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イスラエルはパレスチナの迫害をやめよ

ニューズウィーク日本版 2023年11月8日 21時35分

<3000年来続く宗教対立という「物語」に思考停止させられてはならない。少なくとも建国以来、イスラエルはパレスチナから一方的に奪い続けてきた>

2023年10月、パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエル領内に侵入し、民間人や外国人を含む人々を1000人以上殺害し、少なくとも200人を人質にしたことを、きっかけに、イスラエルによるパレスチナへの攻撃が激しさを増している。ガザ地区に住むおよそ200万人の人々が、封鎖の強化によって食料や水、電気の供給を断たれ、空爆によって死んでいく。市街戦も本格化しそうな勢いだ。

この紛争を解説する日本のニュースや新聞記事では、聖書の記述に基づく「民族対立」を、両者の対立の根源に置くものがみられる。イスラエルとパレスチナは3000年前からこの土地をめぐって争ってきたというのだ。しかしその説明はとんでもない間違いであるばかりでなく、この非対称的な戦争の性格についてミスリードを招いてしまうだろう。

民族対立という「神話」

日本ではよく、イスラエルとパレスチナが対立している「背景」として、旧約聖書の記述を基にした民族対立の歴史が解説されることがある。たとえば10月29日の東京新聞の記事「ユダヤとパレスチナの『3000年』続く因縁」をはじめテレビや新聞など様々な媒体がそれを語っている。

いわゆる旧約聖書(ユダヤ教徒にとっては唯一の聖書)には、ペリシテ(=パレスチナ)人という民族が登場し、彼らはイスラエルの人々と土地を巡って争ったとされている。イスラエルの人々はペリシテ人を殺害し追い出して国を築くが、ローマ帝国によって四散する(ディアスポラ)。そして様々な迫害を受けたのち、およそ2000年後に故地に戻ってイスラエルを建国する。しかしそこで再びパレスチナ人と戦いになってしまう。これは古代から続く因縁なのだとされる。

こうした解説を聞くと、イスラエルとパレスチナの対立は克服しがたい宿命的な因果であり、どちらかが滅亡しない限り永遠に続くように思えてしまう。イスラエルの宗教的タカ派からすれば、イスラエルの土地は約束の地なのであり、パレスチナ人を追い出すことには正統性があるということになる。

しかし言うまでもなく、これは神話にすぎない。古代から中世にかけて、イスラエルの人々はずっと「民族」であったわけではない。当時ユダヤ人と呼ばれていた人たちは、ユダヤ教を信仰する人々のことを指していた。ユダヤ教コミュニティは入れ替わりがあり、血統としては様々な民族の血筋を引いている。イスラエル建国後にヘブライ語が日常言語として再建されるまで、各地のユダヤ人は同じ言葉を喋っていなかった。

潮目は19世紀のヨーロッパでナショナリズムに基づく国民国家が誕生し始めたことだ。それに触発されたドイツ系ユダヤ人の思想家モーゼス・ヘスやテオドール・ヘルツルによって、民族としてのユダヤ人はパレスチナの地に祖国を持つべきだという思想、つまり「シオニズム」が誕生する。しかし当時はシオニズムに反対し、ユダヤ人は各国において平等な地位を求めるべきだと考える当事者も多かった。また祖国を持つとしても、その場所はパレスチナではなくてもよいという考えもあった。

第二次世界大戦後、パレスチナの地にユダヤ人が多数入植し、イスラエルが建国されたのは、歴史的運命なのではなく、シオニズムという思想の産物なのだ。また、それを後押ししたのは、第一次世界大戦によるオスマン帝国の衰退と、イギリスがイスラエル建設の口約束をしたこと、またナチ・ドイツのホロコーストによってヨーロッパのユダヤ系コミュニティがリセットされてしまったことなど、様々な歴史的偶然によるものだ。

歴史はひとりでに動かない

このような経緯を無視して、イスラエルとパレスチナの対立を聖書の時代から続く因縁と理解してしまうと、この対立は根源的なものなので解決は不可能だという錯覚を招き、少なくとも日本人のような外野が簡単に口を出してはいけないのだと考え、目の前で行われている悲劇に無関心になってしまう恐れがある。

世界である事件が起こったときに、その背景を知るために歴史を紐解くことは必要だ。しかし歴史を、それぞれの時代の人々の営みを無視して、あたかもひとりでに進行するような運命として理解してはいけない。

これは、イスラエルのパレスチナ迫害を批判する側にもいえる。たとえば、「ハザール起源説」という学説がある。現在イスラエルに住む人々の直接の起源は、今から1000年ほど前にコーカサス地域にあったハザールという国の人々であり、従って現在のパレスチナ地域に住む正当性はない、というもので、古くはユダヤ人作家アーサー・ケストラー、近年ではイスラエルの歴史家ジェロモー・ザンドらによって広められた。

ハザール起源説は歴史学的には受け入れられている学説ではない。しかもこの説は「ユダヤ人の世界支配」を主張するようなユダヤ陰謀論と結びついてきた。にも拘わらずイスラエルの正統性を否定したいがあまり、この説に飛びつくパレスチナ支援者がいるのだ。これも、イスラエルの蛮行を非難するためには歴史的に根拠を求めなければならないという先入観に基づくものだろう。

そもそも国家の存立に正統性を与える物語などというものは基本的に嘘っぱちでしかない。ヤマト政権の支配に正統性を与える日本神話も、先住民が住んでいた土地を神から与えられた新天地として捉えるアメリカ建国神話も似たようなものだ。そうした物語を真面目に尊重する必要はないし、躍起になって反論する必要もない。

パレスチナは譲歩した

では、どこから始めればいいのか。パレスチナ人の思想家エドワード・サイードの諸著作を読んでも分かるように、1948年のイスラエル建国以降、パレスチナ人はイスラエルによって土地や権利を奪われてきた。イスラエルは周辺諸国と4度の中東戦争を戦うが、対パレスチナ関係でいえば、イスラエルは一貫して奪う側であった。1993年のパレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)は、1947年の国連によるパレスチナ分割案に比べると、パレスチナ側が多くの犠牲を払って結ばれたものだった。サイードはこの合意を欺瞞的だと批判している。

しかしそのイスラエル有利な暫定自治協定でさえイスラエルは守ろうとはしなかった。ヨルダン川西岸地区に入植地をつくり、ガザ地区を引き続き占領下においた。2000年には当時国防相だったアリエル・シャロンがエルサレムにあるユダヤ教の聖地「神殿の丘」を訪問するが、そこにはイスラム教の聖地「岩のドーム」もあり、パレスチナをあからさまに挑発する行為だった。穏健派ファタハはこの状況に何もできず支持を失い、シャロンの行為をきっかけの一つとして発生したパレスチナの民衆蜂起を主導したハマスが、2006年にパレスチナの民主的な選挙で勝利する。しかしこのハマスの台頭を許さなかったイスラエルが行ったのが、2007年以降のガザ封鎖であり、そこに住むパレスチナ人を圧迫し続けてきて現在に至る。

つまり、この問題はイスラエルとパレスチナの歴史的な「対立」ではなく、イスラエルによるパレスチナの「迫害」なのだ。ハマスのテロは迫害に対するリアクションであり、迫害が終わらない限り住民によって支持され続ける。逆にいえばこの地に平和をもたらすにはイスラエルが迫害をやめるしかない。どうすればイスラエルは迫害をやめるのか。3000年の歴史を解きほぐすことによってではない。国際社会の圧力によるしかないのだ。



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