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アメリカはなぜ、ガザ地区の病院爆発はパレスチナ側の責任と断定したのか

ニューズウィーク日本版 2023年10月19日 19時8分

<イスラエル空軍が、自国領内に向けて発射されたロケット弾が病院の駐車場に落下したことを示す画像を公開>

イスラム過激派組織ハマスが実効支配するパレスチナ人自治区にあるアハリ・アラブ病院で10月17日に起きた爆発は、イスラエル軍の空爆によるものではないと、米情報機関は結論づけた。当初はこの爆発で市民約500人が死亡したと伝えられたが、複数の米当局筋は、これも誤報だとみている。

ガザの保健当局は17日、爆発による死者は「少なくとも500人」に上ると発表。ハマスはイスラエルの攻撃による爆発であることを示す証拠を公開すると約束した。

だが、米国防総省情報局(DIA)の高官は「イスラエルは病院を攻撃していない。それはわれわれが知り得た事実だ」と、本誌に語った。「画像と(傍受した)通信は、ガザ地区内部から発射されたロケット弾が病院そのものではなく、近くに着弾したことを示している」

一方、この爆発の分析を行っている米空軍の情報将校は「われわれは死者数を把握していない」と述べた。「イスラエル当局も同様で、現時点では明確な数字は不明だが、わが国とイスラエルの情報機関はどちらも、せいぜい2、30人とみている。私はこれを悲劇とは言わない。小さな被害を極端に誇張し、あからさまな虚偽情報を流すのはハマスのお家芸で、これもその一例だ。責任を問われるべきはパレスチナ側で、イスラエルではない」

国際世論の風向きが一変

本誌が取材した当局者やアナリストは口をそろえて、この事件をきっかけにハマスが始めた戦争に対する国際社会の見方や議論のトーンが根底的に変わったと指摘した。当初はハマスの奇襲攻撃の衝撃が人々の関心をさらっていたが、病院爆発でパレスチナ人が長年耐えてきた苦難が注目されるようになった、というのだ。

「ハマスが仕掛けた戦争に関するあらゆる事柄、イスラエル軍のガザへの地上侵攻の可能性から空爆のペースまで、全てに対する国際世論の風向きが、今や大きく変わろうとしている」と、米情報機関の高官は話した。

そうしたなか、イスラエル空軍(IAF)は、自分たちの攻撃ではないことを示す証拠として、ドローン(無人機)で撮影した画像を公開した。それらの画像を基に、IAFは病院の近くにあるハマスとは別のイスラム過激派組織「パレスチナ・イスラム聖戦機構」の拠点からイスラエル領内に向けて約10発のロケット弾が発射され、うち1発ないし数発が技術的な「ミス」で、病院の駐車場に落下して爆発したと分析。公開された中には、飛び散った砲弾の破片が病院の建物に損傷を与えたことを示す画像もある。

IAFはまた、空爆であれば爆撃地点に大きな穴が開いているはずだが、画像にはそんなものは映っていないし、付近の建物が巻き添え被害を受けた形跡もないと指摘した。「病院の隣の建物は無傷だ。これは、われわれがこのエリアに爆弾を投下していないことを示すさらなる証拠だ」

IAFはまた、パレスチナ側がこれまでにイスラエルに向けて撃ったロケット弾が多数、ガザ地区内に落下して爆発したことを示すデータと地図も公開した。「病院、国連の学校、モスク、レストラン、各国の出先機関、ホテルなど多数の民間人がいる建物のすぐそばにある拠点からロケット弾が発射され」、それらの多くが発射後すぐに落下して大きな被害を出したと、IAFは分析している。

ハマス幹部は本誌に対し、目撃談や砲弾の残骸など、病院がイスラエル軍の空爆を受けたことを示す証拠を収集中で、まとまり次第広く公開すると述べたが、いつまとまるかは明言を避けた。

ガザ地区にある唯一のキリスト教系の病院であるアハリ・アラブ病院を運営するエルサレム中東聖公会は爆発について声明を出し、イスラエルの空爆の最中で起きた「残虐な攻撃」に遺憾の意を表明した。

パレスチナ側の仕業だとみる米空軍の情報将校は、「現段階で急いで結論を出すことは控えるべきだ」と断りつつ、「それでも事実は否定できない」と主張する。

ジョー・バイデン米大統領は18日、イスラエルを訪問し、同国のベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談した際、昨日は病院爆発の知らせを受け、「深い悲しみと激しい怒り」を抱いたと述べ、「向こうのチームが行なったようだ」と、遠回しにパレスチナ側に責任があるとの見解を示した。そう判断した根拠は何かと記者団に詰め寄られると、バイデンは米国防総省が「私に見せたデータ」だと答えた。

人道支援が急務とグテレス

米国家安全保障会議(NSC)のエイドリアン・ワトソン報道官は18日朝、「引き続き情報を収集中だが、上空からの画像、傍受した通信、公開情報に基づき、昨日ガザ地区の病院で起きた爆発はイスラエルの責任ではないというのが、現時点での私たちの評価だ」とX(旧ツイッター)に投稿した。

国連のアントニオ・グテレス事務総長は訪問先の北京で18日、ガザのパレスチナ人は「崖っぷちに追い込まれている」として、緊急の人道支援のための停戦を呼びかけた。グテレスはまた、当初の報道を受けて病院への「攻撃で何百人もの死者が出た」ことで「恐怖におののいた」とも述べた。

ここ数十年で最も多くの犠牲者を出しているイスラエルとパレスチナの戦闘は、10月7日にハマスがイスラエル領内に加えた攻撃で始まり、これまでにイスラエル側では1400人、ガザ地区では少なくとも3400人が死亡したと伝えられている。

<動画>イスラエル軍が発表した誤爆の証拠

ガザの病院の上空を飛んできたロケット弾らしきものから途中、破片が落ちてきて火災を起こしたと、イスラエル軍は言う

<動画>安全なはずのガザ南部の街も土に帰る



ウィリアム・アーキン(ジャーナリスト、元米陸軍情報分析官)

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