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「50年ぶり」にアメリカからパンダがいなくなる...中国「パンダ外交」の歴史的転換は何を物語るか

ニューズウィーク日本版 2023年11月9日 17時43分

<米スミソニアン国立動物園の3頭のパンダが間もなく中国に帰国し、アングロサクソン系の米英豪3カ国からパンダがいなくなる>

[ロンドン発]米ワシントンのスミソニアン国立動物園の人気者だった3頭のパンダ、メイション(25歳)とティエンティエン(26歳)、シャオチージー(3歳)が12月7日までという当初予定より早い11月15日までに中国に帰国することになった。3頭に別れを告げようと多くのパンダファンが集まってきているという。

米NBCニュース(11月5日付)によると、メイションとティエンティエン、シャオチージーが去ったあと、米国ではアトランタ動物園がパンダのいる唯一の動物園となる。しかし、アトランタ動物園でも4頭のパンダの貸与契約が来年で切れるため、1972年以来初めて米国からパンダがいなくなる恐れが出てきたと報じている。

英国でもスコットランドのエディンバラ動物園にいる唯一のパンダのペア、ヤングアン、ティアンティアンも年内に中国に戻るため、50年以上ぶりに英国ではパンダが見られなくなる。オーストラリアでもアデレード動物園の2頭のパンダの貸与契約が来年で切れるため、現在、中国と契約期間の延長を交渉中だ。

来年にはアングロサクソン系の米英豪3カ国からパンダが消えてしまうかもしれない。米国と同盟国は貿易、テクノロジー、人権、法の支配、台湾問題で中国と対立している。中でも米英豪は21年、3カ国安全保障パートナーシップ「AUKUS」を発表、オーストラリア海軍の原潜取得やサイバー能力、人工知能、量子技術での協力をぶち上げ、中国を激怒させた。

米議員「米国生まれのパンダが米国に留まる自由を」

スミソニアン国立動物園のメイションとティエンティエンは00年に10年契約でやって来た。10年以降3回、貸与契約は更新され、シャオチージーは人工授精で20年に誕生した。野生のパンダは推定1800頭、さらに600頭が世界中で飼育されており、海外の動物園は中国にパンダのレンタル料を支払っている。

今春、米テネシー州のメンフィス動物園から20年間飼育されていたパンダのヤヤが中国に戻される際、遺伝的な皮膚疾患による毛並みの悪さや痩せているように見えることに対して「虐待の証拠だ」と中国のソーシャルメディア上で非難の声が上がった。2月に24歳のレレが死んだことも中国ネチズンの愛国主義に火をつけた。

一方、ナンシー・メイス米下院議員(共和党)は昨年、米国で生まれたパンダが中国に返還されるのを阻止する法案を提出した。「ソフトパワー外交で中国共産党に対抗する一撃を放つ時が来た。中国共産党はパンダを1頭50万ドル(上野動物園は2頭で年95万ドル)で外国に貸与してきたが、米国生まれのパンダが米国に留まる自由を認めよう」と訴えた。

ロシアと中国の国交70年を迎えた19年、習近平国家主席はモスクワを訪れ、ウラジーミル・プーチン大統領にパンダ2頭を贈った。両首脳はモスクワ動物園のパンダパビリオンの開所式に出席、プーチンは「パンダの話になると私たちはいつも笑顔になる。パンダは中国の国家的シンボルで、私たちは友好のジェスチャーに大変感謝している」と礼を述べた。

環球時報「米国の政治エリートは視野が狭い」

中国共産党系「人民日報」傘下の「環球時報」英語版(11月7日付)は「米国の政治エリートはパンダに関して一般大衆よりはるかに視野が狭い」という社説を掲げた。「米国世論はこのデリケートな問題を取り上げ、1972年以来初めて米国でパンダが見られなくなる可能性があると驚きをもって報じた」と伝えている。

「一部の米メディアは反射的に『政治的要因によるものだ。中国は欧米の複数の動物園からパンダを徐々に引き揚げようとしているようだ』と主張している。中国がもはや米国主導の西側諸国に対して友好的でなくなっているという虚偽のシナリオを広げ、『中国はより閉鎖的になっている』という世論を作り上るセンセーショナリズムだ」

環球時報によると、スミソニアン国立動物園に貸与されていたメイションとティエンティエンは加齢に伴う健康問題に直面している。もはや海外で暮らすには適さない。この2頭にとって米国での23年間はすでに相当長い期間である。彼らの生息地に戻ることがより良い選択であることは明らかだという。

「パンダは中米友好協力の『イメージ大使』であり、中米両国民をつなぐ架け橋だ。これはこれまでもこれからも変わることはない。ここ数年、一部のパンダは貸与契約が終了し、中国に戻ったが、他のパンダは貸与契約が延長された。貸与基準はそれぞれのパンダの幸福を保証するために設けられており、契約更新は主に技術的な問題だ」と環球時報は説明する。

パンダ外交の始まりは日中戦争

中国の「パンダ外交」は日中戦争期、中国国民党指導者、蒋介石の妻、宋美齢が米国に2頭を贈ったのが始まり。対米宣伝工作を担当する宋美齢は、パンダ贈呈で中国のイメージアップを図り、米国を味方につけるのが目的だった。自然保護の英専門家ポール・ジェプソン博士らがパンダ贈呈について分析した結果、08年の四川省大地震後までで3期に分類できた。

(1)1937~83年、日中戦争と冷戦
蒋介石時代に続いて中国共産党の毛沢東時代も戦略的な関係を強化するため57年、ソ連にパンダを贈呈。北朝鮮にも贈られている。リチャード・ニクソン米大統領(当時)の電撃訪中に合わせて72年、シンシンとリンリンがスミソニアン国立動物園に贈呈された。日本でもカンカン、ランランが空前のパンダブームを巻き起こす。

(2)84~2007年、鄧小平の開放政策
1984年、絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)でパンダは附属書1(今すでに絶滅する危険性がある生き物)に格上げされ、基本的に商業目的の取引は禁止される。パンダの貸与を開始。鄧小平が開放政策を進めたため、パンダ外交も地政学重視から市場としての重要性に軸足を移す。

(3)2008年~四川大地震後
四川大地震でパンダの生息地の5.9%が破壊され、67%が影響を受けたため、パンダ外交の対象も絞られる。

ジェプソン博士によると、パンダ外交の第3期は自由貿易協定(FTA)で合意しているか、価値ある資源や技術を中国に提供している国に限定されている。大切なポイントは現在、何頭いるかではなく、パンダがどれだけ中国からやって来たり、帰国したりしているかだという。

ジェプソン博士は中国語で互いに利益を享受できる関係を意味する「グァンシー」に注目する。10年には米国生まれのパンダ2頭が送還されたが、その直前、バラク・オバマ米大統領(当時)はチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と会談すれば対中関係を損なうと警告されていた。

パンダが中国に送還されたり、待てど暮らせどやって来なかったりする背景にはグァンシーの問題もあるようだ。しかし米中対立が深まる中でパンダ外交も新たな第4期に入ったのかもしれない。



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