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日本の文系大学院卒の就職率が学部卒より低いのはなぜか?

ニューズウィーク日本版 2023年11月1日 11時30分

<特に女子学生では、院卒で就職率が上がるのは理学系だけしかない>

大学の上には大学院がある。「学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与すること」を目的とする機関だ(学校教育法99条)。

以前は研究者の養成に重きが置かれていたが、今ではそれ以外の高度職業人を輩出する機能も期待されている。学部卒業後に大学院に進む学生も増えている。だが専攻によって大学院進学率は異なり、2022年春の学部卒業生の大学院進学率を見ると、理学は43%、工学は38%であるのに対し、人文科学は5%、社会科学は3%でしかない(文科省『学校基本調査』)。

これは問題だと今年5~7月に文科省が実施した調査によれば、大学院進学を希望しない文系学生の半分近くが、その理由として「卒業後の就職が心配」と答えたという。文系の院に進むと就職がなくなるとは、よく聞く話だ。それは就職率にはっきりと出ている。<表1>は、無期雇用への就職率を専攻別に計算したものだ。就職の意思がない進学者等は、分母から除いている。

一番下を見ると、就職率は学部卒では83%だが修士卒では81%と微減する。専攻別に見ると、理系は大学院に行くと就職率が上がるが、文系はその逆だ。人文科学は32ポイント、社会科学は24ポイントも就職率が下がる。

素朴な人的資本論に従えば、学部卒より院卒の方が生産性に優れているので重宝されるはずだが、現実はそうなっていない。実のところ、企業は専門性などあまり重視していないのかもしれない。採用面接で何を学んだかなどあまり聞かれないし、先方が知りたいのは性格にクセがないか、言われたことを従順にやってくれるか、これに尽きる。欲しいのは学力や能力ではなく、従順な労働力であると。

ちなみに大学院に進むことで就職率がどう変わるかは、男女でかなり異なる。横軸に学部卒、縦軸に大学院修士卒の就職率をとった座標上に、各専攻のドットを配置すると<図1>のようになる。青色は男子、赤色は女子のドットだ。

斜線は均等線で、この線より上にある場合、学部卒より院卒の就職率が高いことになる。<図1>を見ると、斜線より上にあるのは男子の5専攻と女子の1専攻だけだ。女子の場合、院卒の就職率が学部卒を上回るのは理学しかない。

それ以外は斜線より下で、女子の人文科学と社会科学は隔たりが大きい(緑枠)。女子にあっては、この2専攻の大学院に進むと就職率が大きく下がる。人文科学は81%から45%、社会科学は86%から52%という具合だ。「学のある女は要らぬ」ということなのか、この性差も看過できない。

大学院では、きちんと資料やデータを収集して問題を深く探究する能力が身につく。それは文理を問わない。社会が大きく変わる中(AIの台頭など)、新たな法制や倫理を打ち立てる必要に迫られているが、文系専攻者のこうした能力は大いに役に立つ。企業の側はもっと目を向けるべきだ。大学院の側も、教育内容や得られる能力に関する情報発信を分かりやすい形で行わなければならない。両者の歩み寄り、すなわち産学連携が求められるゆえんだ。

<資料:文科省『学校基本調査』(2022年度)>

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舞田敏彦(教育社会学者)

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