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また撃破!ウクライナにとってロシア黒海艦隊が最重要の敵である理由

ニューズウィーク日本版 2023年11月8日 17時54分

<海軍力で圧倒的に劣るウクライナ軍が、ロシア軍の誇る黒海艦隊にまた大きなダメージを与えることに成功した。だが黒海に面した食料積み出し港をロシアに封鎖されているウクライナにとって、黒海艦隊は依然として大きな問題だ>

<動画>黒海艦隊、ゲリラ攻撃に手も足も出ず

 

消耗戦と化したウクライナとの戦争において、ロシアの黒海艦隊は、たいした通常海軍力ももたない敵からの執拗な攻撃にさらされている。

ロシアによる本格的なウクライナ侵攻は、数の上で優位に立つ侵略側が繰り返し挫折を味わう物語となっている。世界最高水準とうたわれる恐るべき国産軍事技術で武装した侵略者が、小柄で機敏な敵を制圧できずにいるからだ。

まさにそれがあてはまるのが、クリミア半島に接する黒海だ。ロシアにとってこの戦争の重要な舞台であり、ウクライナによる手痛い打撃を受け続けている場所でもある。

ロシアが占領したクリミアの都市ケルチにあるザリブ造船所は11月4日、黒海艦隊にとって新たな屈辱の舞台となった。ロシア国防省によると、ウクライナはこの造船所に15発の巡航ミサイルを撃ち込み、うち13発は迎撃したが、残りの2発は船舶1隻に損傷を与えたという。国防省はどの船舶が、どの程度の被害を受けたかを明らかにしていない。

その点、ウクライナ空軍のミコラ・オレシュチュク司令官は率直だった。ウクライナのミサイルが「ロシア海軍の最も近代的な艦船のひとつ」に命中したとテレグラムに書き込んだ。損傷した艦船は、過去18カ月に渡ってウクライナの都市を恐怖に陥れてきたロシアの長距離巡航ミサイル「カリブル」を搭載可能な軍艦だったという。

最新鋭の軍艦が損傷?

オレシュチュクは、具体的にどの船が攻撃されたのかは明かさなかったが、ウクライナの戦略広報局は6日、標的となったのは、新型のカラクルト級コルベット艦「アスコルド」だったと報告した。同局はソーシャルメディアへの投稿で、この艦は「大きな被害を受け、修理は不可能かもしれない」としている。

アスコルドは、最大8発のカリブル巡航ミサイルを搭載可能な小型ミサイル母艦で、射程は2400キロを越える。黒海で試運転中であり、今年後半に黒海艦隊に加わる予定だったと報じられている。

元ウクライナ海軍大尉で、現在は防衛・ロジスティクス・コンサルタント会社ソナタの戦略コンサルタントを務めるアンドリー・リジェンコは、早々とアスコルドが標的となった船であると指摘した一人だ。

リジェンコは本誌に、アスコルドはロシアの比較的新しいプロジェクトであり、ウクライナの攻撃でひどく損傷したと語った。「おそらく、今年の12月に予定されていた黒海艦隊への就役は見送られ、修理が可能だとしても、数カ月から数年かかるだろう」と言う。

「衛星写真から、上部構造がひどく損傷していることが見て取れるし、おそらく船体にも損傷があるだろう」とリジェンコは付け加えた。

ザリブ造船所への攻撃は、増え続ける黒海艦隊の敗北リストに加わった新たな事件といえる。今年7月には、ロシアとクリミア半島を結ぶクリミア大橋がウクライナ海軍の無人偵察機によって2度目の攻撃を受けた。8月には、ロシア黒海艦隊の母港であるセバストポリ港とその東にあるノボロシスク港でロシア船舶と港湾インフラが標的となった。

 

そして9月、ウクライナの巡航ミサイルは、軍港セバストポリの乾ドックにいたロシアの揚陸艦とカリブル搭載可能な攻撃型潜水艦を破壊した。その数日後、クリミアの黒海艦隊司令部ビルも巡航ミサイルで破壊した。

カリブル搭載艦に対する一連の攻撃が行われたのは、ロシアが冬に予想される新たな爆撃作戦の準備を進めている最中だった。ロシアは2022年の冬と同じようにウクライナを凍えさせて服従させるために、ウクライナのエネルギー・インフラを標的にする作戦をとると予想されている。

ウクライナの国営エネルギー会社ナフトガスのオレクシー・チェルニショフCEOは9月、本誌の取材に対し、ウクライナは昨年よりも「準備が整っている」と語りつつも、冬という困難な課題に直面していると述べた。ロシアの巡航ミサイル対応艦船に損傷を与えれば、プレッシャーをいくらか和らげることができるだろう。

リジェンコも「特に冬を前に、ロシアのミサイル能力を軽減するうえで、ウクライナ軍は大きな成果をあげたと言えるだろう」と指摘した。

経済封鎖を突破する

ウクライナは、黒海艦隊の戦闘能力を奪うための幅広い戦略に着手している。度重なる海上攻撃の成功は、特殊部隊やドローンを使ったクリミア半島への着実な攻撃によって支えられており、ロシア占領地域の防衛網を削り取っている。

ウクライナの元国防相で、現在は国防省顧問を務めるアンドリー・ザゴロドニュクは9月、ウクライナにとって黒海艦隊を壊滅させることは必要不可欠だと本誌に語った。

「ロシアはウクライナを経済的に窒息させることを目標にしている。この状況から抜け出す唯一の方法は、黒海艦隊を破壊し、黒海の支配をめざすロシアの能力を破壊し、航行の自由を回復することだ」。

「私たちにできる唯一のことは、黒海艦隊を叩きのめし、この海域に新たな艦隊を投入しても、同じことが起きると思い知らせることだ」と、現在ウクライナのシンクタンク防衛戦略センターの会長を務めるザゴロドニュクは付け加えた。「他に選択肢はない。そして、完全に遂行できるまで、この選択肢を追求すべきだ」。

ロシアは依然として通常海軍力では黒海において圧倒的な優位を誇っており、ウクライナ南部の港を断続的に封鎖している。それは、ウクライナとウクライナの農産品を輸入している世界の国々にとって早急に解決を迫られる問題だ。とはいえ、ウクライナは型破りな攻撃作戦でロシアの軍艦の行動を抑制している。

ウクライナの無人機や2022年4月にモスクワ号を沈没させた対艦ミサイル「ネプチューン」による攻撃を恐れて、ロシアの艦船はウクライナの海岸線から約300キロ以内に近づかなくなっている。

 

また、最近のウクライナの攻撃を受けて、ロシアは最新鋭の資産の一部を母港から移し、その一部をアゾフ海に移設したという報道もある。

4日の攻撃について、ウクライナ大統領府のアンドリー・イェルマーク長官は、テレグラムにお祝いのメッセージを投稿し、こう述べた。「ロシア連邦の黒海艦隊がクリミアからいなくなることは、絶えず証明されている」

<動画>黒海艦隊、ゲリラ攻撃に手も足も出ず

 

<動画>黒海艦隊の新鋭艦ト「アスコルド」の無惨な船体
Footage of the Russian Askold Project 22800 Karakurt ship at the Zaliv shipyard struck by Ukrainian Storm Shadow / SCALP missiles on November 4. https://t.co/2bmADP6R9Bhttps://t.co/zY9FRXirPu pic.twitter.com/8TdlPVVLha— Rob Lee (@RALee85) November 7, 2023

 

デービッド・ブレナン

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