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死に絶える中東和平...ハマスとイスラエルの衝突の先にある「最悪のシナリオ」

ニューズウィーク日本版 2023年10月18日 11時50分

<ハマスの奇襲作戦「アル・アクサの洪水」はイスラエルに未曾有のパニックをもたらした。イスラエルのガザ地区への報復の爆撃もエスカレートし、地上侵攻も始まろうとしている。またもや希望を挫かれたパレスチナ人に残されるものとは──>

アラブ現代史においてパレスチナ人で最も偉大な詩人の一人、マフムード・ダルウィーシュの残した言葉がアラブ諸国のSNS上で再び注目され話題を呼んでいる。

戦争が終わり、握手を交わすリーダーたち
帰らぬ人となった息子をただただ待ち続ける婆さん
あの女性も愛しい主人を今も待ち続ける
子供たちも勇敢な父さんの帰りが待ち遠しい
誰が国を売ったのか知る由もない
けれど、その代償を払わされた者は確かにいた(見た)!

この現象は、イスラエルのガザ地区への無差別的な攻撃を受けてのものだ。

 

戦争にはいずれ終わりが来る。しかし終戦後に残される破壊の爪痕は計り知れない。戦争は人々の暮らしの全てを変えてしまい、命と国を守ることに必死となる。これこそ、戦争の本質である。

逃げ惑うガザの人々をテレビ画面越しに見て、戦争の理不尽さを改めて突き付けられる。

綿密に練られた作戦「アル・アクサの洪水」

1947年、国際社会はパレスチナ人が住んでいた土地をパレスチナ(アラブ国家)とイスラエル(ユダヤ国家)に分割し、エルサレムを国際管理下に置く決議を採択した。これにアラブ諸国が反発して第1次中東戦争が勃発。圧勝したイスラエルがパレスチナ人を追放し、90万人以上のパレスチナ難民が生まれる結果となった。エルサレムの西半分はイスラエル、東半分はヨルダン領に編入された。

その後、67年の第3次中東戦争でアラブ連合に勝利したイスラエルは、東エルサレムを含むヨルダン川西岸やガザ地区など今日「パレスチナ」と国際社会に呼ばれる地域を占領した。これは国連安保理決議242号で占領地と認められている。パレスチナ人を含むアラブ人は、この土地は不法に占領されたもので、本来はパレスチナのものだと訴えている。

今月7日にガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが「アル・アクサの洪水」と名付けた大規模な攻撃を仕掛けたにより、イスラエルは73年の第4次中東戦争以来、経験したことのない危機的状態に陥っている。

現地時間7日の午前6時過ぎ、ガザからテルアビブやエルサレム、南部の諸都市に向けて数千発のロケット弾が発射された。この「空からの援護」を利用する形で、ハマスの軍事部門「イズ・アルディン・アル・カッサム旅団」の戦闘員が分離壁を突破し、ガザ地区に隣接する町を襲撃した。作戦は綿密な準備の上で実行されたものだったことがうかがえる。

ハマスの占拠下でイスラエル軍の戦車や装甲車両が焼き払われる写真や動画が拡散され、イスラエル兵数十人が捕らえられた。これを受けて、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は「われわれは戦争状態にある」と宣言した。

イスラエル軍スポークスマンのリチャード・ヘクトは記者会見で、ハマスから町を取り戻すための戦闘が予想よりも長引き、2日以上かかったと認めた。「無敵の軍隊」としてのメンツが打ち砕かれる異例の事態となった。

イスラエル軍の報道官ダニエル・ハガリは9日、ハマスの攻撃への対応として、30万人に及ぶ予備役を召集したと発表。集落は奪還したが、散発的な衝突は続いているとし、テレビ放送された記者会見で同氏は「ガザ周辺のすべての地域で捜索を徹底的に行い、パレスチナの戦闘員を一掃する」と語った。

アメリカのバイデン政権は空母「ジェラルド・R・フォード」を地中海東部に派遣し、イスラエル支持の姿勢を示した。

 

イスラエルへの攻撃を計画したガザ地区内外のハマス高官がこれほどの成功を予想していたかは分からないが、誰が先頭に立って決定を下したかはある程度の確度で推測できる。ヤヒヤ・シンワールであれ、ムハンマド・アルデイフであれ、あるいはマルワン・イッサであれ、運動の中心人物たちは、これがハマスとガザ地区にとって痛ましい代償を伴うことを知っていたはずだ。

一方でイスラエル軍も7日以来、包囲したガザ地区への激しく無差別な爆撃をエスカレートさせている。

パレスチナのマイ・アルカイラ保健相は声明の中で、イスラエル軍がガザ地区で病院や救急車を「意図的に」爆撃し、医療従事者を殺傷したとして非難し、直ちに行動を起こすよう国際社会に訴えた。医療従事者を標的にすることについて、同氏は「国際法および規範に対する重大かつ明白な違反だ」と指摘した。

イスラエルにとっても難しい決断

間もなくガザ地区への地上侵攻を始めようとしているイスラエルだが、地上戦についてはジレンマがある。ガザ地区には230万人以上が住んでおり、世界で最も人口密度の高い場所の一つだ。そこで地上戦をすれば、多くのイスラエル軍兵士が死傷、あるいは捕虜になる可能性がある。このことから地上侵攻に踏み切るのは、ネタニヤフにとっても容易ではなかったはずだ。この点はイスラエル国内の報道でも指摘されており、ネタニヤフとその顧問団は決定を下すことを恐れていたという。

しかし、地上戦を避けることは、次なる攻撃や戦争を招く「弱さ」を露呈することにもなりかねない。

7日に公開された米誌フォーリン・アフェアーズの分析では、ネタニヤフにとれる選択として次の3つが示された。第一にパレスチナ人の抵抗勢力に立ち向かい阻止すること、第二にハマスや他の勢力のさらなる侵入を阻止すること、そして第三にガザ地区から発射されるロケット弾や砲弾を何としても止めることだ。ただし、これらの目標の実行は至難の業だとしている。

現在アメリカと一部の西側諸国はイスラエルを支持しているものの、ガザ地区での民間人に対する攻撃に抗議する声は世界中から上がっており、その「支持」は揺らぎ、一層圧力がかかるだろう。

私が日本に来てから25年が経つ。その間にイラク経済封鎖、9.11アメリカ同時多発テロ、イラク戦争とその後の内戦、イスラエルのレバノン侵攻とガザ侵攻、アラブの春、リビア内戦、シリア内戦、イエメン内戦と、中東地域をめぐる数々の出来事が起きた。それらを見つめる中で、なぜテロが起きるのか、テロを起こした人間はどんなきっかけでそうなったのかといった多くの疑問が頭をよぎった。

 

人間は努力や苦悩を続けても報われないと「何をやってもダメだ」と失望し、また、追い詰められた状況が続くと過激な思想に走る確率が高くなる。これは平和の力を信じて努力や苦悩をしてきた人の場合も同じだ。そのことは「武力なしに平和の実現はない」と力に訴える声に説得力を持たせることにつながるだろう。これを心理学者であるビクトール・フランクルの「苦悩と絶望に関する公式」に当てはめて、「解(かい)」を得ようとすると次のようになる。

絶望=努力や苦悩−意味

フランクルは、ナチスドイツによるアウシュビッツ強制収容所への収容という絶望的な状況の中で、わずかな希望を見出して、奇跡的に生き延びたユダヤ人の1人。彼によると絶望とは、苦悩から意味を差し引いたことをいう。つまり、絶望とは意味なき苦悩だ。

絶望的な状況に追い込まれた人たちに共通するのは、わずかでも決して希望を失わないということだ。イスラエルの軍事占領下で苦しめられているパレスチナ人の場合でいうと、これまで70年間、「パレスチナ」の国家建設を実現するために苦悩に苦悩を重ねて、未来への希望を紡ごうとしてきた。つまりパレスチナ人が捉える和平への希望と、占領による苦悩は次の公式で説明できよう。

希望=努力や苦悩+意味

パレスチナにとって和平への希望とは、占領に苦しめられている苦悩に、いつか自由になれるという意味を加えたもの。それによって苦悩は、意味のある苦悩となる。しかし、そんな明日への希望を抱ける気持ちすらドナルド・トランプ前米大統領の和平案によって打ち砕かれた。

良い戦争はないと信じたいし、危険な考えなのは承知の上で、パレスチナの今の状況を見ると、圧倒的な力で抑えつけようとしているイスラエルに対して「力ずくで平和を勝ち取るしかない」という発想が出てきても不思議ではない。追い詰められた人間の存在こそ、暴力やテロの一番の原因となる。

パレスチナ人には大義があり、自分たちは追い詰められていると信じている。イスラエルにもまた大義があり、同じように追い詰められていると信じている。アメリカや欧米諸国によるイスラエルへの絶大な支援はイスラエルの大義を正当化し、パレスチナの民族自決権とその大義を否定するものだ。どちらもその大義によって相手への憎悪が増し、無差別に傷付ける──どうかこれ以上、パレスチナ人を絶望の淵へ追いやるのをやめてほしい。

【執筆者】アルモーメン・アブドーラ
エジプト・カイロ生まれ。東海大学国際学部教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

パレスチナ目線で考える、あり得ない大規模地上戦



アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)

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