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中東の混乱、真の問題は「宗教」ではない...サイバー戦争を軸に「地政学」の全貌を読み解く

ニューズウィーク日本版 2023年11月4日 18時51分

<中東地域では「世界の地政学的な傾向」がどこよりも先に見られる傾向があり、サイバー領域においても世界に先駆けた動きが出ている>

2023年10月7日、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模攻撃を行った。それを受けて、イスラエル側も報復に乗り出しており、中東和平問題が再び混乱している。

表面的に見ると、中東地域のイメージは宗教的な狂信性が情勢を左右しているイメージがある。しかし、中東地域の混乱は、実際には宗教的事柄よりも純粋な地政学の問題が大きくからんでいる。中東地域は地政学の温床とも言え、さらに世界の地政学的な傾向が他よりも先に見られる傾向がある。

そして中東地域のデジタル化が進むにつれて、中東諸国は、敵対する勢力によって経済的または軍事的な力を削ぐためのサイバー攻撃にさらされている。攻撃者たちはそんな目的でシステムの脆弱性を突こうと狙っている。

中東のサイバー領域は、サイバー情報収集やサイバー戦争、そして紛争のハイブリッド化(現実と仮想空間の攻撃の統合)において先駆けとなる動きを見せていると言っていい。しかも日本も決して対岸の火事ではない。そこで今回は、イスラエルとパレスチナの紛争を受けて、中東地域におけるサイバー紛争の実態を見ていきたい。

中東地域を動かす最大の対立軸のひとつは、サウジアラビアとイランのライバル関係にある。サウジアラビアはイスラム教スンニ派の大国で、イランはイスラム教シーア派の国家だ。

サウジアラビアとイランはどちらも、各地域で民兵組織を含むさまざまな勢力を支援し、現実の争いのみならず、サイバー攻撃によって代理戦争とも言える紛争を繰り広げている。サイバー工作でどちらも地域での影響力を増強しようとしている。

イスラエルは軍事攻撃の代わりにイランをサイバー攻撃

さらにイランの場合は、特にイスラエルとの対立が顕著になっている。イスラエルはイランの核開発問題などで、イランに対して予防的な軍事攻撃も辞さない姿勢でいるが、それをアメリカが抑えている。代わりに、イスラエルはアメリカとともに、イランのナタンツ核燃料施設をサイバー攻撃して、燃料工場を破壊する作戦に参加した。

中東各国は、サイバー領域での相互接続と、ハイテクな電子インフラが劇的に変化したことによって、サイバー分野をそれぞれが国家戦略と軍事戦略に密接に統合しつつある。

事実、中東の主要国はサイバー能力の構築に多額の投資を行っていて、地政学的な目標を達成したり、外交上でも優位に立とうとしている。ただこれは中東だけの問題にとどまらない。サイバー領域には国境がないため、サイバー工作キャンペーンは世界中で展開されており、世界各国に影響を与えている。したがって、例えば日本であっても、中東のサイバー領域で活動する勢力を無視してはいけない。

中東地域にはアメリカも深く関与している。アメリカはすでに、ハマスを支援しているとされるイランとの間でサイバー戦争の状態にあり、ほぼ絶え間なくお互いを攻撃している。

アメリカは、イランとの全面衝突の「代替計画」であるサイバー作戦「ニトロ・ゼウス作戦」を実施してきたとされる。この作戦でアメリカは、イランの主要インフラに、無数の時限爆弾を仕掛けたと考えられている。防空レーダーや送電網、通信システム、水処理施設、そしてその他の国家にとって重要な施設にもマルウェアなどがすでに埋め込まれていると考えられる。

新興の「サイバー大国」イランの攻撃能力は

もちろんイランも反撃に出ている。イランは新興のサイバー大国として見るべきで、実際に、専門家たちはイランによる危険な報復を警告している。イランは、アメリカやサウジアラビア、イスラエルに対する数多くのサイバー攻撃に関与していることからも、イランの攻撃的なサイバー能力は非常に高いと分析されている。

アナリストらによれば、イランの諜報機関やイスラム革命防衛隊に関係するAPT(標的に対して持続的に攻撃すること)チームが活動しており、現在までに少なくとも7つのグループが確認されている。

イランの攻撃者らの最初の攻撃ベクトル(攻撃の経路)は、スピアフィッシングやソーシャルメディア・フィッシングなどが多い。スピアフィッシングとは標的を定めてフィッシング(ショートメールなどを送りつける)攻撃を行うことで、ソーシャルメディア・フィッシングでは、SNS(ソーシャルメディア)を使って情報を奪うことを指す。

狙われやすいのは、エネルギー関連会社や重工業企業。金融セクターや航空部門もターゲットで、工場などに被害出ている。

これまでで最も有名な攻撃は、2012年8月にサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコと、カタールの政府系資源企業だったラスガスに対するものだ。数万台のコンピューターが破壊されたこの攻撃では、その数カ月前にイランに対するサイバー攻撃で使われた技術を基にして作られたシャムーンと呼ばれる非常に高度なマルウェア(不正なプログラム)が使われた。

サウジやUAEが求めるイスラエルのサイバー技術

さらにハイブリッドな工作では、2011年にイランはアメリカの高高度ステルス無人偵察機である「RQ-170センチネル」のコントロールをサイバー攻撃で奪って不正に操作し、イラン国内で着陸させた。これもイランの電子戦の能力を証明したと話題になった。2020年7月にも、イスラエルの水道供給を妨害しようと、大規模なハッキングをイランは実施している。

今回のイスラエルへの大規模攻撃を行ったガザ地区を拠点にするハマスは、イランから支援を受けているとも指摘されているが、そんなイランに対しては、イスラエルやアメリカのみならず、サウジアラビアなども絶え間なくサイバー紛争を繰り広げている。

イランは主に自国でサイバー開発を進めてきたが、サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)は、数十年にわたって技術大国として知られてきたイスラエルの最新のサイバー技術を入手するためにイスラエルとの提携を強めてきた。さらにサウジアラビアは、アメリカやイギリス、イスラエルなどの民間請負業者に、サイバー攻撃のための特注ツールの製造を委託してきた。

イスラエルは、サイバー攻撃だけなく、長年にわたって、レバノンやシリア、イラク、そしてイランに対して破壊活動と秘密工作を実施してきた。イランの核開発に関わる科学者などを何人も暗殺してきたと名指しされ、2020年11月にも遠隔操作のロボットを使用して、イランで最も著名な核科学者モフセン・ファクリザデを暗殺している。これはサイバー領域とのハイブリッド作戦とも言える。イスラエルは普段からイランの軍事・核開発計画に関連する拠点への妨害工作を展開しているのである。

今後、イランの核開発計画をめぐる西側諸国とイランとの交渉の如何に関係なく、イランとイスラエルはサイバー攻撃など秘密工作を戦術的にエスカレートさせていく可能性が高い。だがそれだけではない。中東地域は、イスラエルとパレスチナの紛争を超え、地政学的にからんだ紛争がサイバー領域でも引き続き繰り広げられることになるだろう。その火花は、日本を含む世界にも降りかかることを忘れてはいけない。


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