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世界一幸福な国フィンランドは幼稚園から温暖化対策を学ぶ 環境・気候大臣が語る「教育と気候変動対策」

ニューズウィーク日本版 2023年10月25日 16時30分

<2035年までのカーボンニュートラルを目指す国は、教育カリキュラムに気候変動が組み込まれている>

「2035年までにカーボンニュートラル達成」を宣言しているフィンランド。これまで2回にわたり、国や自治体が展開している持続可能な生活のための取り組み、企業が気候変動解決に向けてイノベーションを起こしている様子を紹介した。とりわけ、フィンランドの企業の取り組みには目を見張るものがある。環境を重視した企業活動を深めていこうという心構えが浸透しているのは、なぜだろう。

環境省・環境保護課シニア環境アドバイザーのマグヌス・セーデルロフ氏は、企業が気候変動対策に真剣に取り組む理由として「発展性」と「充実感」の2つを挙げていた。「発展性」とは、企業が具体的な対策を進めると、EU内で事業展開するときのハードルが低くなるという意味。「充実感」は、すでに技術的な面の対策を進めてきた結果、企業間でウィンウィンの状態(互いに利益を得る関係)が生まれ、喜びを得られるということだ。

だが、単にメリットがあるから環境志向になっているとは思えない。フィンランドの国民性もかかわっているのではないか。この点について、カイ・ミュッカネン環境・気候大臣の意見を書面でうかがうことができたので紹介しよう。

「問題解決への参加」は、当たり前のこと

筆者は2つの質問をミュッカネン環境・気候大臣に投げかけた。
質問1:フィンランドで気候変動対策が成功している理由の1つは、フィンランド人が環境保護のために「個人の貢献が大事」というメンタリティを持っているからでしょうか。(下記、大臣の回答)

 
カイ・ミュッカネン環境・気候大臣 

「自然が常に身近にあったため、フィンランド人は自然との関わりが深いです。フィンランドはヨーロッパで最も森林の多い国であり、フィンランド人の5人に4人が自然はとても大切だと答えています。

しかし、さらに重要なことは、共通の利益のために問題解決に参加することがフィンランドの文化に深く根付いていることです。国民が積極的に参加することは、法案作成においても非常に大切です。国家気候法の改正の際には、政府に対し、2500人以上の人々が<完璧な気候法>とはどのようなものであるべきかについて述べました。

歴史を振り返れば、フィンランドは第2次世界大戦後、産業面、そしてエネルギーや暖房の分野でも再建を迫られました。フィンランドは世界で最も寒冷な国の1つです。こうした改革は、今でも、フィンランドの産業制度やエネルギー分野で行われています」

局所的ではなく、包括的なアプローチが大切

質問2:フィンランドから見て、他の国々は、特にどの分野の改革に力を入れるべきでしょうか。また、フィンランドの展望をお聞かせください。

「フィンランドの野心的な気候変動目標の基礎は、法律と研究です。目標を達成するためには、さらに多くのことが必要になります。

幼稚園から大学までのカリキュラムに気候教育が組み込まれているのは、国民一丸で変革に貢献するためです。フィンランドでは、様々な環境問題に立ち向かうために、常に、民間部門と公的部門が協力して法を策定し、解決策を見出してきました。現在の深刻な気候変動を緩和するには、やはり、利害関係者やセクターの垣根を越えて協力することが不可欠です。

気候変動を緩和するには、包括的な解決策を見出す必要があります。教育、技術、科学、新しいことへの挑戦は、そのカギとなり、野心的な政治目標設定によって、解決策の発見はより早く進むでしょう。フィンランドの展望は次のようになります。

・フィンランドは、気候変動への対応力を高めながら、クリーン・エネルギーのリーダーになることを約束します。国内ではクリーンな経済成長を創出し、技術を輸出して世界各地で汚染を生み出している施策に取って代わることを目指します。 ・今日私たちが直面している気候問題に、一国だけで取り組むことはできません。だからこそフィンランドは、迅速かつ実践的に、そして他国とともに環境問題の解決に取り組むのです。 ・地球規模の変化を実現するためには、ネットワークを構築し、パートナーを見つけ、世界とつながってシステム的アプローチを取り入れる必要があります。フィンランドはノウハウと教訓を共有し、未来を変えるために力を合わせられる地点に立っています。

授業でも授業以外の活動でも、環境を「自分ごと」として考える

ミュッカネン環境・気候大臣は、気候変動を抑えていくためには、学校教育でも気候教育が必要だと述べている。筆者はヘルシンキ市の公立学校を訪れ、気候教育が子どもたちの考え方にどう反映しているのかを垣間見ることができた。

今回訪れたラトカルタノ総合学校(小1~中3)は、生徒数約800名という規模。設立17年という比較的新しい学校だ。「自然との融合」が校舎のコンセプトで屋内は明るく、教室エリアにはハーブや花の名前が付けられていた。2棟の校舎が300メートルの距離にあり、ゆったりとしている。フィンランドのシンボルの樹である白樺のある校庭も広々として、遊んでいる子どもたちを眺めていると和やかな気分になった。学校に通うのが楽しくなりそうだ。

 
ヘルシンキ東部のラトカルタノ総合学校(小1~中3)。子ども自身がごみ分別やフードロスを推進したり、年間イベントとして環境保全の寄付金を集めるなど学校独自の環境活動も展開。(以下、すべて筆者撮影) 

基礎教育段階(1~9年生=小1~中3)の全国共通のコアカリキュラムには、1~6年生(小学生段階)に「環境」という科目があり、7、8、9年生(中学生段階)では各科目と環境とを関連付けることが決められている。

筆者は、8年生(中2)の地理の授業1時限を参観した。気候変動が引き起こしている現象(氷山の溶解、洪水、森林火災、サンゴ礁破壊、食料不足など)について、グループに分かれ、ウェブサイトの情報を探したりChat GPTを使って調べながらまとめるという課題だった。「情報の信頼性を常に吟味するように」という先生のアドバイスが印象的だった。次の授業で、グループごとに発表するとのことだった。

  

気候変動について、13~15歳の女子5人の意見を聞くこともできた。みな、気候変動のことは日常生活のなかで常に考えたり、友だち同士で話題にしたりしているという。具体的に取り組んでいるアクションについても聞かせてもらったが、そのうち、ファッションの消費について5人は次のような意見を話してくれた。

●ミン 
私の母は洋服を直してくれたり、ウォールポケットなどにアップサイクル(廃棄物や不要品を新しいものに作り変え、価値を高めること)してくれるので、それが私のスタイルになっている。

●エンミ 
衣類は最小限で、あまり買わない。必要なときだけ買うというポリシーをもっている。

●アヤ 
母の友だちは裁縫が得意。その人に頼んで、着なくなった衣類をアップサイクルしてもらっている。

●ラフ
ファッションが大好きなので、買い物はよくするほう。でも可愛いいデザインであっても、長く使えず、環境に悪いことが容易に想像できれば買わない。

●サンリ  
衣類はあまり買わない。値段が少し高めでも良い品質なら長持ちするので、そういうものを買う。例えば今日履いている靴は本革で、使えなくなるまで使うつもり。

10代はファッションへの関心が高まる時期だと思うが、温暖化に配慮した消費行動が身に付いているようで感心した。省エネや脱プラスチックの点でも、5人とも日常的に行動に移していると話してくれた。

模範的な実践をしている5人を集めたのかもしれないと一瞬思ったが、おそらく違う。同校はユネスコスクール加盟校(人権や民主主義を促進したり、異文化理解を進める)であり、ウェルビーイング(幸福な状態)について教えたり、2007年から子ども自身が校内で環境活動を推進していたりと、優れた教育を実践している。同校の子どもたちは授業で環境について学び、授業以外でも環境保護、そしてSDGsの達成につながる行動ができるように育っているのだと推測する。

学校を通して「環境を自分ごととして考える」ようになっていることが、社会に出て働いたときの「環境を重視した企業活動」へとつながっていくのだろう。この学校は一例に過ぎない。ミュッカネン環境・気候大臣が「国民一丸で、気候変動のための変革に貢献する」という学校教育の成果は、確実に表れているのだと思う。

今回のヘルシンキでの視察は、意義深い経験だった。

[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com


岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

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