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2023年秋、AI業界勢力図② Metaがオープンソースで大暴れ

ニューズウィーク日本版 2023年10月18日 18時40分

<AI新聞編集長の湯川鶴章氏が解説する、「2023年秋、AI業界勢力図」。第2弾は自社開発の言語モデルを、一般企業も一定限度まで無料で使えるかたちでリリースしたMetaに焦点を当てる>

*エクサウィザーズ AI新聞から転載

AIは大きくなるほど性能が向上する傾向にある。この傾向が理由で、AIの巨大化が今もなお続いている。そしてその結果としてAI業界のいろいろなレイヤーで激しい競争が繰り広げられ、業界勢力図の流動的な状態が続いている。どのレイヤーにどのようなプレイヤーがいて、勢力図はどう変化していっているのか。詳しく見ていくことにしよう。

AI言語モデルがクラウドの差別化戦略に

さて半導体レイヤーの上は、クラウドコンピューティングのレイヤーだ。実はこのクラウドレイヤーは、その上の言語モデルレイヤーと密接に関わっている。なぜならクラウド事業者は、どこよりも優秀なAIモデルを自社のクラウド向けに開発するか、優秀なAIモデルを開発した有力ベンチャーと独占契約を結んで自社クラウドのみで利用可能にするかして、他社のクラウドとの差別化を図ろうとしているからだ。

なのでまずはAI言語モデルのレイヤーを見ていきたい。AI言語モデルの最有力はOpen AIである。2022年秋にリリースしたChatGPTが爆発的大ヒットとなったため、同社の基盤モデルであるGPT-3やGPT-4を利用しようと考えている一般企業は多い。会社名はOpenAIなのだが、実は同社のAIモデルはクローズド。利用するのに料金が発生する。

GoogleのPalM2なども人気言語モデルだが、これもクローズドで、同じく料金が発生する。Googleが自社モデルをオープンにしないことで、同社の最新モデルを利用したい顧客企業は同社のクラウドを利用するしかない状況を作っているわけだ。

MicrosoftはもともとOpenAIの技術力を高く評価し早くからOpenAIに出資していたが、ChatGPTが大ヒットしたことを受け、すぐにOpenAIの言語モデルをMicrosoftのクラウド上で提供し始めた。両社がスクラムを組んだことを強調することで、Microsoftのクラウドへ一般企業を呼び込もうとしたわけだ。

Microsoftはインターネットの時代になってからネット検索では圧倒的な差をつけられるなど、Googleの後塵を拝しているイメージがある。言語AIの時代が到来したことで、Googleに一矢報いたいところ。そういうイメージなので、世間的にはMicrosoft・OpenAI連合vs Googleといった対立構造が出来上がった。

Metaがライバルの差別化戦略を無効に

そんな中、この対立構造を狂わせる新たなプレーヤーが登場した。Meta(Facebook)である。Metaが自社開発の言語モデルLlaMA2を、一般企業も一定限度まで無料で使えるオープンソースのモデルとしてリリースしたのだ。

なぜMetaはオープンソースとして言語モデルをリリースしたのだろうか。1つには、Metaがクラウド事業を持っていないからという理由が考えられる。クラウド事業を持っていないので、自社開発のAIモデルで一般企業を自社クラウドに呼び込む必要がないからだ。

LlaMA2が無料になったことで、 一般企業がMicrosoftのOpenAIのモデルや GoogleのPaLM2から、MetaのLlaMA2に流れ始めている。MetaはLlaMA2で儲けようともしておらず、ただ単にMicrosoftや Googleに嫌がらせしているようにも見える。

しかしMetaにはMetaの思惑がある。実は優秀な研究者の中には、オープンソースの支持者が多い。AIは人類全体にとって非常に有益な技術なので少数の企業がAIを独占するのは好ましくない。そう考える研究者が多いのだ。Metaがオープンソースの動きを牽引していることで、優秀な研究者がMetaに集まってきている。これがMetaにとって大きなメリットの1つだ。

もう一つ、オープンソースにすることでAI業界への圧倒的な影響力を手にできるかもしれないというメリットがある。事実、MetaのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏は、LlaMA2をオープンソースにすることで、LlaMA2を AI産業のインフラ的存在に育て上げたいとYouTubeにアップされた動画インタビューの中で話している。

基本技術を無料で提供することで、大きな影響力を手にした企業の前例がある。Googleが開発したスマートフォンの基本ソフトであるAndroidは、オープンソースのソフトだ。多くのスマホメーカーがAndroidを搭載したスマホを開発して販売しているが、GoogleはAndroidを提供しても、スマホメーカーから一円ももらっていない。

しかし無料で提供することでAndroidの市場シェアが拡大する。多くの人がAndroidを使えば、そこに搭載されているGoogle検索を利用することになる。Google検索には広告が表示され、その広告代金はGoolgeの収益になる。オープンソースソフトは直接的には収入源にはならないが、回り回って多くの収益をGoogleにもたらしている。ザッカーバーグ氏は同様の結果を期待しているわけだ。同氏のより具体的な戦略に関しては、アプリレイヤーの記事の中で詳しく解説したい。

一国一城の戦国時代に

さてでは、クラウドのレイヤーの勢力図について詳しく解説したい。もともとAmazon、Microsoft、Googleのクラウド3強は、自社開発のAIモデルを自社クラウドでのみ展開することで競争してきた。そこにChatGPTを引き下げてOpenAIが彗星のごとく現れた。Microsoftは早速、OpenAIとスクラムを組み、Amazon、Googleより、一歩抜きに出ようとした。特にMicrosoft、Open AIの連合軍が、対Googleで先行するように見えた。

そこにMetaがLlaMA2を無料でリリースし、一般企業の注目を集め始めた。Microsoftの動きは早く、同社がLlaMA2の優先パートナーになったと発表。MetaがMicrosoft、OpenAI連合に加わって、Googleはさらに窮地に追い込まれたように見えた。事実、日本のIT業界の関係者の中には、これでGoogleも終わったかのようにSNS上で論評する人もいた。

しかし、MetaはMicrosoftのみならず、続けてAmazonにもLlaMA2を提供。最近ではGoogleにもLlaMA2を提供すると発表している。Microsoft連合に加担したのではなく、クラウド3強との等距離外交戦略を取ったわけだ。

一方、MicrosoftがLlaMA2の優先パートナーとなってことをおもしろく思わないのがOpenAIだ。LlaMA2が無料でリリースされたことで、LlaMA2がOpen AIのGPTモデルの最大のライバルになった。そのLlaMA2を、盟友だと思っていたMicrosoftが優先的に取り扱うと発表したわけだ。

そっちがそう出るのなら、こっちも、ということで、Open AIはChatGPTの企業向けバージョンを提供し始めた。これまでOpenAIはChatGPTを消費者向け市場にのみ提供し、企業向けバージョンは盟友Microsoftに任せていた。OpenAIはメーカーに徹し、ディーラーであるMicrosoftの邪魔をしないというような関係だった。それがついに企業向けバージョンでMicrosoftに対抗し始めたのだ。

もはや連合軍など存在しない。AI業界は一国一城の戦国時代に入ったわけだ。

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