である。

反体制系メディアのナフル・メディアやノース・プレスによると、爆撃では、爆撃は午前2時半頃に行われ、イラン・イスラーム革命防衛隊が管理し、「イランの民兵」が物資の輸送に使用しているハリー村の非正規の国境通行所(鉄道通行所)、ブーカマール市一帯に設置されているイラン・イスラーム革命防衛隊の陣地複数ヵ所、パレスチナ人民兵組織のクドス旅団の陣地が狙われた。ハリー村の通行所には、爆撃時に10月9日午後にイラクからシリア領内に入った貨物車輌12輌が駐車していたという。また爆撃は、シリア領内に限られず、ブーカマール国境通行所に面するイラク側のカーイム国境通行所に近いハスィーバ地区にも及んだ。

爆撃を行った戦闘機の所属は不明だ。だが、これまでに同地に対して有人・無人爆撃機によって爆撃を行ったことがあるのは、イスラエルと米主導の有志連合以外にはない。

Naher Mediaが公開した爆撃の映像(10月10日)

なお、「イランの民兵」、あるいは「シーア派民兵」とは、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。シリア政府側は「同盟部隊」と呼ぶ。

砲撃と報復の連鎖

2回目も10月10日に行われた。この侵犯行為は、おそらくは10日未明の爆撃への報復と見られる。

イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官は同日午後10時半頃、シリア領内からイスラエル領内(占領下ゴラン高原)に向けて多数の砲撃があったと発表、その直後にイスラエルが、砲弾が発射されたシリア領内の複数ヵ所を砲撃したと付言した。

#عاجل قوات جيش الدفاع ترد بقصف مدفعي ونيران قذائف الهاون نحو مصادر اطلاق القذائف داخل الأراضي السورية https://t.co/n53cVbaadc— افيخاي ادرعي (@AvichayAdraee) October 10, 2023 アドライ報道官のXでの発表(10月10日)

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、イスラエルに砲撃を行ったのは、ヒズブッラーとともにシリア国内で活動しているパレスチナ諸派で、イスラエル軍が砲撃したのは、シリア政府支配地(スィースワーン地区)内のシリア軍の拠点や装備だったという。

なお、シリアで活動するパレスチナ諸派は、イスラーム聖戦機構、ファタハ・インティファーダ、パレスチナ人民解放戦線総司令部派(PFLP-GC)、パレスチナ民主解放戦線(DFLP)、パレスチナ人民闘争戦線などが有力である。

ダマスカスとアレッポの空港爆撃

そして3回目の侵犯行為が、10月12日のダマスカス、アレッポ両国際空港に対する爆撃だった。

シリアの国防省がフェイスブックの公式アカウントを通じて発表した声明によると、イスラエル軍は10月12日午後1時50分、両国際空港に対して多数のミサイルで爆撃を行い、これによって両空港の滑走路が損害を受け、利用不能となった。イスラエルによる爆撃は通常は深夜に行われるが、今回は白昼堂々の危険極まりない犯行だった。

スプートニクス・アラビア語版がテレグラムを通じて伝えたところによると、イスラエル軍は占領下のゴラン高原上空からミサイルを発射し、爆撃を行った。

イスラエルの政府や軍がシリア領内に対する爆撃を公式に認めることは稀有である。だが、両国際空港に対する爆撃については、イスラエルのチャンネル10が伝えたところによると、イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官が、シリア領内からの砲撃への報復で、近日中にさらなる標的を破壊されると述べた。

複数のメディアが、イランがシリアを経由してヒズブッラーに武器や装備を供与するのを阻止するのが爆撃の狙いだと報じた。

世界中の民間航空機の動きをフォローしているフライトレーダー24によると、午前9時18分にイランの首都テヘランの国際空港を離陸したマーハーン航空の航空機1機がシリア領空に一端入った後、午後11時頃に旋回し、イランに引き返したことが確認できる。だが、シリア人権監視団は、爆撃が実施される以前の数時間に、両国際空港に「イランの民兵」の軍事関連の物資を積んだ貨物機が着陸したという事実は確認できなかったと発表した。

シリア人権監視団の発表が事実であれば、今回のイスラエル軍の爆撃は、シリア領内からの砲撃への単なる報復でもなければ、武器供与や製造を物理的に阻止することが目的でもなく、イランのホセイン・エミール・アブドゥッラフヤーン外務大臣が10月13日にシリアとレバノンを訪問するのに先立って、「抵抗枢軸」を自称するイラン、ヒズブッラー、そしてシリア政府をけん制し、「アクサーの大洪水」への物的支援を躊躇させることが狙いだったと見ることができる。

シリア内戦と地域紛争のエスカレーション

シリア政府は、前述した国防省の声明のなかで、今回の爆撃を、イスラエルがガザ地区で行っている犯罪と、パレスチナの抵抗運動によって被った甚大な損害から注意を背けようとする必死の試みだと位置づけている。また、シリア軍が北部で戦っている過激派テロ組織を支援するために続けている手法だと非難、シリア軍は、イスラエル政体の武装勢力となりさがっているテロ組織を追跡、打撃し続け、国から根絶すると宣言している。

シリアでは、10月5日にヒムス軍事大学(ヒムス県)の卒業式を狙って行われた無人航空機(ドローン)によるテロ攻撃で、民間人を含む300人あまりが死傷する事件が発生して以降、シリア軍とロシア軍が、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が実効支配するイドリブ県中北部などシリア北西部への爆撃や砲撃を強めている。

このテロは、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるアル=カーイダ系のトルキスタン・イスラーム党がよる犯行と見られているが、シリア軍とロシア軍の攻勢を受けて、シャーム解放機構もドローンを投入した攻撃を激化させている。

イスラエル軍がダマスカス、アレッポ両国際空港を爆撃した10月12日にも、シャーム解放機構が保有すると見られるドローンがアレッポ市に飛来、シリア軍の防空部隊がこれを迎撃している。イスラエルは「アクサーの大洪水」作戦を行うハマースをイスラーム国と同一視し、その根絶を主唱している。だが、シリアでは、イスラエルとアル=カーイダが奇妙なシンクロを見せている。

地域戦争への危険

シリアでは、このほかにも10月1日にトルコの首都アンカラの内務省施設前で発生した自爆テロのクルディスタン労働者党(PKK)につながりのある勢力による犯行だと断じたトルコが、10月4日から、PKKの系譜を汲む民主統一党(PYD)が勢力下に置くシリア北東部への大規模な爆撃や砲撃を続けて、石油関連施設などのインフラ施設が標的となっている。

トルコ軍の攻撃は、シリア軍の陣地にも及んでいるほか、10月5日には、シリア北東部に違法に駐留を続けている米軍が接近したトルコ軍のドローン(Anka-S)を撃墜するという事案も発生している。

「アクサーの大洪水」作戦に「抵抗枢軸」がどの程度本格的に介入するかは不透明だ。だが、シリア国防省が両国際空港に対するイスラエル軍の爆撃に対する報復先として、反体制派の掃討を示唆していることからも明らかな通り、イスラエルと「抵抗枢軸」の挑発合戦が激化すれば、紛争はイスラエルとハマースを含むパレスチナ諸派や「抵抗枢軸」の戦闘に限られず、シリア政府、アル=カーイダ系組織が主導する反体制派、クルド民族主義勢力、そしてこれらを後援するロシア、イラン、トルコ、米国を巻き込んだ地域戦争、あるいは世界大戦に発展する危険をはらんでいる。


青山弘之(東京外国語大学教授)

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