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与党も野党も独裁者も人権派も......韓国の政治家は断食(と丸刈り)がお好き

ニューズウィーク日本版 2023年10月24日 14時0分

<韓国野党・共に民主党の李在明党首が尹錫悦政権に抗議して断食を行い、病院に搬送された。李の決死の行動が政治にほとんど影響を与えなかったのは、韓国政治であまりに頻繁に断食闘争が繰り広げられるからだ>

尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足して間もなく1年半。今の韓国政治の最大の焦点は、来年4月に行われる国会議員選挙に与野党のどちらが勝利するかである。与党が勝てば政権は安定、逆に野党が現在の多数を維持すれば、政権は一気に追い込まれる。

勝敗を分ける大きな焦点の1つが、野党・共に民主党の党首である李在明(イ・ジェミョン)をめぐる問題だ。不動産投資や北朝鮮への送金問題で捜査を受ける李は、尹政権が「民主主義を破壊している」と、抗議の断食闘争を行った。断食は24日間に及び、李は途中で病院に搬送されている。

しかし、李の断食闘争は韓国政治にほとんど影響を与えなかった。断食中の9月21日、国会で李に対する逮捕同意案が賛成多数で可決されている。圧倒的多数の議席を持つ野党議員の一部が断食中の李を裏切ったからである。では、それは「断食闘争」が批判を浴びたからかといえば、それも違う。各種世論調査会社による各政党の支持率に、大きな変化は見られない。李は6月の演説で「不逮捕特権を行使しない」と述べており、にもかかわらず逮捕同意案を国会で否決しようとしたことが「保身」と受け取られたからである。

大統領選に出た大物政治家が長期の断食闘争を行い、病院に搬送されても政治にほとんど影響を与えない──。この奇妙な現象の理由の1つは、韓国政治であまりに頻繁に断食闘争が繰り広げられることにある。

韓国政治における断食闘争の例は、1948年の大韓民国建国以前からいくつかある。しかし韓国現代史で最も有名な断食闘争は、民主化を求めて金泳三(キム・ヨンサム)が83 年に行ったものだろう。この闘争は世界的にも大きな注目を集め、結果、当時の野党政治家の多くが「事実上の政治活動の自由」を勝ち取った。

そしてこの後、韓国ではこれをまねる形で数多くの断食闘争が展開された。特徴は単にパフォーマンスとして短期間の断食をするだけでなく、とにかく病院に搬送されるまで「頑張る」ことである。例えば、90年には金大中(キム・デジュン)が当時の政府の改憲案に抗議して13日間の断食を行っている。

韓国国民はもはや断食闘争に飽きている

断食は、民主化を求める勢力のみによって行われるのではない。例えば金泳三の闘争の対象であった全斗煥(チョン・ドゥファン)は、逆に金泳三政権下に自らが収監されると、やはり断食闘争を行い病院に搬送されている。

断食闘争は近年さらに頻繁になっている。例えば、前大統領の文在寅(ムン・ジェイン)は野党議員時代の14年、セウォル号事件の責任追及を求めて断食を行い、逆に文政権期の19年には、保守野党代表の黄教安(ファン・ギョアン)が日本との秘密情報保護協定(GSOMIA)維持などを求めて断食している。その前年には、少数野党の正しい未来党党首だった孫鶴圭(ソン・ハッキュ)もまた、比例代表制実現を求めて断食を行った。

国会議員が政府に対して集団で抗議の断食を行った例もあれば、党内の候補者争いをめぐって断食が行われる例もある。福島第一原発の処理水排出問題でも、少数野党の正義党党首である李貞美(イ・ジョンミ)が21日間の抗議の断食を行っている。

韓国では、政治家の断食が一種の政治文化になり、それ故個々の行為が大きなメッセージ性を持たなくなっている。分かりやすく言えば、韓国国民は政治家による──それが命懸けのものであろうとなかろうと──断食闘争に飽きてしまっている。

金泳三が断食闘争をしたのは40年も前のこと。もう1つのお決まりである「丸刈り」と合わせ、そろそろ民主化闘争の時代につくられた古いパフォーマンスの形を変える時に来ているのではないだろうか。


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