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アメリカがウクライナを見捨てる日...米大統領選が戦争の結果に影響か?

ニューズウィーク日本版 2023年10月25日 14時30分

<「支援疲れ」が広がるなか、バイデンは大統領選をどう戦うべきか。政権が交代すればアメリカのウクライナ政策は180度変わる>

米大統領選の勝敗が外国で起きている問題で決まるということはめったにない。だが2024年大統領選の序盤において、ウクライナは争点となっている。

ジョー・バイデン大統領は、ウクライナ支援を「必要な限り」続けると述べている。ドナルド・トランプ前大統領は、再選されたらできるだけ早く「1日で」戦争を終結させると主張している。2大政党の外交政策の違いがこれほど際立つのは、イラク戦争が大きな争点となり最終的にジョージ・W・ブッシュが勝利した04年の大統領選以来、20年ぶりのことだ。

こうした意見の対立は、イラクとアフガニスタンから米軍を撤退させた後の時代に、アメリカは世界という舞台でどんな役割を果たすべきかという、米国内の幅広い議論を反映している。

バイデンに言わせれば、21世紀における大国同士のしのぎ合いで民主国家が専制国家に勝るには、アメリカの断固たるリーダーシップが必要で、それを証明しているのがウクライナ情勢だ。一方、トランプやフロリダ州のロン・デサンティス知事(いずれも共和党の大統領候補指名レースの有力候補だ)は「アメリカ・ファースト」的な孤立主義のほうを好み、他国の紛争へのアメリカの介入に厳しい制限を加えるべきだと呼びかける。

共和党の候補者の中には、マイク・ペンス前副大統領のように外交に関しては伝統的な保守派らしい考え方を信奉し、「自由世界」のリーダーとしてアメリカが積極行動主義的な役割を果たすべきだと考える人々もいる。だが、ウクライナ支援に反感を抱く共和党の草の根の支持者たちとの溝は広がるばかりだ。

ウクライナ問題が24年米大統領選の行方を左右しそうなのと同様に、米大統領選はウクライナにとっても戦争の結果を左右する要因になるかもしれない。NATOの対ウクライナ支援の方向性を決めるのも、西側諸国からの軍事支援の規模に影響を与えるのも米大統領選の勝者だからだ。また米大統領選の結果は、ウクライナ問題以外のアメリカの外交政策の方向性にも大きな影響を与える。

バイデンにとっては、外交で成果を上げたといえるかどうかはウクライナ次第という面がある。「バイデンとしてはウクライナを負けさせるわけにはいかない」と、かつて米国家安全保障会議(NSC)ロシア担当上級部長を務めたトーマス・グレアムは本誌に語った。「これが民主主義と専制主義の戦いなら、専制主義者を勝たせるわけにはいかない」

ロシアによる攻撃が続くウクライナ第2の都市ハルキウ MARCUS YAMーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

この大統領選で特定の結果を願っているのは、バイデンやウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領だけではない。欧州の指導者たちも選挙戦を注視している。アメリカはバイデンの下で自分たちのパートナーであり続けるのか、それともトランプか似たような考え方の共和党候補の下で敵とも味方ともつかない国になるのか──。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が誰を応援しているかは言うまでもない。

バイデンの世界観は古い?

バイデンにとって、ウクライナ戦争は長引くという見通しは政治的に厄介な問題だ。彼が指揮しているのは西側とロシアの代理戦争だが、数多くの命と多額の戦費を費やしても、戦いに終わりは見えない。

米軍の派兵やロシア政府との対立激化の引き金を引くことなくウクライナの主権を守り、プーチンを地政学的に打倒するというのがウクライナ問題におけるバイデンの長期的戦略だ。しかし戦争の長期化により、再選しない限り実現は不可能だ。

アメリカ国民は基本的にはウクライナを支持している。だがアメリカがまたも外国の紛争に、間接的とはいえ長期間巻き込まれ、税金を使うことには懸念を持っている。バイデンにとっては、こうした外交政策が選挙戦で裏目に出る可能性もある。

「バイデンはこれまで一貫して国際主義者だった」と、ハーバード大学ケネディ行政大学院のトーマス・パターソン教授は言う。バイデンは「伝統的な同盟関係と、『自由世界』の盟主としての義務を果たすこと」の信奉者だという。「1950年代初頭なら(バイデンの世界観は)幅広い支持を集めただろう。今はそれがどれほどの意味を持つか疑問だ」

だが政権内外でバイデンを支える人々は、彼の皮算用をこう分析する。ウクライナに関わる出費はアメリカがアフガニスタン戦争に費やした2兆ドル超と比べればささやかな額であり、アメリカ国民の生命を危険にさらすことなくロシアを弱体化させ世界ののけ者にすることができるなら安い買い物だ──。

「専制主義と対峙する民主主義国家を支援する際のアメリカの利益について語るバイデンの言葉は、決して空虚な理想主義ではない。1945年からアメリカが掲げてきた抜け目ない戦略の一環だ」と、駐ポーランド米大使を務めたダニエル・フリードは言う。「ウクライナ支援のための出費は、非常にいい投資だ」

だが有権者の同意が得られるかどうかは分からないし、バイデンのアプローチが将来の米外交のモデルとなり得るのかどうかも不明だ。

米議会で支援継続を訴えるゼレンスキー(昨年12月) ANNA MONEYMAKER/GETTY IMAGES

「同盟相手のウクライナの人々は、イラクやアフガニスタン、シリアやリビアにはいなかったタイプだ」と、元駐ウクライナ米大使のジョン・ハーブストは言う。「(身の安全のため)避難しようとわれわれが提案したら、ゼレンスキーは『武器をくれ』と言った。だがタリバンによるカブール制圧が迫ったとき、(当時のアフガニスタンの)アシュラフ・ガニ大統領は逃げ出した」

自力で戦い続けるというウクライナの覚悟が、この戦争をブッシュ時代の中東における「永久戦争」と比較しにくくしていると、ハーブストらは指摘する。イラクとアフガニスタンではアメリカとそのパートナーが初期の戦闘のほとんどを行い、その後、現地の治安部隊に従来型の常備軍を持たない反乱勢力と戦う訓練を実施した。

一方、ウクライナの戦闘部隊は非常に士気が高く、開戦当初に大部分を占めていた旧ソ連時代の兵器に外国製の最先端兵器をうまく統合した。そうした要因が、ウクライナの場合は国際社会から多額の援助が寄せられたこともあって、ヨーロッパにおける第2次大戦以来最大の地上戦で核超大国の本格的侵攻から国を守ることを可能にしている。

ウクライナ戦争は「自力で戦う覚悟の国を支援すれば最後には勝てる」というメッセージだと、フリードは言う。最終的にウクライナが勝てばバイデンの戦略の正しさが証明されるだろう。戦争が終結したとき「ウクライナが自由で安全なら、ロシア帝国再興というプーチンの夢は破れるだろう。それはアメリカにとって大成功だ」と、フリードは言う。

だが、ウクライナの勝利は確実ではない。トランプと他の共和党予備選候補が何をもってウクライナの成功とするかも同じくらい不透明だ。

トランプやデサンティスの孤立主義的傾向は、共和党支持者に受けがいいようだ。国民はバイデン政権のウクライナ政策をおおむね支持しており、今年6月のギャラップの調査では62%が引き続き「ウクライナの領土奪回」を支持すると回答した。だが共和党支持者では、49%が「速やかな紛争終結」を望むと答えた。

この調査結果は、保守派陣営で外交政策をめぐる亀裂が拡大していることを浮き彫りにしている。ブッシュが始めた戦争を共和党員の大多数が支持していた頃には想像できなかった状況だ。「トランプは共和党を大きく変えている」と、パターソンは言う。

前回大統領選でのバイデンとトランプの討論会(2020年10月) JIM BOURGーPOOLーREUTERS

トランプは7月のFOXビジネスのインタビューでウクライナ問題について発言。「私ならゼレンスキーに『もう援助しない、取引しろ』と言い、プーチンには『取引しないとゼレンスキーに多くを与える』と言う。1日で取引成立だ」と明言した。

しかしトランプは具体的なことは語らず、デサンティスの考えはそれ以上に不明だ。今年3月、FOXニュースのタッカー・カールソンが共和党の大統領選の候補者らに送った質問状へのデサンティスの回答は、ウクライナ戦争に総じて無関心であることをうかがわせた。

カールソンは各候補の回答をツイッター(現X)に投稿。デサンティスはウクライナとロシアの領土争いへの関与を深めることはアメリカの大きな国益にはならないと回答していた(彼は10日後に発言を修正。「ロシアが侵攻したのは明白であり、誤りだ」とし、プーチンを「戦犯」と呼んだ)。

共和党は「トランプ一強」状態

共和党の極右議員も、アメリカがウクライナ問題に関与することをますます公然と軽視するようになっている。下院では7月、共和党議員89人がウクライナへの軍事支援を3億ドル削減する予算修正案に賛成票を投じた。それとは別に、今後ウクライナに対する全ての軍事援助を停止する案には共和党議員70人が賛成票を投じた(いずれも成立せず)。

多くの共和党支持者も、アメリカの対ウクライナ支援は過大だと考えている。ピュー・リサーチセンターの6月の調査では、「過大」と回答した人は共和党支持者と共和党寄りの無党派層では1年前の12%から44%に上昇。一方、民主党支持者と民主党寄りの層ではわずか14%だった。

共和党の孤立主義勢力がアメリカの対ウクライナ援助の削減、ひいては停止への意欲を募らせている状況は、共和党がロシアのウクライナ侵攻に対するバイデンの「弱腰」を非難してきたことと矛盾している。

昨年2月にロシアが侵攻を開始して以来、バイデン政権はウクライナ政府に430億ドルの軍事支援を実施、ウクライナはHIMARS(ハイマース)やパトリオットミサイルなど、より高性能な兵器システムを手にしてきた。ただし、それは何カ月も議論を重ねた末、時にはヨーロッパの同盟国から説得された末だった。

「アメリカは他のNATO加盟国と同じく、ウクライナの主権と領土保全の全面回復を目指しているとバイデン政権は主張する」と、トランプ前大統領の補佐官(国家安全保障担当)を務めたジョン・ボルトンは言う。「問題は、そのために何を提供するかだ」

旧ソ連製ロケット砲から弾薬を降ろすウクライナ兵 LAUREL CHORーSOPA IMAGESーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

今回の戦争へのバイデンの対応は支援継続に対する「議会超党派の支持を台無しにしている」と、共和党のマイケル・マコール下院外交委員長は言う。「極めて重要な兵器システムの提供の遅さは紛争を長引かせるばかりか、中国共産党のような敵に弱さを示してもいる」

共和党主流派の候補者であるペンス、ニッキ・ヘイリー元米国連大使、ティム・スコット上院議員、クリス・クリスティー前ニュージャージー州知事という穏健派4人も、欧米の強固なウクライナ支援の継続を求めてきた。だが支持率は全員1桁で低迷し、大半の調査で4人合わせて15%未満だった。対するトランプは、ほとんどの調査で支持率50%超とトップ。彼以外で常に10%を超えている候補はデサンティスだけだ。

問われる戦闘継続の条件

今のところ、来年の大統領選で政権交代が実現すれば、ホワイトハウスの次の主人はウクライナ問題に関してバイデンと異なった、そして米主流派とは懸け離れた意見の持ち主になる可能性が高い。

だがトランプの返り咲きは早期の戦争終結を意味するとは限らないと指摘するのは、トランプ前政権でNSCのウクライナ担当を務め、いわゆる「ウクライナ疑惑」をめぐってトランプの1度目の弾劾訴追につながる証言をしたアレクサンダー・ビンドマン元米陸軍中佐だ。

「ウクライナは、力が続く限り戦闘を続けるしかない」と、ビンドマンは本誌に語った。「アメリカが孤立主義に転換し、ウクライナにもう1ドルの支援も行わないとしても」その点は変わらないはずだという。

25年以降もウクライナが国を守る戦いを継続するには、これまでと同じレベルの支援を、別の形で獲得することが必要になるかもしれない。

専門家らが言うとおり、政権を率いるのがトランプなら、バイデンのように国際的なウクライナ支援体制をまとめ上げるとは思えない。だが米戦略国際問題研究所の客員研究員で、欧州政策に詳しいマチュー・ドゥロワンに言わせれば、「アメリカ・ファースト」によって欧米関係が冷え込んだ場合、ウクライナの近隣国が役割を拡大する可能性がある。

「アメリカが支援をやめたら、欧州各国に穴埋めができるかどうかはまだ分からない。しかし、少なくともそうしようとする動機はある」

対ロシア戦が時間との闘いになり始めるなか、人口規模がより小さいウクライナには今すぐ追加の軍事支援が必要だと語るゲラシュチェンコ METIN AKTASーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

ウクライナが戦闘で決定的勝利を挙げ、ロシアに有利な長期の消耗戦に引きずり込まれる事態を回避するには、追加の軍事支援に踏み出してくれる相手が必要だ──ウクライナ内務省顧問のアントン・ゲラシュチェンコは、そう本誌に語った。

「時間が私たちの敵になりつつある。ロシアの人口はウクライナの3.5倍だ。私たちには、いつまでも戦い続けるだけの人員がいない」

死傷率がより高くても、ロシアはウクライナに比べて容易に持ちこたえられるし、プーチンが出口を探している兆候はまだない。ロシア専門家で米海軍大学院助教のアレクサンダル・マトフスキは、個人的見解だと断った上でそう指摘する。「ロシアとロシア国民にどれほど打撃を与えようと、プーチンは物理的限界まで粘る道を選ぶかもしれない」

さらにロシアの兵力は比較的高齢で、多くの場合は経済・社会的に恵まれない層からの動員兵だと、ゲラシュチェンコは語る。一方、ウクライナでは文化的エリート層や高学歴の中間層の多くが志願兵になり、空洞化が進んでいる。これはウクライナにとって過酷なツケだという。

「私たちには、はるかに大規模な物量の武器が必要だ。それも、最も熟練した兵士の少なくとも一部がまだ戦場にいる間に。これから10年間、あるいはそれ以上にわたって援助を求め続けずに済むために、即時の支援増大を必要としている」

侵攻当初から、ウクライナの運命はウクライナが決めるべきだと、バイデン政権は主張してきた。こうした姿勢が大統領選で勝利をもたらすと、民主党関係者は確信している。彼らが指摘するように、現職大統領としての職務能力への支持率は低いものの、世論調査ではバイデンとトランプは互角。加えて、米国民の大半が、アメリカはウクライナへの支援を継続すべきだと(少なくとも今のところは)考えている。

高齢バイデンの意外な強み

有権者はウクライナ問題や外交政策を「人格検査」と位置付けるはずであり、トランプ相手の戦いならそれがバイデンに幸いするのではないか。そうみるのは、20年大統領選でバイデン陣営に参加した民主党の世論調査担当者セリンダ・レイクだ。

「安定したリーダーシップと、混乱したリーダーシップの違いがはっきり表れる」と、レイクは本誌に語った。「(ウクライナでの戦争は、80代に入ったバイデンが)力を示し、年齢を長所にする機会にもなっている。外交政策は、明らかに年齢が経験と同義の分野だから」

政策的観点から見れば、バイデンの戦略は既に効果を上げていると話すのは、カーネギー国際平和財団のロシア問題専門家で、元NSC顧問のアンドルー・ワイスだ。「何もかもが、プーチンが(侵攻当初に)ロシアにとって戦略的に重要と判断したものと正反対になりつつある」

「ロシアと隣り合うウクライナは今や重武装化され、欧米と緊密な関係にあり、軍事的・経済的支援を要求できるようになっている」

ロシアの将来的な侵略から身を守るため、ウクライナには具体的な安全保障、つまりNATOやEUへの加盟が不可欠だと、ゼレンスキーは主張している。それが実現するか、答えを出すのは時期尚早だ。

バイデンは7月のNATO首脳会議の後、戦争が続く間はウクライナのNATO加盟の可能性はないと発言した。ただし、バイデンはウクライナ政府をなだめるためか、ロシアが「永遠に戦争を維持する」ことは不可能だろうとの見方も示している。

バイデンが米大統領として和平プロセスを導くには、再選を決めるのが最も確実な道だ。既にウクライナに投じた資源の規模を考えれば、このまま進む以外に選択肢はほぼないと、元NSCロシア担当上級部長のグレアムは語る。今さらバイデンが後戻りすることはあり得ない、と。

ダニエル・ブッシュ(本誌ホワイトハウス担当記者)、マイケル・ワシウラ(在ウクライナ本誌記者)

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