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わが家と同じ住所の「もう1つの家」が存在したら......不安と恐怖と怒りの実体験

ニューズウィーク日本版 2023年10月20日 15時10分

<イギリスで持ち家に住む筆者に、なぜか内見希望者が相次ぎ訪れ、他人宛ての荷物が届き、役所から警告が届いたその理由とは?>

3年前くらいから、僕の家のドアをノックして、中を見せてくれと言う人々が出現しだした。彼らはどうやら、賃貸物件として僕の家に興味があるみたいだった。僕は彼らに、賃貸ではないといちいち伝えなければならなかった。

何かしていて忙しい時にかぎって、思いがけずこういうことが起こった。毎日だったわけではないが、時折あった。毎度、心の準備もないまま対応する羽目になった。

次に起こった時には、なんで僕の家が賃貸に出されていると思ったのか訪問者を問い詰めようと、僕は決意した。インターネット詐欺だったのだろうか? でも「次のチャンス」の際、僕は家の近くの石壁を隔てた反対側にいた。見知らぬ人々が玄関先にいるのが見えたので走って家に戻ったけれど、僕が家の前に来た時には彼らは立ち去ってしまっていた。その後、この手の訪問は止んだ。

それもしばらくの間だけのこと。ある日、家具を「寄付」してあげる、と言って女性が訪ねてきた。僕はいらないと答えた。その人はちょっと気分を害したようだった。彼女は僕の住所が書かれたものを持っていた。ほら見て! ここで間違いないはずでしょ?

それから数日後、僕が頼んでもいない荷物の宅配業者がやって来た。その時たまたま通りかかって僕とのやり取りを耳にした通行人が、宅配ドライバーに、この通りをまっすぐ行って右折したらどうかと言った。「そこにある家に聞いてみたら?」と彼女は言った。ドライバーが立ち去ってくれて良かったが、僕は混乱した。

それからまたある日、僕が家に帰るとアマゾンの荷物が玄関前に置き配されていた。僕の家の通りと住所番地が書かれていたが、宛名は僕とは別人で、郵便番号も少し違った。とても奇妙だ。僕は渋々荷物を手に取り、アマゾンに返却の連絡をすることにした。でも連絡する前に、1人の男性が僕の家のドアをノックし、自分宛ての荷物が来ていないかと尋ねた。アマゾンが、僕の家の玄関前の置き配画像を彼に送っていたのだ。

この段階で僕は、説明を求めた。明らかにイギリス人ではないその男性は、わが家と同じ番地と通り名を持つ「もう1つの」家に住んでいるのだという。それは論理的にあり得ない、と僕は彼に言った。イギリスでは(そしておそらく世界中どこでも)2つ以上の家に同じ番地と同じ通り名を割り当てることはない。彼は戸惑っていた。僕は彼に荷物を渡したが、彼の郵便物の「局留め」先にされるのはまっぴらごめんだと釘を刺しておいた。

その翌年ずっと、彼宛ての公文書が何度も僕の家に届いた。税務当局から、運転免許センターから、社会保障の担当部署から......。僕は封筒に、そのような人物はここに住んでいないと記して、「差出人返送」でそれらを全て送り返した。1回ごとに、僕の言葉遣いはヒートアップしていった。「そのような人物は一度たりともここに住んでいたことはない!」「もう何度も繰り返し説明したとおり......」

当然僕は、誰かが僕の住所を公共の手続き上で乗っ取っているのではないかと心配になり、その次には僕の住所を使って銀行ローンが組まれたり、さらには借金取りやらの面倒ごとが僕の家に舞い込むのではないかと不安に駆られた。スピード違反の罰金を払えとか? 水道光熱費請求の最終通告とか?

そしてどうやら、その謎の誰か宛ての郵便物が1つ、行方不明になったようだ。なぜ気付いたかというと、政府の管理部署から、文書をどこにやったのかと、僕(「占拠者」)に尋ねる手紙が届くようになり始めたからだ。そこには14日以内に所定文書に記入して説明するか、あるいは記載の電話番号に連絡するように、などと書かれていた......。この時点で、僕は弁護士を雇うところだった。まるで僕が誰か宛ての郵便物を勝手にいじり、罪を犯したような感じになっていたからだ。

イギリス的な問題が凝縮している

ここに記したのは、事の顛末のとても短いバージョン(本当は何年にもわたり多くの紆余曲折があった)。でも最後には、僕はこの謎を「解決」した。

僕の家の通りから離れた空き地に、新しい住宅が建てられた。建設前から家々には1から12の番号が割り振られた。そのうち何軒かは完成前に実際に売却が成立した(イギリスでは「オフプラン」と言う)。でも完成した時、何かしらの失態により、そこの小さな通りには名前が付いていなかった。だから開発業者が僕の家の通りの名を使うことにした、ということらしい(開発業者が書類手続きを期限に間に合わせなかったか、あるいは地元当局が要件を満たさない未舗装道路に通り名を付けることを許可しなかったのだろう)。

家々には建前上、番号ではなく名前が付けられた。「ザ・コテージ」「ザ・ロッジ」などだが、番号はドアに貼り付けられたままだった。わが家と同じ番号が割り振られた家は、不動産屋が名前ではなく番号で記載・登録した。これを購入したのは、おそらく細かいことなど気にしない賃貸業者だったのだろう。所有する資産の中のただの1つ、くらいに思っていたのでは。そうしてこの家は、事情を知らない渡英したばかりの移民が借りることになった。業者は彼に、これが彼の住所だと話し、彼もそれを信じたのだろう。

これで話が終わりだったら良かったのだが。あるとき僕が休暇から帰ってくると、ドアにメモが挟まっていた。「この家は空き家です。詳しい情報は以下の電話番号にお問い合わせください。075xxxxxx」。僕は意味がわからず、不安が押し寄せた。近隣の何者かが僕が不在にしているのに気付き、僕の家を不法占拠者に貸し出す計画でも立てていたのか? このメモは最初はわが家のドアに貼り付けられていたのを、親切な隣人が気付いて「隠しておいて」くれたのだろうか?

事の顛末はこうだった。通りの向こうに住んでいた外国人の居住者は引っ越していったらしい。そして賃貸業者が間違って僕の家に来た。というわけで、振り出しに戻ったのだ。

僕がそれを知ったのは2日後のこと。業者に依頼された作業員が電気を止めるために僕の家にやってきて、玄関ドアを開けようとしたからだ(鍵がかかっていたからもちろん開かなかった)。少なくとも彼は、住所の混乱が発生していることについては業者に報告を上げていた。空き家だと言われた家に向かったはずが、怒った男性が出てきて「家宅侵入」しようとした理由を問い詰めてくる、という衝撃の事態から立ち直った後のことだ。

これはある意味では奇妙な偶然の重なりだが、別の意味ではそうとも言い切れない。1つ1つの失敗には、イギリス的な要素が少しずつ見て取れる。いい加減な不動産開発業者、わずかに残るあらゆる土地が住宅地に作り替えられていること、不在地主の問題、不幸な移民が新天地イギリスで騙されていること、そして住所がおかしいという明らかな説明を5つ6つと並べ立てても対応できないお役所仕事......とはいえ、お役所のミスによって問題が起こると、結局は他の誰か(僕のことだ)への非難や嫌がらせになってしまう可能性だってあるのだ。



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