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「アルツハイマー型認知症は腸内細菌を通じて伝染する」とラット実験で実証される

ニューズウィーク日本版 2023年11月6日 19時0分

<アイルランドUCCの研究チームによるアルツハイマー病患者の糞便を健康なラットに移植するという実験で、「アルツハイマー病が糞便を介して他の個体に伝染する」可能性が示された。この研究は、新しい治療法の開発にどのような知見を与えるのか>

日本における65歳以上の高齢者の割合は、9月15日時点の推計で3623万人です。総人口に占める割合は29.1%で、過去最高となりました。

超高齢社会と切り離すことのできない問題が認知症です。2022年の国民生活基礎調査(厚生労働省)によると、介護保険制度で要介護者と認定された原因は「認知症」が16.6%と最も多くなっています。25年には高齢者の5人に1人、約700万人が認知症になるという予想もあります。

とりわけ、アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)は、認知症の60~70%を占める病気です。脳の神経細胞が通常よりも早く減ってしまうことで脳が萎縮し、徐々にもの忘れがひどくなったり、時間や場所が分からなくなったりします。そのほかにも、暴言や暴行、気分が落ち込む、不安になるなどの行動心理症状がみられ、患者の約半数が発症から2~8年で寝たきりとなります。

アルツハイマー病の原因はまだ十分に解明されていませんが、脳に特殊なタンパク質(アミロイドβ)が蓄積され、神経細胞が衰えて脱落し、記憶に重要な海馬という部位が萎縮することが知られています。現在は根本的な治療がなく、発症後に症状を軽減させたり進行を遅らせたりするために薬物が使われています。近年は、腸内細菌叢の構成が発症のしやすさに影響しているらしいなど、脳以外の部位も関わっているという研究が相次ぎ、注目を集めています。

アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・コーク(UCC)の研究チームは、アルツハイマー病の患者から採取した糞便を健康なラットに移植すると、ラットに認知症の兆候が現れたり海馬の神経細胞が成長しなくなったりすることを世界で初めて確認しました。つまり、「アルツハイマー病が糞便を介して他の個体に伝染する」可能性を示しました。研究成果は脳科学分野の学術誌「Brain」に10月18日付で掲載されました。

この研究は、アルツハイマー病に新しい治療法の開発にどのような知見を与えるのでしょうか。詳細を見てみましょう。

長期空間記憶の障害、新規認識記憶が著しく低下

UCC研究チームは、以前からアルツハイマー病の患者は健康な患者に比べて有害な腸内細菌を多く持つという報告があったことに注目し、腸内細菌叢を介したアルツハイマー病の伝染は起こるのかを確かめるために実験しました。

まずアルツハイマー病の患者69人と認知症ではない人64人から移植用の糞便と血液を採取しました。次に、7日間、抗菌薬を与え続けて元々の腸内細菌を死滅させた11週齢のオスのラット16匹ずつ対して、アルツハイマー病とそうでない人の糞便を溶かした液体を3日間経口投与して、ヒトの腸内細菌の移植を行いました。11週齢のラットを選んだ理由は、成体かつ十分に若いため、老化による影響を避けるためです。

その結果、最初の移植から10日後以降に健康診断や記憶テストを行ったところ、アルツハイマー病患者の腸内細菌を移植したラットには、長期空間記憶の障害や新規認識記憶の著しい低下など認知症と思われる症状が認められました。さらに、重症患者の腸内細菌を移植されたラットほど、記憶障害が重度でした。

その後、神経細胞を特異的に染色するマーカーを使ったり、脳の切片を顕微鏡で観察したりすることで、アルツハイマー病患者の腸内細菌を移植したラットの脳では、海馬での新しい神経細胞の産出や成長が減ってしまっていたことが観察されました。

つまり、患者の糞便移植によって、健康なラットにアルツハイマー病の症状が「伝染する」ことが示唆されました。

減った細菌、増えた細菌

次に研究チームは、アルツハイマー病患者のどの腸内細菌が、若くて健康なラットの脳に影響を与えたのかについて考察しました。

患者の糞便に現れた腸内細菌叢を分析すると、酪酸を産出して腸内の清掃や腸内壁の修復作業を担うクロストリジウム属やコプロコッカス属の腸内細菌が大幅に減少していました。一方、パーキンソン病など様々な病気の発症に関連していると考えられているデスルフォビブリオ属の細菌が増加していました。

そこで研究者たちは、損傷された腸壁が十分に修復されず、デスルフォビブリオ属の細菌から産出された毒素が血管に入り込み、血流に乗って脳に悪影響を及ぼしたという仮説をたてました。実際に、アルツハイマー病患者の血液から取り出された血清を、胎児性のヒト海馬の神経前駆細胞に注ぐと、神経細胞の成長と機能を低下させることが確認されました。

研究を主導したイボンヌ・ノーラン教授は「現在の治療法は、アルツハイマー病患者が認知症を発症して診断されてから行っても遅すぎる可能性があります。症状が発現する前に、認知症の前駆期や初期段階での腸内細菌の役割を理解することで、新たな治療法の開発、さらには個別化された介入への道が開かれる可能性があります」と語っています。

世界保険機関(WHO)は21年、世界の認知症患者は5500万人を突破しており、2030年までに7800万人、50年までに1億3900万人に達する見込みと発表しました。19年のデータをもとにすると、毎年、世界で約1000万人が新たに発症し、1兆3000億ドルの経済損失をもたらすと試算されています。経済損失の約50%は、家族や親しい友人などが非公式の介護者としてケアせざるを得ないせいで失われており、とくに女性の負担が大きいといいます。

日本を含むWHO加盟国は現在、世界的規模の認知症に対応するために「認知症に対する公衆衛生上の対応に関するグローバルアクションプラン2017-2025」を公約し、国全体での認知症のリスク軽減の取り組みを推進しています。

もっとも、欧米諸国では認知症の有病率と発症率が減少傾向ですが、日本では増加しています。欧米諸国は疾病管理や健康行動の改善が効果を上げていますが、日本では西洋風の食事の拡大や運動習慣の欠如、糖尿病患者の増加が見られることや、核家族化や独居老人など高齢者の社会的な孤立が進んだことが原因と見られています。

先進国でもとくに高齢化社会が進んでいる日本は、諸外国と比べて認知症の生涯発症リスクが高いと言えます。認知症の早期発見法や新しい治療法の開発は、社会全体の問題として早急にかつ持続的に取り組んでほしいですね。



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