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NZ右派政権の誕生へ:対中外交の舞台裏と「疑惑」の新局面

ニューズウィーク日本版 2023年11月2日 15時56分

<与党・労働党が大敗を喫した結果、右派政党による連立政権誕生が濃厚となったが、中国への姿勢は驚くほどべったりだ>

ニュージーランドが近年、世界の脚光を浴びてきた大きな理由は、若くて進歩主義的なジャシンダ・アーダーン前首相のおかげだ。

2019年に南部の中心都市クライストチャーチのモスク(イスラム礼拝所)で銃乱射事件が起きたとき、アーダーンが示した深い思いやりや、コロナ禍の初期に取った断固たる措置は、傍若無人なドナルド・トランプ米大統領(当時)に辟易していた世界の左派を大いに喜ばせた。

だが、アーダーンは意外に右寄りなところがあった。とりわけそれが感じられたのは、中国との戦略的な競争関係と、英語圏5カ国の情報共有体制「ファイブアイズ」への参加姿勢だった。

そのアーダーンが国内政治に「疲れた」として辞任を表明したのは今年1月のこと。そしてこの10月に行われた総選挙で、アーダーンが属する与党・労働党は大敗を喫し、第1党に躍り出た国民党が右派連立政権を樹立する可能性が濃厚となっている。

これでニュージーランドは、タカ派的な外交政策を取るようになり、ファイブアイズとの協力も一層拡大すると期待するのは、まだ早い。なにしろ国民党は中国寄りで、ファイブアイズの他の構成国(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア)の保守派とは一線を画しているのだ。

国民党の重鎮であるジェリー・ブラウンリー元外相は、今回の選挙戦で、ニュージーランドは中国との貿易を守るべきだと訴えた。クリストファー・ラクソン党首も、中国の広域経済圏構想「一帯一路」関連の投資を「絶対的に」歓迎すると主張した。

10月14日の選挙では、左派でも緑の党やマオリ党、そしてアーダーン政権で外相を務めたウィンストン・ピーターズ率いるニュージーランド・ファースト党が議席を増やしたため、最終的に右派と左派は一定の均衡を保ちそうだ。

ただ、アメリカなどにとって懸念は残る。国民党は、中国に対抗することを念頭に置いた米英とオーストラリアの安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」に、ニュージーランドが参加することにも、消極的な姿勢を示してきたからだ。

「ウイグル弾圧」を支持

ファイブアイズのパートナー諸国は、次期首相となるラクソンが、誰を外相に任命するかに注目している。もしブラウンリーを起用すれば、ニュージーランドはますます中国寄りになる可能性が高い。なにしろブラウンリーは、中国政府の新疆ウイグル自治区における政策を支持するという、欧米諸国ではあり得ない姿勢を示しているのだ。

国民党が前回08~17年に政権を握っていたとき、オーストラリアやイギリスの外交官らは、ニュージーランドのせいでファイブアイズは「5つの目」ではなく「4つの目と1つのウインク」になった(脅威を監視する体制が甘くなった)と皮肉ったものだ。

さらに当時のジョン・キー首相は08年、西側諸国として初めて中国と自由貿易協定を結び、中国との貿易拡大を訴えた。現在は企業役員を務めるキーは、首相時代も今も、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席とも定期的に会合を持つ間柄だ。

そんなキーの事実上の後継者であるラクソンは、前ニュージーランド航空CEOで、世界的な食品・日用品大手ユニリーバの経営幹部も務めていたせいか、対中国の安全保障協力よりも、中国との貿易拡大を重視している。

アーダーンも17年に首相に就任した際は、中国が10年以上にわたる最大の貿易相手国であることを理由に、トランプが牽引する反中姿勢にくみすることに慎重だった。

しかし、ニュージーランドの公安当局が地方政治への中国の干渉に目を光らせ、国の防衛戦略が中国をパートナーではなく脅威と見なすようになると、アーダーンの対中方針はより強硬なものとなった。

アーダーン政権の初代外相であるピーターズは、18年に国の太平洋政策「パシフィック・リセット」を打ち立て、同地域への支援を強化した。この政策は、中国の札束外交に対抗することが目的だったとみられている。

ブラウンリーは10月、国民党政権下では対中貿易に再び焦点が当てられるとの見方を示した。「過去15年間で、中国は実質的にわが国の主要貿易相手国になった。経済的な見地から、われわれはそれを危険にさらす立場にない」

癒着疑惑の中国系議員

ブラウンリーは、国連が昨年、中国によるウイグル弾圧を非難する報告書を発表したことを受けて、中国の活動を擁護さえした。

報告書について彼は、「私の心を最も打ったのは、中国政府の活動の一部が新疆ウイグル自治区でのテロ活動を防止する目的だったと認識されたことだ」と述べ、中国政府の対テロ活動の背後にある意図は「ニュージーランドの法律の意図と大きく変わらない」と明言した。

ニュージーランドの対中姿勢は隣国のオーストラリアと比べ、国の規模が小さく中国が関係を断ちやすいことから、常により穏健だ。中国にとってニュージーランドの乳製品と食肉は他国からの輸入で代替が可能だが、オーストラリアの鉄鉱石はそうはいかない。

しかし、国民党の中国との癒着に対する疑念は、元国会議員のジャン・ヤンの問題が明るみに出て以来、強まっている。

11~20年まで議員を務めたヤンは、外交、国防、貿易の特別委員会の委員を務めていた。17年に地元メディアのニュースルームとフィナンシャル・タイムズ紙が共同で行った調査報道によると、中国生まれのヤンはニュージーランドに移住する前に15年間、中国軍の情報機関で働いていたという。

ヤンは、ブラウンリーと国民党党首だったサイモン・ブリッジスと、中国公安省の郭声琨(クオ・ションクン)元省長との北京での会合を手配したこともある。彼はニュージーランドの外務当局者に会合の計画を知らせず、関与もさせなかった。そして、自身に対する当局の調査結果が出る前に、20年に政界から引退した。

国民党はヤンに対する調査や、中国共産党とつながりのある国内の中国コミュニティーからの党への献金について見直したことがない。国の保安情報局が8月に発表した報告書で、中国の情報機関が内政干渉を行っていると非難しているにもかかわらず、だ。

国民党は議長候補ともみられているブラウンリーではなく、ピーターズを外相に任命する可能性もある。ニュージーランドの新たな外交政策を形成するために、アメリカとオーストラリアの当局者が誰を望んでいるかは明白だ。

From Foreign Policy Magazine

バーナード・ヒッキー(ジャーナリスト)

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