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なぜ「経営理念」だけでは稼げないのか?...仕事は「中間システム」の具体化がカギだった

ニューズウィーク日本版 2023年11月11日 9時22分

<現場がよく回り、経営理念を体現できている職場の要は「中間システム」にある。では、そのシステムはどのようにつくることができるのか?>

いま、ビジネスで有効だと言われているのが「具体と抽象」という概念だ。企業コンサルタントの谷川祐基氏は「具体化と抽象化だけで、仕事の10割はうまくいく」と言う。それはなぜか?

社内コミュニケーション、会議、トラブル、仕事への情熱など、仕事上の課題をすべて「具体と抽象」で解決する、新刊『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』(CCCメディアハウス)より一部抜粋する。

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経営理念は現場に伝わらないという前提に立つ

理念や価値観を誤解なく共有できる範囲は、せいぜい10人前後と言われる。小学校のクラスを思い出して欲しい。

仲のいい、気のおけない友達というのは、せいぜい10人ぐらいのグループにしかならない。40人のクラス全員が一丸となって協力し合うようにするのは至難の技である。

一応、有能なリーダーは100人ぐらいの組織に熱い想いを直接伝えることができるとされており、私もその実例を見たことはあるが、それはかなりのレアケースであり、超人的な能力を持つリーダーだけがなせる技だろう。

従業員が何千人何万人もいるような大企業であれば、全員で理念や価値観を共有することは不可能と言ってよい。

それでは、経営理念を作る目的、そして経営理念が機能する仕組みとはいったい何なのだろうか? その答えは、やはり《具体》と《抽象》にある。

本書で描いた組織図(図2)では、いちばん抽象側に「リーダー」がいて、いちばん具体側に「プレイヤー」がいた。そしてその中間には「マネージャー」がいた。

図2『 仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』 24頁

もちろん現実の組織はこのように単純でなく、階層はもっと複雑で細分化されている。階層の境界も曖昧で、どちらに属するか不明瞭な役職も多い。

しかし、あらゆる組織に共通することがある。それは組織内に、「いちばん抽象側の点」「いちばん具体側の点」そして、「その中間」が必ずあるということだ。経営理念の機能についても、必ずこの3つに注目しなければならない。

現場は経営理念ではなく「中間システム」に従う

あなたがもし現場で働いている「プレイヤー」なら、毎日の仕事の中で「社長」や「経営者」の存在を意識することは少ないだろう。

従業員何千人の大企業であれば、「社長になんて会ったこともない」という人もたくさんいる。毎日意識することがあるとすれば、「直属の上司」の存在である。

同様に、「プレイヤー」が「経営理念」を見て仕事をすることは少ない。その存在さえ知らない「プレイヤー」もたくさんいる。

では何を見て仕事をしているかというと、その部署の「方針」「マニュアル」「制度」などである。出版社の編集部ならば「編集方針」や「編集マニュアル」などがあり、編集者(プレイヤー)は基本的にそれらに従って仕事をしている。

あるいは、部署に限らなくても、たとえば「社内人事評価制度」という制度を見ながら「ああ、今季はもう1冊本を仕上げればボーナスがもらえそうだな」などと考えながら仕事をしている。

本書では、組織内に存在する「方針」「マニュアル」「制度」などをまとめて「中間システム」と呼ぶ。「中間システム」に該当するものは、「営業方針」「ブランド戦略」「人事制度・採用方針」「編集方針」「新商品開発マニュアル」など様々なシステムである。

当たり前のことながら、現場のプレイヤーたちは、良くも悪くも、経営理念を見ながら行動することはない。現場のプレイヤーたちが見ているのは、営業部員であれば「営業方針」、編集部員であれば「編集方針」というような「中間システム」である。

とはいえ中間システムの要は「経営理念」

現場のプレイヤーたちが見ているのは、「ブランド戦略」「人事制度」といった中間システムなのだが、ではその中間システムとは、どのように作って、どのように最適化すればよいのだろうか?

実は、この答えこそが「経営理念」である。たとえば人事評価制度を作ろうとした場合、どのような人物に高評価を与え、給料を上げたり昇進させたりすればいいのかが問題となる。

営業部員は、単純にたくさんの売上を稼いだ人が偉いのだろうか?
それとも、お客様アンケートで高評価をとった人が偉いのだろうか?
新規開拓したお客様からの売上と、長年の上得意からの売上は同じ評価でよいのだろうか?
売上を稼ぎさえすれば、詐欺すれすれの営業トークは許されるのだろうか?
そうではなくて、内外に対し誠実さを持つ人を評価すべきなのだろうか?......。

営業部の人事評価制度を作るにはこれらの問いに答えなければいけないが、どれだけ探しても、絶対的な正解は見つからない。

好調な大企業のマネをしてもうまくいかない。すべての企業は業種・業態・ビジネスモデル・歴史・企業風土などがそれぞれ違うため、最適な中間システムもまたそれぞれ違うのだ。そして、中間システムを作るにあたって立ち戻るべき指針が「経営理念」である。

売上が大切か、信頼が大切か。その判断はケースバイケースだが、経営理念に「私たちは、お客様との信頼関係を大切にします」とあれば、やはり信頼が大切だ。営業方針を作るにしろ、人事評価制度を作るにしろ、お客様との信頼関係をベースに考える必要があることが分かる。(図4)

図4 『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』 149頁

経営理念の実現とは中間システムの「具体化」

逆に言えば、経営理念とは、中間システムに具体化しない限り実現されない。「お客様との信頼関係を大切にします」という経営理念は、「営業方針」「ブランド戦略」「人事評価制度」などに具体化されて初めて実現される。

結局のところ、経営理念が必要な理由は「社員の意識を統一するため」というような抽象的なものではない。「経営理念なしでは、営業方針もブランド戦略も人事制度も作れない」という非常に実用的な理由なのだ。

経営理念はまた、中間システムに安定性を与える。もしも何かしら中間システムが不明瞭になったとき、あるいは機能していないと感じられたとき、経営理念に立ち戻ることができるからだ。

経営理念は「抽象的」で役に立たないのか?

あなたが出版社の編集者であると仮定しよう。上司からは新刊の企画を立てるように言われている。しかしその指示は、「面白くて売れる企画を立ててよ」ということで、いまいち不明瞭だ。ここでは、どのような企画を考えるべきなのだろうか?

もし小説を出版するならば、一般的に、芸術性の高い純文学よりも、エンターテインメント性の高い大衆小説のほうがたくさん売れるとされている。「面白くて売れる」ことを考えるなら、純文学より大衆小説を選ぶべきだろう。

しかし、ここで立ち戻るべきは経営理念である。もし経営理念に「当社の設立目的は、大衆に娯楽を与え熱狂させることである」とあるならば、もちろん大衆が熱狂するようなエンターテインメント小説を企画すべきだ。

もし、そうではなくて「当社の設立目的は、芸術性ある文学を世に広めることである」とあったらどうだろうか?

この場合、上司の指示と経営理念を照らし合わせると、たとえば「芸術性ある文学をなんとか面白くして大衆に受けるようにする」というものが企画の軸になる。

もしこの軸に不自然さを感じるなら、もしかして編集方針(中間システム)と経営理念が噛み合っていないのかもしれない。編集方針がおかしいなら、編集方針を修正する必要がある。あるいは、経営理念が時代に合っていないと言うならば、経営理念のほうを修正する必要があるかもしれない。

いずれにしろ、編集方針という中間システムと経営理念を照らし合わせることで、中間システムは明確になり、洗練されていくのである。

「経営理念というものは抽象的すぎて役に立たない」と思っている人は多い。確かに経営理念単体では抽象的すぎて役に立たないのだが、具体的な中間システムとの関係に目を向けることで、その実用性が分かってくるだろう。

谷川祐基(たにかわ・ゆうき)
日本教育政策研究所代表取締役。1980年生まれ。愛知県立旭丘高校卒。東京大学農学部緑地環境学専修卒。小学校から独自の学習メソッドを構築し、塾には一切通わずに高校3年生の秋から受験勉強を始め、東京大学理科Ⅰ類に現役合格。大学卒業後、「自由な人生と十分な成果」の両立を手助けするための企業コンサルティング、学習塾のカリキュラム開発を行う。著書に『見えないときに、見る力。:視点が変わる打開の思考法』『賢さをつくる:頭はよくなる。よくなりたければ。』『賢者の勉強技術:短時間で成果を上げる「楽しく学ぶ子」の育て方 』(共にCCCメディアハウス)がある。

『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネス10割解決する。』
  谷川祐基[著]
  CCCメディアハウス[刊]

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ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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