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デジタル紛争の新たなステージ:イスラエルとハマスの情報戦が示すサイバー戦の進化

ニューズウィーク日本版 2023年11月7日 14時11分

<10月7日以降、イスラエルとハマスの紛争がネットで情報戦へと発展。ハマスのサイバー攻撃能力が注目され、偽情報が横行。大手メディアも誤報を拡散し、病院爆発の事例では報道後に撤回があったが、既に社会的影響が出ている。情報の正確性とSNSプラットフォームの対応が問われている状況だ......>

10月7日以降、ネット空間にイスラエルとハマスの紛争の情報があふれた。近年、紛争を起点として多数の国を巻き込んだサイバー攻撃やネット世論操作に一瞬でエスカレーションする様子をまざまざと見せつけた。

ハマスのサイバー能力を中心にエスカレーションの様子を簡単にまとめてみた。あくまでも筆者が知り得た情報の範囲をまとめたものであるので、不足や修正すべき点があるかもしれない。なにしろ名だたる大手メディアですらうっかり未確認の情報を流しているありさまなのだ。

偽情報が飛び交う紛争

ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を行い、イスラエルが反撃を開始して以来、ネット上では偽情報や誤情報が飛び交っている。多くはゲームや過去の紛争の画像などを利用したものだが、中には「ハマスが40人の赤ん坊の首をはねた」というもののある。混乱した状況下ということもあり、一部の大手メディアもこの偽情報を拡散してしまった。

ガザの病院が爆発した件では、ニューヨークタイムズ、ロイター通信、AP通信、ワシントンポスト、CNN、BBC、MSNBC、FOXなどがイスラエルの空爆によるものとして報道した。その後、撤回されたが、影響は即座に各国でのデモやユダヤ人への攻撃となって現れた。

大手メディアが誤報を発信する中、X(かつてのツイッター)、フェイスブック、Telegram、Tik Tokは偽情報の坩堝と化し、ハマスやイスラエル関連のフォロワーは激増した。

悪いことに以前の記事に書いたようにアメリカでは偽情報対策が大きく後退しつつあり、アメリカの研究機関やSNSプラットフォームはこうした状況に対応できていない。SNSプラットフォームに関しては、そもそもやる気がないとも言える。

特にXではイーロン・マスク自身が偽情報や誤情報を拡散しているアカウントやその発言を紹介していることもあって偽情報があふれている。Xの青い認証マークのついたアカウントが誤解を招く発言の70%の発信源になっているという調査結果もあり(認証マークアカウントの70%が偽情報を発信しているという意味ではないのでご注意)、青い認証マークは信用できない情報を発信する警告マークに見えるようになっているくらいだ。

さらにXのノート(発言に対して他の利用者がコメントする機能でモデレーション効果も期待されていた)を書いたアカウントの80%は「役にたった」という評価を受けたことがなく、そもそも「役にたった」というステータスに達したノートはたった7%に過ぎなかったことが、スタンフォード大学Internet ObservatoryのJournal of Online Trust and Safetyに掲載された調査で明らかになっている。

EUはXとMetaに対して警告と要請を行った。従わない場合、EUが調査を行い、最近成立したDSA法の違反が認められると高額の罰金を課される。

この混乱は紛争という特殊な状態だけがもたらしたものではなく、イスラエルとハマスのいずれもネット世論操作に長けていることも要因のひとつだ。そのうえ、インドやイランが干渉している痕跡もあって、情報の真偽はもとより、情報発信者の正体と目的もわかりにくくなっている。

インドが世界的なネット世論操作大国ではあることは前回の記事でご紹介した。今回の紛争に関してインド由来が疑われるネット世論操作活動をデジタルフォレンジック・リサーチラボが確認している。同組織はこの分野で世界的に有名だが、正体も目的も明らかにはできなかった。ただ、インドに関係する誰かが意図的に操作を行おうとしていたことだけが確認されている。インドへの忖度を感じるのは筆者だけだろうか? 中露であればここまで曖昧な結論にはならなかったような気がする。

ハマスのサイバーオペレーション

サイバー空間は充分な装備を持っていない非国家アクターでも戦いを展開しやすい領域である。ハマスもサイバー空間での活動を重要視している。ハマスのサイバー能力はグリーンハット程度とアメリカのシンクタンクである大西洋評議会は推定している。グリーンハットというのは、耳慣れない言葉だが(実は筆者も初めて聞いた)、新規の参加者で洗練されていないが影響力を与えることに貪欲で学習するハッカーを指す。

日本以外のほとんどの国ではサイバー攻撃とデジタル影響工作やネット世論操作は一体のものと考えられている。そこで本稿では両方について触れることにする。なお、出典元については長くなるため拙ブログに掲載した。

ハマスのサイバー攻撃の中心を担っているのは軍事部門アル・カッサム旅団のサイバー部隊Al-Quds Electronic Armyと言われているが、ハクティビストなども参加しており、ハマス自身にも全体像がつかめているわけではなさそうだ。

電気を使用できるのは1日平均11時間程度という電力不足など基本的なインフラ不足に悩まされていながらもハマスのサイバー能力は成長を続けている。2018年にはイスラエルが「ブロークンハート」と名付けた作戦が行われた。ハニートラップでイスラエルの兵士にマルウェアをインストールさせて、情報を盗み出す作戦だ。イスラエルでは18歳から兵役を義務づけられているため、その若年層を狙った攻撃だ。ハマスのサイバー部隊は、さらにGoogle Play Storeに2つの出会い系アプリを登録し、兵士たちから情報を盗み出した。

2018年の夏にはイスラエル向けに2つのアプリを立ち上げた。1つは、開催中のワールドカップのサッカー情報をリアルタイムで伝えるもので、もうひとつはガザからの砲撃をイスラエル人に警告するためのロケット弾警告アプリだった。砲撃の警告アプリはハマスの実際の攻撃に合わせてアプリストアに登録されており、イスラエル市民の不安と混乱につけ込んだものだった。また、ジョギングアプリも作り、ガザの境界付近で兵役に就いているイスラエル兵の電話番号を特定していた。

2019年と2021年の二度にわたってイスラエルはハマスのサイバー攻撃能力を殲滅するために空爆を行ったが、その後もハマスからのサイバー攻撃が続いていることから殲滅にはいたっていないことがわかる。一説には空爆を避けるためにトルコに拠点を設けて移ったという説や近隣国の支援者の協力を得ているという説もある。

ハマスは以前からサイバー面に関してイランの部隊(Islamic Revolutionary Guard Corps=IRGCのQuds Force)の支援を受けていることが知られている。今回も連携している可能性が高く、ハマスがTelegramで配布していたアプリを解析したRecorded FutureのInksiktグループはイランの関与の可能性があることを発見している。

今回の紛争が始まると、すぐにロケット攻撃に関する情報やアラートのサイトに対してDDoS攻撃が行われた。以降、新聞とメディアのサイトがDDoS攻撃の主な標的となって56%を占めている。次いでIT産業34%、その次は金融企業、4位は政府機関サイトだったことがCloudflare社によって明らかにされた。

多くのSNSプラットフォームで、ハマスに関連するアカウントが排除されているが、SNSは単体ではなく、総体として活用されており、特定のSNSプラットフォームからアカウントを排除してもその影響力を消すことはできない。2020年のアメリカ大統領選において、大手SNSプラットフォームや関係機関は偽情報を対策を講じ、ロシアなどの干渉排除を試みた。しかし、翌年2021年1月にはアメリカ連邦議事堂が暴徒に襲撃されるという未曾有の事態を招くこととなった。大手プラットフォームから排除された人々は小規模プラットフォームに集まり、そこでの発言が大手プラットフォームに拡散していくという構造ができていたのだ。アメリカのシンクタンクNEW AMERICAが明らかにしている。

ハマスのアカウントはTelegramでは排除されておらず、情報発信の中心となっている。ハマスの軍事部門アル・カッサム旅団のフォロワーは70万人を超えており、GAZA NOWはおよそ200万人に増加した。関連するアカウントのフォロワーも軒並み増加した。

Telegramには画像や動画の他に、寄付の依頼といったものもある。コンテンツは進化しており、迅速化かつ高度になって人々の注目を集めやすいものになっている。

ちなみにTelegramのアメリカの利用者は連邦議事堂襲撃事件のあった2021年1月以降、増加しており、増加した利用者の多くが、後述するように現在の社会体制に不満を持つ層が集まっている可能性が高い。

もともとハマスは1対多のコミュニケーションを好む傾向がある。ナラティブを厳しく管理して統制のとれたメッセージを伝えることを重要視しているためだ。この点でも多対多になりがちな他のSNSよりもメッセンジャーであるTelegramの方が適している。Telegramに投稿されたコンテンツはハマスの支持者たちが他のプラットフォームに拡散する流れは彼らの方向性に合致している。

なお、今回の紛争では前述のように偽の画像や動画がたくさん投稿され、すでにさんざん記事になっているので、本稿では個別の偽情報については割愛させていただく。

多数の偽画像や動画はいくつかの要因がかさなっている。ウクライナ侵攻の際にも同様の現象は見られた。おそらく今後なんらかの紛争が起きた際には同様のことが繰り返されるだろう。軍事的衝突は世界に拡散しにくくなっているが、ネット空間ではサイバー攻撃、世論操作、憎しみの連鎖が瞬く間に世界に広がる。

イスラエルのサイバー能力

イスラエルのサイバー能力は高く、多数の世界的なサイバーセキュリティ企業およびサイバー軍需企業を生み出している。たとえばチェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ、パロアルトネットワークス、サイバーアーク、サイバーリーズンなどの名前を聞いたことのある方もいると思う。これらはいずれもイスラエル国防軍(IDF)8200部隊出身者が創立している。8200部隊出身者が興した企業は千社を超える。

サイバー軍需企業やネット世論操作企業の多くも、8200部隊出身者によって設立されている。スパイウェアで有名なNSOグループの創業にも関与している。

8200部隊はイスラエル国防軍(Israel Defense Forces、IDF)の組織で、イスラエル参謀本部諜報局(Military Intelligence Directorate 、Aman)の下部組織である。母体となる組織は以前から存在していたが、8200部隊として活動を開始したのは第4次中東戦争(1973年)後である。

高いサイバー戦能力を持ち、アメリカとイスラエルがStuxnetと呼ばれるマルウェアを用いてイランの核施設を攻撃した作戦(オリンピック・ゲームズ)にも関わったとされている(イスラエルは認めていない)。

所属メンバーは数千人で、情報収集能力は他のイスラエルの諜報機関(モサドなど)を凌駕(りょうが)する。「イスラエルのNSA(アメリカ国家安全保障局)」と呼ばれることもある世界最強の諜報機関のひとつであるが、活動の全貌はいまだに明らかにされていない。イスラエルでは18歳から兵役があるが、8200部隊はその中でもっとも優秀な者を採用すると言われている。イスラエルにおけるIT技術開発でも中心的な役割を担っている。

最近、イスラエルへの批判が欧米各国でも見られるが、もしイスラエルが「民主主義の仲間」でなくなることは、欧米にとってリスクだ。なぜなら欧米各国のクリティカルな部分でイスラエル由来の企業の製品が使用されていることも多く、欧米の企業や組織には多数の8200部隊出身者が関与している。そこからデータが漏洩していたり、バックドアが仕込まれるようなったら大きな問題となる。もちろん、イスラエルが自国由来の民間企業から情報収集していないと考えないのか? という素朴な疑問は以前からある。欧米当局がイスラエルの活動について知っていながら、インドと同様に蓋をしてあたかもないように振る舞っている可能性は少なくない。

サイバー軍需企業に関しては企業の数や活動の実態が必ずしも明らかではない。確実なのは高度な技術を持つ企業が多数存在していることだ(もちろん高度な技術を持たない企業やオペレーションが稚拙な企業もある)。筆者は以前、こうした企業を紹介したことがあり、それらを今回まとめようと思ったが、数が多すぎて断念した、というくらいには多い。この連載でもマルウェアなどを使わず電話とSMSを盗聴できるQ Cyber Technologiesやアメリカ中央軍から受託したネット世論操作を失敗したMind Farce社を紹介したことがある。

こうした企業の活動は、レポートやメディアの暴露で明らかになることも多い。2022年にはNSOグループの暴露やアメリカ中央軍がイスラエルのネット世論操作企業に依頼した作戦の失敗、今年に入ってからはネット世論操作企業Team Jorgeの暴露があった。Team Jorgeは20カ国33の選挙に介入し、27で成功を収めており、ケンブリッジ・アナリティカとも協業していた。Advanced Impact Media Solutions(Aims)というネット世論操作のシステムを販売している。

このシステムはTwitter、LinkedIn、Facebook、Telegram、Gmail、Instagram、YouTube上の3万の偽ソーシャルメディア・プロフィールのアカウントをコントロールしている。一部のアバターは、クレジットカード、ビットコインウォレット、Airbnbアカウント、アマゾンのアカウントも持っている。詳細は不明だが、人間の行動を模倣しており、人工知能が投稿を行っている。日本語を使用する作戦もあったので、海外からの対日本作戦あるいは日本国内の政党によるネット世論操作があったのかもしれない。

イスラエル当局は2017年に開始したパブリック・ディプロマシー強化作戦4ILの一環として、Act.ILというアプリをリリースしている。これは世界中のイスラエル支持者を団結させ、真実を広めるためのものとされている。このアプリは利用者にイスラエルのイメージを向上させるためのミッションを与える。ほとんどのミッションはSNSに親イスラエルの投稿を行うことだ。Act.ILには投稿の元ネタになるような情報(画像、動画、ミームなど)がライブラリとして提供されている。このアプリが過去の紛争に際して親イスラエルのキャンペーンを行ったことがデジタル・フォレンジック・リサーチ・ラボのレポートで明らかになっている。

また、イスラエル政府はグーグルから検閲機能つきのサーチエンジン(事実上のAI監視システム)の提供を受けようとしていたこともわかっている。ネット世論操作において国内の監視と操作は必須であり、その点でもイスラエルは長けている。ちなみにNSOグループ以外の暴露について、日本ではほとんど記事化されていない。

ハマスに比べると、イスラエルは規模が大きく、民間企業およびハクティビストなどのプロキシや関連組織も多岐にわたり、全体像がつかみにくい。

世界に拡散する紛争

ロシアのウクライナ侵攻以来、紛争へのハクティビストなどの参戦が増加しており、今回の紛争にも多数のアクターが双方の陣営に参加している。そして、検証されない成果をネット上で披露している。親ロシアのハクティビストのAnonymous SudanやKillnetがパレスチナ支持で参加しており、AnonGhostはロケット弾のアラートを提供するアプリの脆弱性を利用して、誤報を送信していた。

そのほかにロシア、中国、イラン、インドの関与のネット世論操作が確認されており(インドに関しては確定ではない)、混沌とした状況となっている。

ウクライナ侵攻がそうだったように、今回の紛争でもサイバー攻撃が世界に拡散する兆しを見せている。すでに30のグループがSNS上で今回の紛争について発言しており、サイバー攻撃の矛先がどちらを支持した国にも広がる可能性を見せている。リアルの世界での世界大戦は第二次世界大戦以降起きていないが、サイバー空間では国際紛争のどちらの当事国を支持したかによって世界を二分した攻撃が繰り広げられるようになってきている。烈度は別として範囲では一瞬で世界規模にエスカレーションする。

・偽情報が氾濫する

画像や動画を中心とした偽情報がSNSで氾濫し、大手メディアや政治家もそれを拡散することがある。

・ロシア、中国、イランが片方を支持し、SNSなどを通じて拡散する

ロシア、中国、イランが親パレスチナ、反イスラエルおよび今回の件にからめてのアメリカ批判の発言を政府関係アカウントや国営メディアなどを通じて拡散していたことが、X、Telegram、YouTube、フェイスブック、Instagramの投稿をモニターしているAlliance for Securing Democracy(ASD)のHamiltonダッシュボードで確認されている。

ロシア、中国、イランの3国は国際的に注目を浴びることが起きると、それを利用して反アメリカなどの発言に結びつけることが多い。時には自国の正当性を主張することに利用する。

・どちらかの当事国に対して支持の表明あるいは逆に批判や制裁を行った国に対してサイバー攻撃が行われ、全世界規模に広がる

サイバー攻撃は当事国だけでなく、関係国あるいはハクティビストなどの非国家アクターが行う。ウクライナ侵攻においても、ロシアへに制裁に加わった国などにサイバー攻撃が行われた。今回も同様のことが起きる可能性が高い。

サイバー攻撃は政府が直接手をくだすとは限らず、プロキシを利用したり、ハクティビストが実行したりすることがある。そして、どこからが政府支援によるものかは判別が難しい。

・陰謀論者や白人至上主義者、差別主義者などが参加する

今回の紛争が始まると、トランプ前大統領はハマスが南の国境を越えてアメリカに入ってきたと言い出し、バイデンとオバマのせいだという主張を始めた。

イスラエル政府は、ハマスの攻撃を事前に知っていたという陰謀論が、#BibiKnewというタグで広まっている。この陰謀論を広めていると考えられているチャーリー・カーク(本人は否定している)は大学に特化した共和党の全国的なグループを率いている。

アメリカの白人至上主義者のグループは反ユダヤ主義をかかげており、ハマスの攻撃開始を祝った。

また、右派の中には、ハマスの潜伏工作員という新たな脅威を利用して、イスラム恐怖症を煽ろうとしている者もいる。

陰謀論者や白人至上主義者など一見すると、つながりの薄いグループが関与してくる理由は、後述するメカニズムのためと考えられる。イデオロギーや信念でつながるのではなく、現状に対する否定や被害者意識でつながっている。

以前の記事「タリバンのネット世論操作高度化の20年の軌跡」からの抜粋をご紹介する。

「タリバンのアフガニスタン征圧は、ネオナチや極右ユーチューバー、右派のプラウドボーイズ、ホワイトナショナリストなどから賞賛され、「我々ももっと大きなことができるはずだ」といった過激派の野望に火をつけた。(中略)タリバンと過激派の主張は、女性への差別、LGBTQへの敵意、中絶への反対、原理主義的な宗教政府への支持など、いくつかの点で一致している。どちらも欧米の社会的進歩が文化や政治的の堕落の原因であると考え、その原因を作った民間や政府の団体および人物に対して深い恨みを抱いている」

・関与した国で当事国に関するデモや抗議活動、暴力行為などが起こる

すでに多くの国は国内に火種となり得る問題をいくつも抱えており、なんらかのきっかけでそれに火がつく。紛争でどちらかを支持したり、制裁措置を行った国の国内でデモ、抗議活動、暴力行為が起きやすくなる。たとえばヨーロッパ最大のユダヤ人人口を抱えるフランスでは、数千人が政府によるハマス支持の集会禁止を無視してパリに集まり、警察は催涙ガスと放水銃で彼らを解散させた。イギリスでは先週、反ユダヤ主義的な事件が急増した。その背景には近年ヨーロッパに広がっているユダヤ人に対する反感がある。

本誌ウェブでもアメリカのパレスチナ支持集会を襲撃しようとした事件やパレスチナ系少年がアメリカで刺殺された事件などを掲載している。筆者が住んでいるバンクーバーでもパレスチナ支持の集会が行われているのを見たことがある。

紛争で発生する世論の共振

紛争はネット上に情報を氾濫させ、世界中で世論の共振を呼ぶ。そこにはひとつのメカニズムが恒常的に存在しており、SNSやアドネットワークなどを始めとするネットの仕組みがこのメカニズムを強化している。

「なにをやっても状況は悪化する」という事態に対処できていないのが多くの問題の根本にある。

チャートにある地球規模の変化は、その影響を強く受ける地域に経済的困窮や飢餓などの甚大な被害をもたらし、それが移民の増加にもつながってくる。社会が不安定になると、権威主義的リーダー、ポピュリストが世に出たり、内乱が起こりやすくなることは以前の記事で紹介した通りだ。

そして、過度の格差が多くの国で陰謀論、白人至上主義者などの過激なグループを生み出す。世界的な権威主義の台頭と、多くの国での陰謀論、白人至上主義者などの過激なグループの台頭の現員は、同じ危機に直面した脆弱な存在という点で同じであり、従来の社会のありかたを疑い、反発を感じている。イデオロギーや信念は異なるが、その点では一致しており、それがイデオロギーや信念を超えた連携を生み出すため、世界で起きる紛争に関与できる。以前にも書いたが、「現在の欧米の民主主義国はガソリンをまいた状態」なのだ。ロシアのネット世論操作やデジタル影響工作は、放置しておいても自然発火する状態の地域に火を貸しているだけだ。

地球規模の変化に脆弱な国の多くはグローバルサウスにあり、グローバルノースにいる影響を受けやすい層と共通の意識を持ちやすい。

この連鎖を強化し加速するのが、SNSやアドネットワークなどのビッグテックである。アクセスが増えることが承認欲求を満たすと同時に収入に結びつく。そして収入は活動を拡大し、仲間を増やすために用いられる。

残念なことに地球規模の変化への対処も、それによって脅威にさらされている国や人々への支援もうまくいっていない。人口では脅威にさらされている人々の方が多い。これは国際的な場での多数決、国内での選挙に影響を与えている。

こうしたことを背景にいったん紛争が起きれば、世界規模の共振を呼ぶメカニズムができている。これまでは、ネット世論操作あるいはデジタル影響工作という呼び方でよかったが、ステージが変わったように感じる。そもそもネット世論操作あるいはデジタル影響工作あるいはフェイクニュース、偽情報ということは表面的な事象をとらえているだけで、根本的な問題を見過ごしているとも言える。

一連のサイバー・エスカレーションはなにかのきっかけ(紛争など)によって連鎖的に起こるようになっており、個別の行為は特定のアクターが実行しているが、連鎖全体を指揮している者はいない。自動化されているのだ。新しいステージに入ったサイバー空間への対策はいまだ形が見えない。



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