Infoseek 楽天

アメリカを反面教師として、イスラエルに侵攻前にどうしてもやって欲しいこと(パックン)

ニューズウィーク日本版 2023年10月21日 19時11分

<戦争を始める前のチェックリストとして有効な「パウエル・ドクトリン」。これに照らせばイスラエルのガザへの地上侵攻が国益にかなうかは、かなり微妙だ>

チェックリストほど便利なものはない。僕もよく活用している。特に、取返しのつかない行動をとる前に、確認事項を1個ずつクリアすることが大事だ。

例えば、海外旅行に出かける前に:
・パスポートを持った?
・旅行保険に入った?
・相手の国で指名手配されていない?(プーチンさん、要注意)
などを確認するためにとても役に立つ。

結婚する前にも:
・子供が欲しいかどうか聞いた?
・借金や前科、病歴などを調べた?
・相手の名字をもらっても変な名前にならない?(瑠奈ちゃんが志位君と結婚したらパスポートが「ルナシー」になっちゃう。本当にいいの?加奈ちゃんも綾ちゃんも気を付けようね)。
などの項目を事前にクリアすると安心だ。

パウエル・ドクトリンという「開戦チェックリスト」

同様に、戦争を始める前の、とっても便利なチェックリストがある。それは1990年代に当時のアメリカ統合参謀本部議長コリン・パウエルが説いた「パウエル・ドクトリン」というやつ。パウエルはベトナム戦争で戦った経験、制服組のトップとしてパナマ侵攻や湾岸戦争で指揮を執った経験などから、合理的な武力行使の原則を見出したのだ。

そのチェックリストは以下の通り。
1)重要な国益が侵されそうか?
2)明確かつ達成可能な目的はあるか?
3)リスクとコストは有りのままに、十分に分析されたか?
4)ほかの非軍事的な政策手段は全て尽きたか?
5)泥沼化を避けるための現実的な出口戦略はあるか?
6)行動の結果は十分検証されているか?
7)行動はアメリカ国民に支持されているか?
8)国際社会から広い支持を得ているか?

僕の例ほど笑えないが、素晴らしいチェックリストだ。軍事行動は人の命も生活も、国家の安全保障も、地域の安定も、国際社会における評判や地位にも関わるため、いたって慎重に考えるべきものだ。成功するには、目の前の戦術的な失敗だけではなく、長期の戦略的な失敗をも避ける必要がある。そのためにこれらの項目のクリアがマストだ。

ということをぜひ、パレスチナ自治区のガザ地区への地上侵攻を検討しているイスラエルに思い出していただきたい。イスラエルの自衛権は疑いようがない。ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスによる残酷なテロ攻撃で民間人も含めて1400人もの国民の命が奪われれば、黙っていられないことは誰もがわかる。テロリストの取り締まりはもちろんのこと、相応の報復攻撃も(感情的な「復讐」ではなく)再発を抑止するためなら国際法や規範の範囲内でなら容認される。

だから、僕は権利の話はしない。また、人権や道徳の話もしない。あくまで長期的な泥沼化を避けて、イスラエルの最終的な国益を守るためにこのチェックリストをお勧めしたいのだ。

では、パウエル・ドクトリンでガザの地上侵攻を検証してみよう。

もちろん、クリアしている項目はある。間違いなく(1)重要な国益はかかっているし、(6)イスラエル国民からの支持も硬い。これらの項目に〇をつけてもよさそう。

また、イスラエルの立場からみれば、建国からの75年間で様々な解決策を試しても一回も平和が訪れていない。2005年に軍や入植者をガザから撤退させ、自治権を認めたにもかかわらず、この15年間で5回もハマスと戦争をしている。つまり(4)軍事以外の手段は尽きたし、前から(3)リスクとコストも何度も分析しているのだ。(ぜひそのコスト試算を公表していただきたいが)とりあえず、そうした言い分が正当である可能性を認め、これらは△にしよう。

ソフトパワーを失うイスラエル

しかし、(2)明確かつ達成可能な目的はどう考えてもクリアし難い項目だ。ハマスの戦闘員は3万人弱。彼らはわかりやすく軍基地に集中しているわけではなく、普通の市街地で230万人以上の一般市民に紛れ込んでいる。掃討作戦と簡単にいってもそうとう難しいはずだ。

(5)出口作戦も(6)行動の結果も気になる。ハマスを完全に殲滅した場合、民間人が大勢亡くなり、インフラも破壊され、街も壊滅状態のガザを誰が統治するのか? 正当な軍事作戦だったとしてもそれで親、兄弟、子供を亡くした人の過激化を、新たなテロ組織の結成を、もっと強硬な自治政権の誕生をどうやって防ぐのか?

また、戦争の拡大を示唆しているイランの影響下にあるとされる組織がレバノンにもイエメンにもイラクにもいる。地域の安定をどう保障するのか? 出口の見えないトンネルはトンネルではない。(入口も塞がってしまいそうな)穴だ。

最後に(8)国際社会からの支持もテロ攻撃の直後はイスラエルへの応援で一致していたとはいえ、ガザの民間施設への攻撃、一般のパレスチナ人の死亡や負傷、難民の人道的な危機などの映像が広く報じられ続けると、あっという間にその支持が薄れていくだろう。ガザ自治区の人口の約43%が15歳未満の子供たち。彼らが巻き込まれる地上侵攻への国際的な反発も避けられない。

近年は文化、ポップカルチャー、価値観などの「イメージ」も国の実力とされるのだが、イスラエルがガザに対して武力というハードパワーを行使する分だけ、世界におけるイメージは悪化し、ソフトパワーを失うだろう。

まとめると、チェックリストの結果は〇=2,△=3、×=3。少なくともパウエルさんの考え方ではこのままでは行動の開始をお勧めできない。

僕はイスラエルの味方だ。だからこそ、パウエル・ドクトリンの遵守をお願いしたい。これもわが国の経験からのアドバイス。22年前にアメリカも残酷なテロ攻撃を受け、国民の当然の義憤と正当な大義名分で武力行使に走った。

だが、事前にチェックリストをクリアしないで余計な戦争まで起こしてしまった。その結果、8兆ドルもの富と、9.11同時テロで亡くなった倍以上のアメリカ人の命を費やすことになった。相手国の民間人の犠牲はその何十倍に上り、複数の過激派組織の誕生にも地域の不安定にもつながった。わが友よ、僕たちの失敗を繰り返さないでほしい。

追伸:こう願う一方、国民感情が高ぶっているときの冷静な判断の難しさもアメリカ人としてよく分かる。おそらくそれを一番痛感しているのは、パウエル・ドクトリンを守らず2つの戦争を起こした、当時のブッシュ政権の国務長官。ドクトリンを示したパウエル本人だ。

この記事の関連ニュース