<部下の仕事は、上司の指示に従うことではなかった...。「要望の具体化」について>
いま、ビジネスで有効だと言われているのが「具体と抽象」という概念だ。企業コンサルタントの谷川祐基氏は「具体化と抽象化だけで、仕事の10割はうまくいく」と言う。それはなぜか?
社内コミュニケーション、会議、トラブル、仕事への情熱など、仕事上の課題をすべて「具体と抽象」で解決する、新刊『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』(CCCメディアハウス)より一部抜粋する。
◇ ◇ ◇
「部下の仕事は、上司の指示に従うこと」ではない
上司と部下がいた場合、部下の仕事とは何だろうか? 一般に広まっている考えは「部下の仕事は、上司の指示に従うことである」というものである。しかしこの考えは、はっきりと間違いである。
もっとも、私が「部下の仕事は、上司の指示に従うことではありません」と言うと、必ず反論が来る。
「確かにね、上意下達の関係が、理想の部下と上司の関係ではないですよ。でも、上司と部下が友達のような関係だったり、部下が反抗していたりしたら仕事はまわらない。多少不満があったとしても、部下が上司の指示通り行動しないと組織は崩壊してしまいますよ」
その通りである。部下が行動しなかったり、上司の指示と違うことをしだしたら組織は崩壊する。それでも私は「部下の仕事は、上司の指示に従うことではない」と断言する。
「部下の仕事は、上司の指示を具体化すること」
では、本当の部下の仕事とは何かというと、ここで先程(編集部注:1回目記事)の90度回転させた組織図(図2)を思い出してもらいたい。基本的に、上司は抽象側を担当し、部下は具体側を担当する。
図2『 仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』 24頁
部下の本当の仕事は、「上司の指示を具体化すること」である。これは、わずかな言葉の差のように見えるが、何が違うのだろうか?
実は、このわずかな言葉の差が、決定的な結果の差を生み出すのである。まず、「部下が上司の指示に従う世界」でどんなことが起こっているか見てみよう。
善良で真面目な人もパワハラ上司になってしまう理由
第一に、この世界では「指示待ち人間」が増える。「指示待ち人間」とは、自発的に動かず、上司の指示がないと行動できない人間のことだが、指示に従うように教育されているので当然である。
これをなんとかしようと「指示待ち人間になるな!」という「指示」を出しても、当然解消しない。
さらに深刻な問題が、必要以上に高圧的な上司が増えることだ。
「部下の仕事は、上司の指示に従うことである」という言葉を反対側の上司から見ると、「上司の仕事は、部下を指示に従わせることである」となる。部下が指示通りに動かないと、仕事にならないのだ。
いざ指示通りに動かない部下がいたらどうするのかというと、アメとムチを使うしかない。
とはいえ中間管理職の権限では「これやったらボーナス出すよ!」とか「これをやったら昇進だよ!」というようなアメはなかなか出せない。
必然的にムチを使う。声を張り上げ、権力をちらつかせ、お尻を叩いて部下を従わせようとする。他に手段がないのだ。
パワハラ好きでマウントをとることに喜びを感じる上司だけが高圧的になるのではない。この世界では、善良で職務に忠実なだけの上司も高圧的になっていくのだ。
部下からしても、これはつらい世界である。なぜなら、自分の仕事を変えるには、上司の指示を変える必要がある。
やりたいことをやるためには上司の指示を変えなければいけないわけだが、よく言われる通り、他人は変えられない。変えられるのは自分だけである。上司の指示を変えられない以上、淡々とやりたくない仕事を続けなければならない。
このように、「部下が上司の指示に従う世界」では、指示待ち人間が増えて仕事が進まず、上司はいつも部下を怒鳴りつけ、部下はやりたくない仕事をいやいやする。部下も上司も幸せになっていない。つまり、この世界は間違っているのだ。
忠実でも仕事ができない人に足りないのは「具体化」
では次に、真実の世界、「部下が上司の指示を具体化する世界」では何が起こるのかを見ていこう。
高木 「この本はイラスト使うからさ、ちょっと見積もりとってよ」
澤田 「あ、はい。分かりました。イラストレーターは誰に依頼しますか?」
高木 「お任せするよ。あ、でも相見積もりとりたいから、3人ぐらい声をかけといてよ」
澤田 (うーん、とりあえず先月お願いした粟島さんに声をかけるか......)
澤田 「粟島さん! 今月もお願いします! イラストを描いて欲しいので、見積もりをください!」
粟島 「あ、はい。分かりました。何点ぐらいのイラストですか?」
澤田 「あ、ちょっと確認しておきます」
粟島 「それで、納期はいつでしょう?」
澤田 「あ、それも確認しておきますね」
粟島 「......。対象読者は男性でしょうか? 女性でしょうか?」
澤田 「あ、それも編集長に聞いてみます!」
粟島 「......」
さて、果たして澤田君は仕事をしているのだろうか?
少し社会人経験を積んだ人なら、「否」と答えるに違いない。しかし、もし部下の仕事の定義が「上司の指示に従う」ことであれば、澤田君は確かに編集長の指示に従って行動している。
何が足りなかったのだろうか?
この場合、足りなかったのは具体化である。
「イラストの見積もりをとって」という上司の指示に対し、「イラストレーターは誰を使うのか?」「納期はいつか?」「予算はいくらか?」「イラストは何枚か?」「何のイラストが必要なのか?」「読者ターゲットは誰か?」などの要件を具体化してからイラストレーターに話を持っていく必要があった。
その具体化を怠ったため、澤田君の仕事は出戻りになってしまったのだ。
あらゆる仕事は「具体化」である
この例に限らず、基本的に、「仕事とは、上司の指示を具体化すること」である。フリーランスであったり、自分が社長である場合は特に上司がいないが、その場合は、「仕事とは、お客さんの要望を具体化すること」と読み替えるとよい。
この粟島氏はフリーランスのイラストレーターであって上司がいないが、ルネサンス書房という出版社がお客さんである。お客さんの要望は、しばしば具体性に欠ける。
「かっこいいイラストを描いてください!」という抽象的な要望に対し、「誰にとってかっこいいイラストなのか?」「何点必要なのか?」「画材や納品形式は何が望ましいのか?」などと要望を具体化し、適切なイラストとして具現化させるのがプロの仕事である。
谷川祐基(たにかわ・ゆうき)
日本教育政策研究所代表取締役。1980年生まれ。愛知県立旭丘高校卒。東京大学農学部緑地環境学専修卒。小学校から独自の学習メソッドを構築し、塾には一切通わずに高校3年生の秋から受験勉強を始め、東京大学理科Ⅰ類に現役合格。大学卒業後、「自由な人生と十分な成果」の両立を手助けするための企業コンサルティング、学習塾のカリキュラム開発を行う。著書に『見えないときに、見る力。:視点が変わる打開の思考法』『賢さをつくる:頭はよくなる。よくなりたければ。』『賢者の勉強技術:短時間で成果を上げる「楽しく学ぶ子」の育て方 』(共にCCCメディアハウス)がある。
『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』
谷川祐基[著]
CCCメディアハウス[刊]
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ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
いま、ビジネスで有効だと言われているのが「具体と抽象」という概念だ。企業コンサルタントの谷川祐基氏は「具体化と抽象化だけで、仕事の10割はうまくいく」と言う。それはなぜか?
社内コミュニケーション、会議、トラブル、仕事への情熱など、仕事上の課題をすべて「具体と抽象」で解決する、新刊『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』(CCCメディアハウス)より一部抜粋する。
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「部下の仕事は、上司の指示に従うこと」ではない
上司と部下がいた場合、部下の仕事とは何だろうか? 一般に広まっている考えは「部下の仕事は、上司の指示に従うことである」というものである。しかしこの考えは、はっきりと間違いである。
もっとも、私が「部下の仕事は、上司の指示に従うことではありません」と言うと、必ず反論が来る。
「確かにね、上意下達の関係が、理想の部下と上司の関係ではないですよ。でも、上司と部下が友達のような関係だったり、部下が反抗していたりしたら仕事はまわらない。多少不満があったとしても、部下が上司の指示通り行動しないと組織は崩壊してしまいますよ」
その通りである。部下が行動しなかったり、上司の指示と違うことをしだしたら組織は崩壊する。それでも私は「部下の仕事は、上司の指示に従うことではない」と断言する。
「部下の仕事は、上司の指示を具体化すること」
では、本当の部下の仕事とは何かというと、ここで先程(編集部注:1回目記事)の90度回転させた組織図(図2)を思い出してもらいたい。基本的に、上司は抽象側を担当し、部下は具体側を担当する。
図2『 仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』 24頁
部下の本当の仕事は、「上司の指示を具体化すること」である。これは、わずかな言葉の差のように見えるが、何が違うのだろうか?
実は、このわずかな言葉の差が、決定的な結果の差を生み出すのである。まず、「部下が上司の指示に従う世界」でどんなことが起こっているか見てみよう。
善良で真面目な人もパワハラ上司になってしまう理由
第一に、この世界では「指示待ち人間」が増える。「指示待ち人間」とは、自発的に動かず、上司の指示がないと行動できない人間のことだが、指示に従うように教育されているので当然である。
これをなんとかしようと「指示待ち人間になるな!」という「指示」を出しても、当然解消しない。
さらに深刻な問題が、必要以上に高圧的な上司が増えることだ。
「部下の仕事は、上司の指示に従うことである」という言葉を反対側の上司から見ると、「上司の仕事は、部下を指示に従わせることである」となる。部下が指示通りに動かないと、仕事にならないのだ。
いざ指示通りに動かない部下がいたらどうするのかというと、アメとムチを使うしかない。
とはいえ中間管理職の権限では「これやったらボーナス出すよ!」とか「これをやったら昇進だよ!」というようなアメはなかなか出せない。
必然的にムチを使う。声を張り上げ、権力をちらつかせ、お尻を叩いて部下を従わせようとする。他に手段がないのだ。
パワハラ好きでマウントをとることに喜びを感じる上司だけが高圧的になるのではない。この世界では、善良で職務に忠実なだけの上司も高圧的になっていくのだ。
部下からしても、これはつらい世界である。なぜなら、自分の仕事を変えるには、上司の指示を変える必要がある。
やりたいことをやるためには上司の指示を変えなければいけないわけだが、よく言われる通り、他人は変えられない。変えられるのは自分だけである。上司の指示を変えられない以上、淡々とやりたくない仕事を続けなければならない。
このように、「部下が上司の指示に従う世界」では、指示待ち人間が増えて仕事が進まず、上司はいつも部下を怒鳴りつけ、部下はやりたくない仕事をいやいやする。部下も上司も幸せになっていない。つまり、この世界は間違っているのだ。
忠実でも仕事ができない人に足りないのは「具体化」
では次に、真実の世界、「部下が上司の指示を具体化する世界」では何が起こるのかを見ていこう。
高木 「この本はイラスト使うからさ、ちょっと見積もりとってよ」
澤田 「あ、はい。分かりました。イラストレーターは誰に依頼しますか?」
高木 「お任せするよ。あ、でも相見積もりとりたいから、3人ぐらい声をかけといてよ」
澤田 (うーん、とりあえず先月お願いした粟島さんに声をかけるか......)
澤田 「粟島さん! 今月もお願いします! イラストを描いて欲しいので、見積もりをください!」
粟島 「あ、はい。分かりました。何点ぐらいのイラストですか?」
澤田 「あ、ちょっと確認しておきます」
粟島 「それで、納期はいつでしょう?」
澤田 「あ、それも確認しておきますね」
粟島 「......。対象読者は男性でしょうか? 女性でしょうか?」
澤田 「あ、それも編集長に聞いてみます!」
粟島 「......」
さて、果たして澤田君は仕事をしているのだろうか?
少し社会人経験を積んだ人なら、「否」と答えるに違いない。しかし、もし部下の仕事の定義が「上司の指示に従う」ことであれば、澤田君は確かに編集長の指示に従って行動している。
何が足りなかったのだろうか?
この場合、足りなかったのは具体化である。
「イラストの見積もりをとって」という上司の指示に対し、「イラストレーターは誰を使うのか?」「納期はいつか?」「予算はいくらか?」「イラストは何枚か?」「何のイラストが必要なのか?」「読者ターゲットは誰か?」などの要件を具体化してからイラストレーターに話を持っていく必要があった。
その具体化を怠ったため、澤田君の仕事は出戻りになってしまったのだ。
あらゆる仕事は「具体化」である
この例に限らず、基本的に、「仕事とは、上司の指示を具体化すること」である。フリーランスであったり、自分が社長である場合は特に上司がいないが、その場合は、「仕事とは、お客さんの要望を具体化すること」と読み替えるとよい。
この粟島氏はフリーランスのイラストレーターであって上司がいないが、ルネサンス書房という出版社がお客さんである。お客さんの要望は、しばしば具体性に欠ける。
「かっこいいイラストを描いてください!」という抽象的な要望に対し、「誰にとってかっこいいイラストなのか?」「何点必要なのか?」「画材や納品形式は何が望ましいのか?」などと要望を具体化し、適切なイラストとして具現化させるのがプロの仕事である。
谷川祐基(たにかわ・ゆうき)
日本教育政策研究所代表取締役。1980年生まれ。愛知県立旭丘高校卒。東京大学農学部緑地環境学専修卒。小学校から独自の学習メソッドを構築し、塾には一切通わずに高校3年生の秋から受験勉強を始め、東京大学理科Ⅰ類に現役合格。大学卒業後、「自由な人生と十分な成果」の両立を手助けするための企業コンサルティング、学習塾のカリキュラム開発を行う。著書に『見えないときに、見る力。:視点が変わる打開の思考法』『賢さをつくる:頭はよくなる。よくなりたければ。』『賢者の勉強技術:短時間で成果を上げる「楽しく学ぶ子」の育て方 』(共にCCCメディアハウス)がある。
『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』
谷川祐基[著]
CCCメディアハウス[刊]
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ニューズウィーク日本版ウェブ編集部