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井ノ原快彦アイランド社長も難色を示していた「NGリスト」...配布の強行と失敗はとても「日本的」だった

ニューズウィーク日本版 2023年10月18日 16時40分

<会見でリスク管理するはずだった外資系広報コンサル企業のミスは「非常に日本的」で、誰も笑えない>

ジャニー喜多川氏による性加害問題に関して10月2日に開いた記者会見で、質疑応答の指名を避ける記者の「NGリスト」が用意されていたことが発覚し、ジャニーズ事務所が窮地に陥っている。

会見では社名を「SMILE-UP.(スマイルアップ)」へ変更し、ジャニーズという名称を根絶すること、藤島ジュリー景子前社長が代表権を返上し被害者救済に専念した後に会社を廃業すること、タレントのエージェント管理を行う新会社を設立すること......などが表明された。

被害者救済と再発防止、事業体制の再構築とガバナンス確立の具体策が十分に説明されたとは言い難いが、一定のインパクトを与える内容だった。

ところが、4日午後7時、NHKがニュース番組トップで「NGリスト」の存在を報じると事態は一変する。会見場を歩く運営スタッフが「氏名NG記者」と書かれた紙を小脇に抱える光景をカメラが撮影していた。

企業不祥事とはいえ、記者会見で誰を指名するかは基本的に会見の運営管理者の裁量だとも言える。しかし記者の背後には数十万、数百万を超える読者や視聴者がいる。

前回9月7日の記者会見でジャニーズ事務所を厳しく詰問した記者をNG扱い(忌避)する姿勢は、批判的世論を一方的に排除しようとすることに等しい。会見自体の信頼性が損なわれただけでなく、結果としてジャニーズ事務所が示した反省の姿勢が表面的なものにすぎないのではないか、という疑念を招いた。

移籍した社長の「手土産」

なぜ、NGリストが表沙汰になったのか。会見を運営したのは、私がかつて勤務したFTIコンサルティングという外資系企業である。

ジャニーズ事務所が今月10日に公表した「NGリストの外部流出事案に関する事実調査」によると、一連の危機管理を引き受けている弁護士の紹介によって、FTIが9月1日付で会見運営業務を受託、9月30日の打ち合わせの席で、FTIが指名候補および指名NG記者リスト(顔写真なし)を配布した。

井ノ原快彦・ジャニーズアイランド社長から「(NGとは)どういう意味か。指名しないと駄目だ」と指摘されたにもかかわらず、FTIは会見当日、顔写真および座席表入りのリストを作成、会場近くのコンビニエンスストアでコピーして司会者に配布。受け付け業務を再委託したイベント運営会社関係者らにもLINEで共有していたという。

おそらくNG対象記者が会場受け付けをする際に担当者が顔を確認、追尾して座席位置を特定し司会に伝えることで指名を避けるという運営フローが想定されていたと推察できる。

会見後、NGリストが流出しているという噂が駆け巡っていたが、そのNGリストを運営スタッフが持ち歩いている決定的な証拠映像を記録していたNHKが報道に踏み切ったのだ。

しかし、ジャニーズ事務所が明示的にNGは駄目だと言っていたにもかかわらず、コンサル側がクライアントの意に反してNGリストの運用を強行することがあるのだろうか。いったい何があったのか。

FTIは1982年にアメリカで設立され、証拠の収集解析など「フォレンジック」と呼ばれる訴訟支援業務を行う会社だった。

96年にニューヨーク証券取引所に上場した後、豊富な資金を元に世界中でM&Aを行い、不正調査に限らず、金融・経営戦略からIT・広報に至る多くの部門を抱える巨大コンサルティング企業に成長。現在の従業員数は7800人、世界84都市に拠点を構え、2022年の売上額は30億ドル(約4500億円)に達している。

FTIは06年7月、香港のリスク管理アドバイザリー企業「インターナショナルリスク」を買収することでアジア・日本進出を果たした。

こういった経緯から、FTI日本法人の業務は、私がディレクターとして在籍していたグローバルリスク&インベスティゲーション部門が主であり、グローバル企業に対するリスク助言や不正調査(デューデリジェンス)を行っていた。

そのFTI日本法人に最近加わったのが、PR会社ボックスグローバル・ジャパンの代表取締役社長だった野尻明裕氏である。

報道によると、ボックス社は今年6月の段階で弁護士を通じてジャニーズ事務所から会見運営業務を受託しており、8月29日の林眞琴前検事総長率いる再発防止特別チームによる会見も手がけたという。

野尻氏が6月末にボックス社を退社しFTIに移籍した後も案件が継続されたのは、コンサル業界特有の属人性ゆえであり、ジャニーズ案件はいわば「移籍の手土産」として持ち込まれた側面もあるだろう。

しかしボックス社と異なり、FTI日本法人はメディア対応の経験が豊富というわけではない。実際、「指名」を誤植した写真付き「氏名NGリスト」を記者会見当日に作成し、コンビニでコピー、LINEで共有するほど、その運営は稚拙だった。

なるほどFTI本社には戦略的コミュニケーションという強力な広報部門がある。しかし野尻氏の指示を受け、会見実務を取り仕切った日本法人の実働部隊の人員・実力などリソースは十分でなかった。

その齟齬が業務監督上の油断を生み、NGリスト問題を招いた可能性が高い。よもやNGリストが表面化するという、ささやかに見えて重大な失敗が生じるとは、野尻氏自身も想定していなかっただろう。

イギリスでは、BBCの人気番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』の名物司会者ジミー・サビルによる「イギリス史上空前の性犯罪」とされる性加害が、11年に本人が死去した翌年に発覚。

国民的関心事になり、サビルの墓石撤去など、生前の功績を遡及的に「キャンセル」する動きが生じた。それとともに、警察が大規模に捜査し(イギリスでは性犯罪に時効はない)、疑惑を隠蔽していたBBCに対して独立調査委員会による調査が行われた。

ジャニーズの「焦燥感」

これに対して日本では、長年にわたり「公然の秘密」として隠蔽されてきたジャニー喜多川氏による児童や少年への性加害に対して、沈黙という不作為を続けてきたジャニーズ事務所やメディアを含む関係者による自己検証の動きはまだ鈍い。

「NGリスト」を先んじて報じたNHKも、局舎内で性加害が行われていたという被害者の証言を新たに報じており、性虐待疑惑を隠蔽し批判を浴びたBBCの二の舞いになる恐れを抱えている。

「ビジネスと人権」という国際潮流を背景にした企業による広告契約見直しの動きと圧倒的な世間の批判を前に、ジャニーズ事務所は焦燥感を募らせているようにも見える。

広報担当元副社長が主導したとされるメディアコントロールは、今回の会見における拍手やヤジの一部に影響力の残滓が見受けられはしたが、もはや通用しない。

頼りの危機管理担当法律事務所は、企業の存亡を賭けた記者会見運営をFTIに任せ、FTIは運営末端の管理が行き届かなかったが故にクライアントのインテグリティ(誠実性)に疑問符を付ける失態を演じた。

今回のNGリスト問題は、起きるべくして起きた事態だったとも言えるだろう。

「NGリスト」

フライデーが報じた、指名「NG」記者リストの一番上に、私と望月さんの写真があるのを見て、司会の松本氏と、壇上の井ノ原氏がなぜ頑強に私たちの質問を拒み続けたのかが、よく分かりました。最もマークされていたからこそ、あれだけ執拗に質問を拒絶されたのだと。ジャニーズ事務所は「事務所側は知ら... pic.twitter.com/EYgwnOTUM8— Toshi Ogata (尾形 聡彦) (@ToshihikoOgata) October 5, 2023

    

ジャニーズ事務所の2回目の会見(2023年10月2日)

【ノーカット】ジャニーズ事務所が会見 社名をSMILE-UP.(スマイルアップ)に変更 東山紀之氏「ジャニーズという名前は全て消す」(2023年10月2日)/ TBS

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