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サステナブル建築を先導する世界の最先端モデルとは

ニューズウィーク日本版 2023年10月13日 19時50分

<CO2排出の40%は建築関連、技術を総動員して持続可能な街づくりを>

ノルウェー西岸の都市トロンハイム(人口約18万人)は、北極圏から約320キロの高緯度に位置する古都。長い冬には空はどんよりと曇り、太陽光など自然エネルギーの利用に理想的な条件がそろっているとは到底思えない。だが、この街に立つ延べ床面積約1万8600平方メートルの新築ビル「パワーハウス・ブラットルカイア」は年間50万キロワット時近い再生可能エネルギーを生み出している。この建物内で消費される電力はその半分にすぎず、余剰分は近隣に並ぶ建物に供給されるほか、電気自動車やバス、船舶の充電に利用されている。

ここ10年ほど、アメリカをはじめ世界各地に「サステナブル建築」が誕生し始めた。サステナブル(持続可能な)建築とは設計、施工、運用を通じて環境負荷をできる限り抑えた、持続可能な生活スタイルに寄与する建物のことだ。

だが今、技術の進歩に景気回復が重なり、大型ビル開発はさらにその先を行く「超サステナブル建築」の時代に突入しつつある。気候変動の影響が明らかになり各国政府が規制強化に乗り出したことも、この新潮流を後押ししている。トロンハイムのビルのような未来型の超サステナブル建築が目指すのは、10 年前には考えられなかったような野心的な目標だ。周囲の環境に及ぼすダメージを極力ゼロにするだけでなく、環境の再生に積極的に貢献しようというのである。それを可能にするのは、建物を取り巻く地域と都市全体のグリーン化を視野に入れた設計だ。

気候変動の進行を防ぐには二酸化炭素(CO2)の排出を大幅に減らさなければならないが、現状では各国の削減努力は十分とは言い難い。住宅やビルの施工段階でのCO2排出に冷暖房や照明など運用段階での排出も加えると、建築関連のCO2排出は世界の総排出量の約40%を占めるといわれている。気候変動を抑えるにはこの部門の大幅な排出削減が不可欠なのだ。

トロンハイムのビルは、ノルウェーの5つの建築業界組織が共同で開発した。計画ではCO2排出ゼロの建物にすることを目指し、そのために外壁の約290平方メートルのスペースを太陽光パネルで埋め尽くした。さらに沿岸部という地の利を生かし、海水をくみ上げて冷暖房に利用している。2019年に完成した「パワーハウス・ブラットルカイア」は、「エネルギー・ポジティブ」な建築、つまり消費量を上回る再生可能エネルギーを生み出す大型ビルのモデルとなっている。

パワーハウス・ブラットルカイアは地域のグリーン化の要 SNØHETTA

米オレゴン州ポートランドのオフィスビル「PAEリビングビルディング」も超サステナブル建築の一例だ。設計はZGFアーキテクツ社。断熱工法と可動式窓による換気で、既存のオフィスビルに比べ冷暖房などの消費電力を80%削減でき、集めた雨水を処理して建物内で利用している。

ただ、太陽光パネルの設置スペースが限られているため、敷地内では十分な発電ができない。そこで近隣の低所得者向け集合住宅に対価を払って設置し、集合住宅とこのビルへの供給電力を確保している。
「個々の建物だけでなく、地域的な観点から電力生産を考える」ことが問題解決につながると、ZGFのキャシー・バーグは言う。

再生可能エネルギーの利用コストはどんどん下がっている。特に太陽光発電の低コスト化は目覚ましく、米エネルギー省によると年間約10%のペースで下がっているという。

「まずは省エネの徹底」

「経済的な観点からも再生可能エネルギーはより賢い選択肢になりつつある」と、米オバリン大学のデービッド・オア名誉教授は言う。

おかげでエネルギー・ポジティブな建物の設計・施工も以前よりは取り組みやすくなった。太陽光パネルの進歩に伴い、今後さらにハードルが下がるだろう。

今の太陽光パネルは10年前と比べ発電効率が約50%向上していて、試作段階だが今より2倍も効率がいいパネルも開発されている。

電子機器の進歩で太陽光発電に必要な部品の小型化・軽量化が進むとともに、素材の技術革新で美しい半透明なコーティングで部品を覆えるようになった。今ではこうした部品を組み込んだ太陽光パネルを建物の外装材として使用でき、既存の建物の屋根や外壁に設置することも可能だ。

ドイツのボーフムでは、1930年代に建てられた集合住宅12戸に太陽光パネルが設置された。1平方フィート(約0・09平方メートル)当たり45キロワット時の電力を供給し、余剰分は地元の送電網に売り戻す。

やはりエネルギーを収集する技術として急速に進歩しているのがヒートポンプだ。ヒートポンプは空気や土壌、水などの熱を取り込んで循環させるシステムで、熱媒体を圧縮・膨張させることによって温度を上昇もしくは降下させ、熱を移動させる。

ヒートポンプの動力は、天然ガスを燃焼するのではなく送電網からの電力を使うので、排出ガスを削減でき、従来の電気暖房に比べて効率は4倍高い。最新のタイプは新しい種類の熱媒体と強力な圧縮機を採用し、寒冷地など氷点下でも機能するようになった。

昨年完成した米ボストン大学のコンピューティング・データサイエンス学部の新校舎は19階建てで高さ約90メートル、広さ約3万2000平方メートル。地元の厳しい冬を乗り切るために、全面的にヒートポンプを採用している。

超サステナブル建築において、エネルギーを生産することは「2番目の段階」だと、ZGFのバーグは言う。「最初のステップは、建物が必要とするエネルギーの量そのものを減らすことだ」

熱の出入りを防ぐ最新の断熱材や効率的なLED照明の導入は、近年の新築の建物では当たり前になった。多くの既存の建物にも後から設置されている。

設計段階で日照や通風を管理する機能を組み入れ、エネルギー需要をさらに減らすこともできる。ZGFが手がけたカリフォルニア州大気資源委員会の新しい本部ビルは、巨大な天窓から入る太陽光を電動シェードで調整し、ファンが涼しいエリアから暖かいエリアへと空気を移動させ、快適な室温を維持する。自然の換気システムとして偏西風を取り込むビルも登場していると、バーグは言う。

スマートでグリーンに

パワーハウス・ブラットルカイア、消費量以上に電力を生産する SNØHETTA

エレクロトニクスの頭脳は、新築でも既存の建物の更新でも、超サステナブル建築の実践にますます大きな役割を果たしている。多くのスマート・ビルディング・システムの中核を担うのは、人が建物内のどこにいて、どこにいないのかを追跡するセンサーだ。「冷暖房システムが4階に誰もいないことを察知すると、そこに送る冷暖房の空気や照明を大幅に減らす」と、スマート・ビルディング・システムを製造しているジョンソンコントロールズ社のケイティ・マッギンティCSO(チーフ・サステナビリティー・オフィサー)は言う。

「最近の自動車は、いわば車輪の上にコンピューターが載っているが、そうしたデジタル化は建物にはほとんど広まっていなかった」

スマート・ビルディングは送電網の価格変動を分単位で監視しながら、価格の変動を利用して冷暖房のタイミングを調整する。例えば、電気自動車を利用する居住者が増えたら、バッテリーに充電した電力を価格のピーク時に送電網に売り、価格が下がったときに再び充電するようなことも考えられると、マッギンティは言う。

敷地内に太陽光発電があれば、その電力も持続可能なシステムに取り入れることができる。晴天時に発電した電力の一部をバッテリーに蓄え、曇天時や価格が上昇したときにその電力を使用したり、送電網に売ったりする。

新築だけでなく改築の際にも、効率の高い太陽光パネルやヒートポンプ、断熱材を採用すれば、建物が消費する量以上の再生可能エネルギーを生成して、余剰分を外部に提供できる。既に多くのビルが余剰分を送電網に売って、再生可能エネルギー関連の目標達成を手助けしている。トロンハイムのパワーハウス・ブラットルカイアのように、近隣のビルや施設と再生可能エネルギーを直接、共有する契約を結ぶビルも増えている。

再生可能エネルギーのコストが下落し続けるなか、超サステナブル建築の実践があらゆる規模や予算のプロジェクトに浸透して、建物が気候変動にリンクする負債ではなく、資産になることが期待されている。



デービッド・H・フリードマン(ジャーナリスト)

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