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イスラエル地上侵攻の最重要ターゲットはこの男、手足と目と家族を奪われながらも「不死身」のハマス軍事司令官

ニューズウィーク日本版 2023年10月16日 20時35分

<イスラエル奇襲攻撃の首謀者といわれるハマスのデイフ司令官は何度も暗殺の試みを潜り抜け、今や生きても死んでも厄介な大物テロリストだ>

<動画>車載カメラが捉えたハマスの大規模攻撃、処刑、略奪

イスラム武装組織ハマスによるイスラエルへの大規模攻撃の報復として、イスラエル国防軍(IDF)がパレスチナ自治区ガザへの攻撃を強化するなか、ハマスの軍事組織の中枢にいる謎に包まれた人物に注目が集まっている。彼は最後の抵抗の準備を始めているのかもしれない。.

ハマスのアル・カッサム軍事旅団を率いるムハンマド・デイフ最高司令官は、意図的に身を隠しており、彼についての情報はほとんど知られていない。通称のデイフには「客人」という意味があるが、それは一か所にとどまらず、頻繁に居場所を変えるからだ。

そのおかげでデイフは、命をねらうイスラエルの襲撃から逃れてきた。長い間生き延びてきたデイフだが、イスラエル軍が大規模なガザ侵攻を始めれば、30年以上も続いた血なまぐさい追跡劇は頂点を迎えるかもしれない。そのときデイフはどうするのか。

「デイフは優れた地位と名声、業績がありながら、不屈の精神と殉教の文化にどっぷり浸かっている男だ。イスラエル軍がきたからといって自分の土地や戦場を離れるとは思えない」と、カタールのノースウェスタン大学の教授で、ハマスの内情に関する著書があるハレッド・フルブは本誌に語った。

「地上侵攻が行われ、イスラエル軍の追跡の手が迫ったら、彼は命ある限り戦うだろう」

奇襲攻撃の首謀者

ハマスは、イスラエルを跡形もなく破壊し、その上にイスラム主義のパレスチナ国家を築くために戦っている。そのなかで、デイフは極めて重要な役割を担ってきた。特に彼が首謀した10月7日の陸、空、海からのイスラエルの攻撃では、少なくともイスラエル人1300人が死亡した(イスラエルの報復空爆でガザでは2000人近い犠牲者が出た)。

イスラエルは過去に何度もデイフを暗殺しようと試みた。そのせいでデイフはさまざまな怪我を負っており、眼球、腕の一部、脚を失ったと伝えられる。また、2014年にイスラエルがガザに本格的な地上侵攻を行なったときには、空爆で妻と生後7ヶ月の息子、3歳の娘を失ったという。

新たな報告によれば、現在進行中のイスラエル国防軍の攻撃で、デイフの兄と息子を含む、多くの親族が殺害されたという。おそらく、イスラエルは今回こそデイフを完全に排除しようとしているのだろう。

フルブは、デイフの死は短期的にハマスの軍事力に損害を与えるかもしれないとしながらも、支持者に広く敬愛され、敵からは忌み嫌われるデイフのような人物が殉教者としての地位を得ることは、ハマスの地位と威信を高めることにもなりかねないと主張する。

「デイフはパレスチナのチェ・ゲバラになるかもしれない」

デイフが伝説上の英雄になるのは、イスラエルにとって厄介極まりない難題だ。イスラエル国防軍軍事諜報部門の研究部門の責任者およびイスラエル戦略問題担当省の長官を務めたヨッシ・クーパーワッサーによれば、デイフが他のハマス幹部、たとえばイスマイル・ハニェ政治局長やガザ地区の指導者ヤヒヤ・シンワルヤと違うのは、「彼が誰よりも象徴的な存在であること」だという。

クーパーワッサーは、デイフをイラン革命防衛隊クッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官や、レバノンのヒズボラの軍事部門を率いるイマド・ムグニエ、アルカイダによる9.11テロの立役者ハリド・シェイク・モハメドになぞらえる。「われわれがそう仕向けたわけではないが、彼は伝説的な人物になっている」

多くのイスラエル人にとって、デイフは9.11テロの象徴になったウサマ・ビンラディンのようなものだ。

ソレイマニは米軍による2020年の空爆で死亡し、ビンラディンは米軍の急襲で2011年に死亡した。ムグニエはCIAとモサドの合同作戦で2008年に殺害され、モハメドは米・パキスタン合同囮捜査で2003年に捕まった。しかしイスラエルの最重要指名手配犯であるデイフだけはまだ逃亡を続けている。

象徴になった影の男

イスラエル情報機関の元職員でアラブ問題担当上級顧問だったアビ・メラメッドは本誌の取材に対し、イスラエル国防軍にとって今は、デイフの捜索に焦点を当てないほうが得策だと語った。最後には逃げおおせるかもしれない「影の男」としての評判をさらに高める可能性があるからだ。

「イスラエルの目下の戦略目標は、ハマスの軍事・組織能力を破壊することだ。やるべきことはそれしかない」と、メラメッドは言う。「個人を追いかけても話は終わらない。捕らえることができるかもしれないし、決して捕らえることができないかもしれない。永遠にわからないどこかの場所に埋葬されるかもしれない。だが、そんなことはほとんど意味がない」

「これ以上、伝説を膨らませる必要はない。彼は残忍な殺人者であり、非常に危険で世故にたけた人物であり、精神的に異常すれすれの人格だ」

だが、多くのハマス支持者にとっては、影から戦争を仕掛けるデイフの謎めいた能力は、長い間、彼が掲げる大義への支持を煽るのに役立ってきた。

ガザのアル・アズハル大学で政治学を教えるムハイマール・アブサダ教授が本誌に語ったように、「彼の存在はハマスの軍事部門にとって重要だ。彼らはデイフを賞賛し、彼のリーダーシップによって刺激を受けている」。

ガザにある地域研究センターのアイマン・アル・ラファティ理事は、デイフは「パレスチナの抵抗の象徴となっており、パレスチナ人の間で絶大な人気を誇っている」と本誌に語った。デイフは現在「新世代のパレスチナ人に刺激を与える存在と考えられている。その証拠に、パレスチナ人が唱える祈りのなかには常に彼の名前が組み込まれている」。

デイフの顔がわかる写真は2枚しかなく、いずれも数十年前に撮影されたものだ。そのため、今回のハマスの攻撃の開始と同時期に録音された演説と共に、珍しくデイフのシルエットの画像が登場したとき、パレスチナの闘士たちはさらに活気づいた。

デイフは現在、さらに多くの戦士を結集させようとしており、「レバノン、イラン、イエメン、イラク、シリアのイスラム抵抗勢力の兄弟たち」に対イスラエル戦争への参加を呼びかけている。この呼びかけはこの5カ国の全域で活発に議論されている。

メラメッドによれば、文字通り影に隠れたデイフの正体は、1965年頃にガザ南部のハーン・ユニス難民キャンプで生まれたムハンマド・ディアブ・イブラヒム・アルマスリ、またの名をアブ・カレドとも呼ばれる人物だ。

デイフの家族はヘブロン北西の村アル・クバイバに住んでいたが、1948年のイスラエル建国時の戦争が勃発したため、他のパレスチナ人住民同様、逃げ出してガザ南部の難民キャンプハーン・ユニスに移り住んだ。このときの戦争が、その後数十年に渡る中東紛争の幕開けとなった。

ロイターによれば、デイフは「ガザのイスラム大学で物理学、化学、生物学を学び、理学士の学位を取得した。芸術にも親しみ、大学のエンターテインメント委員会を率いて、喜劇の舞台への出演も経験した」。演劇の経験は、彼の演説の劇的効果を与えている、とメラメッドは言う。

<動画>イスラエル大規模攻撃の黒幕デイフの稀有で静かな檄



トム・オコーナー

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