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環境問題「光害」に対処し、アジア初カテゴリーの星空保護区に。福井県大野市はいかに認定を勝ち取ったか

ニューズウィーク日本版 2023年10月26日 19時15分

<地球が抱える課題は温暖化や大気汚染、水質汚濁だけではない。照明器具がもたらす「光害」への対策が関心を集めるなか、「日本一美しい星空」に選ばれ、今年8月には米NPOから「星空保護区」に認定された自治体の取り組みに迫る>

近年、美しい星空を観光資源として活用する自治体が増えている。その一例が、面積の約9割を森林が占める自然あふれるまち、福井県大野市だ。2004年、2005年には2年連続で環境省「日本一美しい星空」に選ばれ、天候などの条件が良いときは市街地付近からでも肉眼で天の川を見ることができるという。

今年8月、福井県大野市の東部にある南六呂師エリアが星空の世界遺産と呼ばれる「星空保護区」に認定された。

星空保護区とは、米NPOのダークスカイ・インターナショナルが実施する暗く美しい夜空を保護・保存するための優れた取り組みを称える制度。6つのカテゴリーがあり、国内では岡山県井原市美星町が「ダークスカイ・コミュニティ」、西表島石垣国立公園と東京都神津島村が「ダークスカイ・パーク」にそれぞれ認定されている。

福井県大野市南六呂師は「アーバン・ナイトスカイプレイス」として、アジア初の認定を受けた。地理的に近隣の明るい都市の影響を受けるためほかのカテゴリーで認定は受けられないが、一方で市街地に近いことから人を呼び込みやすく、地域における星空保護活動の普及を促すことが目的とされている。

全ての屋外照明を改修、住民の理解を得てつかんだ「星空保護区」認定

星空保護区の認定に必要なのは星空の美しさだけではない。光害(ひかりがい)に配慮した厳格な基準を満たす屋外照明や、地域の教育啓発活動などが求められる。

耳慣れない人もいるかもしれないが、光害とは、照明の設置方法や配光が不適切で、景観や周辺環境への配慮が不十分なために起こる公害のこと。光害を放っておくと、電力の浪費や農作物の生育不良を引き起こすほか、野生動物の発育・習性に悪影響を与えるなど、生態系に被害を及ぼす危険がある。

また、夜間照明の眩しさが交通事故を誘発したり、天体観測などの研究活動が阻害されたりと、人間の活動に対する影響も少なくない。

大野市は光害に対応するため、2018年から福井工業大学、2019年にはパナソニックとも連携を開始。大野市が所有する施設の屋外照明改修計画書の作成にあたった福井工業大学の下川勇教授は当時をこう振り返る。

「エリア内の公共施設にある全ての照明器具を検査したところ、基準をクリアできる照明は1つもなかった。正直なところ、2023年度以内に星空保護区の認定を受ける目標はとても達成できないと思った」

光害対策型の道路灯(左)と防犯灯(右)。2021年に星空保護区に認定された岡山県井原市からの協力依頼に端を発してパナソニックが開発した

光害に対応した照明の改修を担当したのは電機メーカー大手のパナソニックだ。星空保護区認定を受ける照明の条件は、照明器具から上空へ漏れる光(上方光束)が一切なく、光の色合いを示す色温度は3000K以下、温かみのある色であること。

照明器具のリーディングカンパニーであるパナソニックは、2020年1月に国内メーカーとして初めてダークスカイ認証を取得しており、エリア内に防犯灯58台、道路灯36台、その他光害対策照明器具を約260台設置した。

全ての照明を点検・施工するには多大な時間と労力、費用を要したが、地元の電気業者の協力を得て、一つひとつ進めていったという。他方で、住民の理解を得る必要性にも迫られていた。

「星空を守るには、照明を暗くしなければならない。しかし、照明には夜間における市民の安全や犯罪防止を図る目的もある。このギャップに苦しんだ。施設の運営者や管理者と密なコミュニケーションを取りながら説明をして、生活空間の明るさを保ちながら、見回りなどのソフト面で子どもたちの安全性を担保する努力をお願いした」と下川教授は言う。

住宅前、道路に設置された防犯灯。上方への光の漏れを抑制し、優しい明るさでまちを照らす

自然・文化的な遺産は、実は認定よりも維持していくことが非常に大変だ。「行政だけでなく地域住民が星空保護に関わり、観光客が増えても対応できる組織をつくること。それが星空だけでなく、生態系や地球全体を守っていくことにつながる」と下川教授は話す。

世界に誇る星空を持続可能な地域経済の活性化につなげる

2024年3月に北陸新幹線の福井~敦賀間開業、2026年春には中部縦貫自動車道の県内全線開通が予定され、新たな高速交通ネットワークの形成が進む福井県。石山志保・大野市長は「星空をはじめとする観光資源を活かして地域経済の活性化につなげていきたい」と展望を語る。

「福井工業大学、パナソニックとの縁や、学校関係者・星空観測団体などの協力がなければここまで来られなかった。地元民にとって星空がきれいなのは日常のことで、その素晴らしさになかなか気付かない。星空保護区申請への取り組みを通じて、大野市の星空は世界に誇っていいんだと再認識できた」

持続的な地域の発展と「星空」という観光資源の活用について語る福井県大野市の石山市長 Photo: Rie Sakai

大野市では、ハンモックに揺られながら星空とオリジナルブレンドコーヒーを楽しむ「星空ハンモック」などのイベントを開催し、新たな星空の楽しみ方を提案。今後は星空と人が共生し、持続的に発展する地域を目指して、夜空の明るさのフォローアップ調査や学校・地域への啓発活動、他県の3つの星空保護区認定地域と連携したPR活動にも励んでいく。

息をのむような満天の星は、暗い夜空が保たれていなくては望めない。日本一にも輝いた大野市の美しい星空は、産学官民が一体となり、多くの人々の理解と努力によって支えられている。

酒井理恵

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