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アフリカに「モビリティ革命」を仕掛ける日本人の猛者...スタートアップ起業家、佐々木裕馬の正体

ニューズウィーク日本版 2023年10月17日 8時0分

<「ラーメン大好き」な日本人起業家がエチオピアでモビリティインフラの構築に挑む理由とは>

アフリカで日本人の猛者に出会った。佐々木裕馬氏、36歳。エチオピアで電動スクーターのスタートアップDodaiを立ち上げた起業家だ(編集部注:佐々木氏は同社の代表取締役兼CEO)。Dodaiは「土台」の意味。アフリカの未来や社会の土台となる事業にしたいという思いから、そういう社名、製品名にしたのだという。

「エチオピアへようこそ!」笑顔いっぱいで出迎えてくれた佐々木氏は、熊がラーメンを食べているイラストがプリントされたパーカーを着ていた。熊とラーメンが大好きな佐々木氏のために、母親が探して送ってきてくれたのだという。ラーメンの好きは相当のようで、我々がお土産として持っていった即席ラーメンを3食一気に食べて、お腹を壊していた。

好きなもの、やりたいことには全力で突き進む。それが佐々木氏のスタイルらしい。それは学生時代からそうだったようだ。神奈川の名門、栄光学園中学高等学校から東京大学に入学後に3日で休学。ミュージシャンになるために米国西海岸に向かい、音楽に本気で取り組んだ。しかし世界中からロサンゼルスに集まっていた才能に圧倒された。

「絶対に勝てない。そう思いました。全力で取り組んでいたからこそ、スパッと諦めることができました」

本記事の筆者でAI新聞編集長の湯川鶴章氏(左)とDodai代表取締役兼CEOの佐々木裕馬氏

ではこの有り余るエネルギーを次にどこに向ければいいのか。今後大きな成長が見込めるのはアフリカだ。将来アフリカで仕事をしたい。そう考えた佐々木氏は、アフリカで最も広く使われている言語の1つであるフランス語を勉強するため、フランス文学を専攻した。卒業後はエネルギー関連の会社のアフリカ部門に就職し、その後フランスの有名大学院に留学。MBA(ビジネススクール修士)を取得後はアフリカで事業展開する海外のベンチャー企業で経験を積んだ。そして帰国。配車サービスの「Uber」、そしてその後は電動キックボードサービス「Luup」の幹部として、日本人に馴染みのなかったこれらのサービスを日本に広めることに尽力した。

私に佐々木氏を紹介してくれたベンチャーキャピタル(VC)、インクルージョン・ジャパンの吉沢康弘氏は、この頃に佐々木氏と出会っている。Uber、Luupともに事業を日本で広めるには、既得権益、反対勢力の壁が相当厚かったであろうことが容易に想像がつく。佐々木氏のその壁に立ち向かっていく底力に吉沢さんは圧倒されたという。

「地方のタクシー会社の社長を一人ひとり口説いていく姿。これだけの馬力を持っている人物であれば、彼の次の事業がなんであれ、絶対に成功するはず。VCとしてそこにかけてみたい。そう思いました」

佐々木氏の次の挑戦はアフリカの小国ジブチでの電力事業だった。「でもこれが見事に大失敗。しかしそこで学んだ経験を糧に、彼は隣国エチオピアでモビリティ事業に挑戦することにしたんです」と吉沢氏。

私が今年8月にエチオピアの首都アディスアベバを訪問したとき、アディスアベバの街は人と車で溢れていた。経済成長の勢いがすさまじいことを感じ取れた。世界銀行によるとエチオピアは過去15年間、年平均10%のペースで経済成長を続けているという。このペースで成長を続ければ、市内の交通は麻痺してしまう。これから公共交通機関を建設していくにせよ、この経済成長の速度には到底追いつかないだろう。といって今でさえ渋滞がひどいのに、これ以上、自動車を増やすわけにはいかない。また政府は外貨の流出を規制しており、国として石油の輸入にこれ以上頼りたくないという思いもある。

一方、エチオピアはアフリカの中でも最も電力供給量が豊富な国の一つで、隣国に余った電力を共有しているほどだ。現在主流は水力発電だが、今後は風力や太陽光発電などにも期待できる。また政府としても2017年に国家電化計画を発表。2025年までに国内のあらゆる場所で電力が利用できるようにする計画だ。世界銀行もこの計画を資金面でバックアップするという。

こういう状況であるならば、性能のいい電動スクーターを提供すれば多くの人に受け入れられるはず──佐々木氏はそう考えた。人材系SNSの「LinkedIn」を通じて中国メーカーにパイプを持つシンガポール人エンジニアにアプローチした。彼はシンガポール国立大学卒のエリートで、日本の大手メーカーに6年勤務した経験を持つ。佐々木氏の頼もしい片腕になってくれた。佐々木氏の思いに賛同する優秀なエチオピア人の幹部も集まってきた。起業経験、経営経験を豊富に持つエチオピア人が政府との交渉担当になってくれた。

部品は中国から調達し、エチオピアで組み立てた。そして今年8月に発売。最初のロットがあっという間に売り切れた。現在さらに多くの部品の輸入を進めている。社長が日本人ということもあり、壊れにくいという日本製品のブランド力も追い風になったようだ。

電動スクーターのコストのかなりの部分はバッテリーになる。今はまだ買い取りだが、佐々木氏は今後バッテリーのレンタル事業を検討しているという。バッテリーを買い取りではなくレンタルにすれば、電動スクーターの本体はより安価になり、より多くの人にとって購入しやすい価格帯になるはず。一方で、市内のあちらこちらにバッテリー交換ステーションを開設し、ユーザーの利用記録を集計することで、Dodai側でそれぞれの電動スクーターの使用状況を把握できるようになる。

早めのメンテナンスを提案することで、より故障しにくくすることも可能だ。バッテリーをシェアリング事業にすることで、電力へのアクセスが安定しない地域にもユーザー層を拡大できるというメリットもある。日本で展開する電動キックボードのLuupは、所有するのではなくキックボードをシェアする仕組みだ。佐々木氏のLuupでの経験が、Dodaiで生かされることになる。アフリカが電動モビリティ革命の最先端に躍り出るわけだ。

ただ当然ながら何もかもが順風満帆というわけではない。問題は日常茶飯事のように発生する。われわれがエチオピアに向かって飛行機に乗るという当日に、エチオピア政府が二輪車の利用を禁止した、という連絡が入ってきた。発売になったばかりなのに、利用が禁止とは...国内北部で紛争が続いており、武器の輸送に二輪車が多用されるのだとか。これを取り締まる目的で、禁止命令が出たようだ。

佐々木氏は特段、焦っている様子もなかった。「まあ、そのうち解除されるでしょう」。事実、街中で多くの二輪車が走っているのを目撃したし、警察が取り締まっている様子もなかった。またDodaiのスクーターの売れ行きは減速するどころか、飛ぶように売れていた。そして、禁止令はあっさり数週間で解除された。

Dodaiの幹部たちに話を聞いても、動揺している人はいなかった。佐々木氏を完全に信頼している様子だった。佐々木氏のいないところで、社員の本音を探ってみた。

Dodaiで勤務する社員

「最初は結構、社長と意見が衝突しましたよ」前出のシンガポール人エンジニアが語ってくれた。「彼も僕も言い出したら聞かないところがあるので。でも毎日のように彼と議論を続けていると、お互いの強みをお互いが理解できるようになりました。今はお互いを信頼して、伸び伸びと仕事ができているように思います」

政府との交渉役を担当しているエチオピア人幹部に、上司としての佐々木氏のいいところ、悪いところを教えてもらった。「いいところは、ビジョンと行動力でしょうか。あと本気でエチオピアの将来のために頑張ってくれているところも素晴らしいですね。悪いところですか? 政府の幹部と会うときでも、服装がカジュアル過ぎるところですかね」と笑った。「5年後にもう一度、エチオピアに来てください。その時は街のあちらこちらでDodaiの電動スクーターを見かけることができると思いますよ。いや、アフリカのあちらこちらの国でDodaiのスクーターが走り回ってると思いますね」

別の社員も「社長はきびしい面もある。でも本当にエチオピアの未来のために一生懸命なのが分かる。なのでついて行きたいと思う。この会社の製品がアフリカの未来の土台になるんだと思いますね」

東京大学医学部の開設に貢献し、日本に医学を広めたジェームス・ヘボンや、貿易会社を通じ西洋技術の導入に貢献したトーマス・グラバーなど。日本の近代化は多くの外国人の貢献によって加速した。佐々木氏もアフリカの発展に大きく貢献した外国人として、歴史に名を残すかもしれない。そう感じさせる器の人物だった。



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