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群馬発「国産はわずか1.5%、30年で事業所5分の1」のアパレル業界を持続可能にする革命

ニューズウィーク日本版 2023年10月17日 18時45分

<服を安易に捨てないこともサステナブルだが、安価な輸入品に押され、低迷にあえぐ国内の縫製工場を支えることもサステナブルだ。ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソンとイオンを経て「フクル」を創業した木島広氏の挑戦>

負の構造を変えたい

「Who Made My Clothes?」は、アパレル業界のあり方を考える世界的なムーブメント「ファッション・レボリューション・デー」の合言葉だ。毎年4月24日に行われ、参加者は服を裏返しに着た写真に #WhoMadeMyClothes? のハッシュタグをつけ、SNSに投稿する。毎年数万人が参加している。

この運動は2013年にバングラデシュで縫製工場が複数入居するビルが崩落した事故を機に始まった。東南アジアの縫製労働者が劣悪な環境で長時間労働を強いられている実態が明らかになり、グローバルブランドの透明性をもっと高めるべきだという声が世界的に高まった。

「私の服は誰が作ったの? 製造過程の開示を呼びかけよう」

今年は事故発生からちょうど10年目に当たる。

国内の縫製工場も安価な輸入品に押され、厳しい局面にある。日本繊維輸入組合によると、2022年のアパレルの国産比率は1.5%。生産量は過去20年で6分の1に減った。繊維業の事業所数もここ30年ほどで5分の1以下になってしまった。

低迷にあえぐ日本の縫製業を持続可能にするための仕組み作りに奮闘するベンチャーがある。2015年に群馬県桐生市で創業したフクルだ。代表の木島広(きじま・ひろし)さんの実家も縫製工場で、国内アパレルの低迷は他人事ではない。

国産服のプロパー消化率(定価で売れた商品の割合)は3~4割。大半がセール品や倉庫行きとなる構造が廃棄量を増やし、縫製工賃を削り取る要因になっている。木島さんは、いつかこの課題解決に挑みたいと思いながら下積み時代を過ごした。

ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソンでチーフパタンナーとして研鑽を積んだ後、イオンのPB(プライベートブランド)トップバリュの衣料商品開発部門チーフクリエイティブデザイナーに転身。退職後は家業を手伝いつつ、ビジネスプランを練った。

縫製職人が健康的な生活を営みながら制作できる服の量は限度がある。そのため縫製以外の工程をDXで効率化し、コスト負荷を減らそうと試みた。

昔の職人のように一着ずつ作るオーダーメイドを軸にしつつも、他の工程をスマート化するフローを構想し、自社ブランドを立ち上げた。クラフトマンシップを尊重した視点は、アパレル版「インダストリー4.0」と言えるかもしれない。

60の中小事業所と提携

フクルの製造方法は、カスタムオーダーの服を効率的に作ることから、大量生産とも完全な受注生産とも異なる「マスカスタマイゼーション(大量受注生産)」の枠にくくられているが、大規模な工場に労働や設備を集約する一般的なそれではない。季節変動性が強く、技術者が減少しているアパレルでは、小規模な製造現場を分散させる方式が向いていると、木島さんは考えた。

事業を協働してもらう縫製工場やフリーの職人は自分で地道に探し回った。「僕も縫製屋の息子です」と名乗ると、仲間意識から心を開いてくれる人が多かったという。

「構造不況で良い仕事に恵まれない」「地域の繊維工場が相次いで倒産して協力相手がいない」「人材不足でオペレーションの一部が手薄になっている」――現場の悩みは深刻だった。

多くの職人が苦手とする新規開拓や価格交渉はフクルが担い、希望があれば布の裁断など縫製前までは自動化。検品など人材難の工場では手が回らない工程も支援するので質の高い縫製仕事をお願いしたいと依頼すると、反応は良かった。縫製工賃は原価率の8割と相場の数倍の値段を提示した。

フクルのサイトでは、提携工場の取材記事も掲載。親の家業を引き継いだ二代目の苦労や思いを聞き取っている

現在、桐生を中心に、群馬県高崎市、栃木県栃木市、埼玉県深谷市、神奈川県川崎市、新潟県長岡市、さらには関西方面まで約60の中小事業所と提携を結んでいる。1着のリピート生産や20〜50点ほどの小ロット生産を主力に据え、注文先に近い事業所に仕事を回すようにして移動距離も抑えた。

オーダー服は既成服より値が張り、完成まで数カ月かかるイメージがあるが、注文からのリードタイムはおよそ2週間に早めた。受付や見積もりはメールやオンライン対応を主力にし、生地や資材などの在庫情報やデザインパターンは独自のサプライチェーン・マネジメント・システムに集約し、組み合わせを自在にした。

少量多品種を取り扱うのでアイテムも縫製工程も多岐にわたるが、受注から納品までの流れが滞らないよう 「交通整理」するのがフクルの役割だ。

自社ECで展開するオーダーワンピースや婦人スーツは既成服の価格帯とほぼ変わらない3万~5万円で提供

縫う手間のかかるポケットなどはオプションにして、金額を上乗せしていくシステム。既成服は通常「フル装備」で売られているので、新鮮な視点だ

人と服の幸せな関係を

創業から8年。木島さんは「誰のためのスマート化なのか」、常に原点に立ち返るようにしていると話す。効率化が労働者に還元されなければ、本末転倒になってしまう。

日本では日常着は海外製を買う習慣が浸透し、国産服の市場縮小に歯止めがかからない。そのためカスタムオーダーの顧客を海外に求める努力も欠かせなくなっている。「国産服が万一ゼロまで落ち込んだとしても産業が生き残るためには、海外向けのD2C(消費者直接取引)サイトも提案できるようにしたい」と木島さんは語る。

また、自社サイトにカーボンオフセットやトレーサビリティの機能を追加する準備も進めていて、これらのデジタル証明機能は将来的に中小の事業者に外販する予定もあるという。現状各社に委ねられている環境負荷や労働環境に関する情報開示がいずれ国際ルールとなって義務化した際、中小縫製工場が変化に対応できるようにするためだ。

昨年ローンチした自動見積もりサイト「FiTO」では、作りたい服の縫製料金を無料で見積もることができる。このサイトにカーボンオフセット機能なども盛り込んでいく

目指すところは、フクルらしい視点を盛り込んだITプラットフォームの完成だ。

プラットフォームを活用して国内の縫製事業者が自走できるようになれば、中間業者としてのフクルのサポートが不要になり、技術者の工賃はもっと増える。

Who Made My Clothes? フクルでは、提携工場のインタビューを載せたり、見積もりサイトにハリネズミのコンシェルジュをアイコンとして置くなど、発注から納品までの過程に「体温」を感じてもらえる仕掛けを工夫している。

社名は「『服を作る』のすべてを叶える」を縮めたものだ。製造過程や労働環境の透明性を高めることは企業責任でもあるが、購入側にとっても製造過程や労働環境の可視化は監視の意味ばかりでない。農産物のように生産者の顔や制作過程が見えれば、服を買う楽しみも広がるはずだ。

「服と人との幸せな関係性」を模索したいと強調するフクルのミッションは、行き過ぎた繊維産業のバランスを整え、関係性を再構築することなのだろう。1.5%の国産服を持続可能にする挑戦は続く。

■高い技術力を誇る日本の縫製工場...フクルのコンセプト動画




岩井光子(ライター)

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