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「とりあえず来ないでほしいのだが...」検問所を閉鎖するエジプトの「本音」と「建前」の中身とは?

ニューズウィーク日本版 2023年10月27日 17時25分

<公には「全てのアラブ人の大義」と言いつつ、シナイ半島への避難民の流入を避けたがる理由について>

イスラム組織ハマスの奇襲攻撃で大きな人的被害を受けたイスラエルは、今度こそこの「テロ組織」を完全につぶそうと、ハマスが実効支配するガザ地区に空爆を繰り返してきた。

さらにガザへの地上侵攻に踏み切るため10月12日には同地区北部のパレスチナ人住民約110万人を24時間以内に南部に退避させるよう国連に通告。

表向きは住民の安全のためだが、実のところはガザの人口のおよそ半分を長年暮らしてきた土地から追い出す行為にほかならない。ガザ住民の大脱出に備えガザとエジプトの境界にあるラファ検問所にはエジプトの治安部隊が結集していると、地元メディアが伝えた。

イスラエルとアメリカはガザと隣接するシナイ半島にガザからの避難民を一時的に受け入れるようエジプトに圧力をかけたが、エジプトはこれに抵抗し続けてきた。人口約200万人のガザ住民がどっとシナイ半島になだれ込む事態を恐れているからでもあるが、それだけではない。

シナイ半島には以前からイスラム過激派の諸勢力が潜み、エジプトは反乱の鎮圧に手を焼いてきた。避難民に紛れて侵入したハマスの残党がシナイ半島を拠点にイスラエルを攻撃するか、攻撃計画を練るだけでも、イスラエルがそれを口実にエジプトの領土であるシナイ半島で軍事作戦を展開する危険性がある。

エジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領は18日、ガザ住民のシナイ半島への強制移送は許容できないと明言。移送を断行すればシナイ半島が過激なイスラム組織の拠点になると警告し、戦闘終結までガザ住民をイスラエル南部のネゲブ砂漠に避難させる手もあると述べた。

避難民の自国永住を恐れる

一方でエジプトは同日、アメリカの要請に応じ、ガザに人道支援物資を搬入するためラファ検問所の閉鎖解除に同意した。イスラエル国外に通じる唯一の検問所であるラファが開通すれば、ガザ在住の外国人と二重国籍を持つパレスチナ人はイスラエル出国を許可される見通しだ。

ハマスがガザを実効支配してからの16年間、イスラエルはガザへの人と物の出入りを徹底的に制限し、ガザを「天井のない監獄」と呼ばれる状態にしてきた。エジプトもこれに協力してラファの往来を制限した。

今回のハマスの攻撃後、イスラエルはガザ封鎖をさらに徹底し、電気や食料、水の供給も遮断。ヨルダン、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)などアラブ諸国がガザ住民の苦境を見かねて人道支援を呼びかけ、ラファ検問所前には物資を満載したトラックが約100台も集結した。

だがエジプトはイスラエルの空爆が続いていることを理由にトラックの通行を許可せず、イスラエルはハマスが人質を解放しない限り空爆停止には応じられないと主張。ガザの人道危機は悪化の一途をたどった。

シナイ半島は1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領されたが、キャンプデービッド合意に基づき82年にエジプトに返還された。

長年エジプトを支配し、「アラブの春」で失脚したホスニ・ムバラク大統領は83年にマーガレット・サッチャー英首相(当時)と密約を交わし、レバノンにいるパレスチナ難民のシナイ半島移住を認めたとメディアが伝えたが、本人は生前この報道を否定。失脚直前の2010年にもイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相からシナイ半島にパレスチナ国家をつくる構想を提案されたが、これも拒否したと主張した。

エジプトでは今、イスラエルが地上侵攻を開始すればガザ住民がこの半島に大量に押し寄せるとの懸念が広がっている。イスラエル駐在のエジプト大使アミラ・オロンは10月11日、「シナイ半島はエジプトの領土だ」とX(旧ツイッター)に投稿。イスラエル軍の作戦のためにこの半島を避難区域にするようなことは許さないとの意思を示した。

しかし、シナイ半島はガザ住民の一時的な避難区域どころか、恒久的な住みかとなる可能性もある。実際、過去のイスラエルとパレスチナの紛争で近隣のアラブ諸国に逃れたパレスチナ人の多くはその後も故郷に帰れなかった。

イスラエルが建国した48年の第1次中東戦争で家を追われたパレスチナ難民の子孫には、今でも近隣諸国の難民キャンプで暮らしている人が少なくない。49~67年の大半の時期エジプトの支配下にあったガザの住民もまた、その多くは48年に発生した難民の子孫だ。

エジプトの「調停力」の重要性

シシ大統領はパレスチナの大義は「全てのアラブ人の大義」だと言い、「パレスチナ人が自分たちの土地に存在し続けることが重要だ」と主張している。要は「エジプトに来ないでくれ」と言いたいのだが、これはエジプトの宗教組織や多くの国民の本音でもある。

それでも最近、北シナイ県の知事が県内の市町村に「必要な場合、避難所として使える学校、集合住宅、空き地などのリスト」を作成するよう命じた。

この動きを見る限り、エジプトも一定数の避難民を受け入れるようだ。ただし、ガザ住民用の避難所は強制収容所並みに移動の自由が制限されるとの見方もある。シナイ半島北部で10年以上も過激派組織「イスラム国」(IS)系列の武装勢力と戦ってきたエジプト軍は、過激な分子の侵入を極度に警戒しているからだと、アナリストらは指摘する。

今年12月に大統領選を控えるシシにとって、難民の大量流入阻止は譲れない一線だ。当局の発表によれば、エジプトは既にスーダン難民30万人を受け入れている。これ以上難民が流入すれば、治安上のリスクに加え、国家財政がパンクしかねない。

ロシアのウクライナ侵攻のあおりでエジプトは目下、経済危機にあえいでいる。通貨の対ドル相場は大幅に下落、物価が高騰し、今年8月には40%近いインフレ率を記録した。

エジプトはもともと、中東においてはイスラエルとアラブ諸国の仲介でその国力以上に大きな役割を果たしてきた。経済が悪化した今も、イスラエルとハマスの戦闘開始でエジプトの「調停力」の重要性は一層高まっている。

イスラエルを支援しつつ、ガザ住民の安全を保障するためにアメリカはエジプトの協力を必要としている。この国が抱える人権問題に目をつぶってでも、今は関係強化を優先すべきだ。

From Foreign Policy Magazine

ラファ検問所

Gaza-Egypt border : What is the Rafah crossing ? • FRANCE 24 English

    

ノズモット・グバダモシ(ジャーナリスト)

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