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対馬から「盗まれた仏像」、所有権はどこへ? 韓国大法院の最終判断とは

ニューズウィーク日本版 2023年11月16日 19時40分

<韓国大法院は、対馬の観音寺から盗まれた仏像の観音寺の所有権を認め、瑞山市浮石寺の上告を棄却。仏像は返還が決定した。一方で、日本から返還された高麗時代の螺鈿箱は韓国で検証され、文化財としての価値が再確認された......>

韓国大法院が10月26日、対馬の観音寺から盗まれた仏像の所有権を主張する忠清南道・瑞山市の浮石寺の上告を棄却した。これにより仏像の対馬への返還が確定した。

2012年10月、韓国の窃盗団が観音寺の金剛観音菩薩坐像や海神神社の銅造如来立像などを盗んで韓国に持ち込んだ。銅造如来立像は2015年7月に返還されたが、観音菩薩坐像は、瑞山の浮石寺が所有権を主張して引き渡しを求める訴訟を提起したことから返還が見送られた。

裁判所の判断と論争

一審では、原告である浮石寺と700年前の浮石寺の同一性が争点になった。坐像の遺物から1330年頃、瑞州の浮石寺に奉納されたと読み取れる文が見つかっていたが、瑞州の浮石寺と現在の浮石寺が同一でないなら原告は所有権どころか訴える権利もない。浮石寺は同一だと主張し、また、仏像は倭寇に略奪されたと論述した。

検察は700年前の浮石寺と現在の浮石寺の同一性が立証できず、略奪も立証できないと反論したが、大田地裁は原告の主張を認める判決を下した。

浮石寺に引き渡して毀損が進むことを危惧した検察は控訴と同時に「金銅観音菩薩坐像仮執行引き渡し強制執行停止申請」を提出。坐像は国立文化財研究院の収蔵庫に保管されることになる。

二審で検察は取得時効を主張した。参考人として出廷した観音寺の田中住職も1527年ごろ日本人僧侶が観音菩薩坐像を対馬に持ち込んでから窃盗に遭うまで保管していたと陳述した。

大田高裁は観音寺が法人化した1953年から盗難に遭った2012年まで60年間の占有による取得時効を認める判決を下し、瑞州の浮石寺と現在の浮石寺の同一性は認められないとした。

大法院は、観音寺の取得時効を認めて上告を棄却したが、瑞州の浮石寺と現在の浮石寺は同一だと判断した。

浮石寺の同一性を否定した二審判決から最終審まで8か月弱と考えると、同一性を示す証拠が見つかった可能性は小さく、大法院が浮石寺に配慮したとも考えられる。少なくとも浮石寺は司法から700年続く古刹というお墨付きを得たことになる。

地方議会の反応と政府の立場

大法院判決から4日後の10月30日、忠清南道瑞山市議会は記者会見を行って「大法院は現在の浮石寺と高麗時代の瑞州浮石寺は同じ権利主体で、倭寇による略奪も認めながら観音寺の時効取得が完成という恥ずかしい判決を下した」「盗難文化財に取得時効を認めるのは話にならない反歴史的判決だ」と判決を批判した。

一方、韓国政府は大法院の判決を尊重する立場を明らかにしている。まずは韓国検察が押収物処分の手続きを行い、外交当局が仏像を保管している国立文化財研究院や日本側と返還時期や返還方法などを協議した後、日本の文化庁と在韓日本大使館、観音寺の関係者らが国立文化財研究院で仏像を確認して移送するとみられている。

高麗時代の螺鈿箱と文化財返還問題

対馬観音寺の仏像は返還が決まったが、今年9月、日本から韓国に返還された遺物がある。高麗時代の「螺鈿箱」だ。

蓋と本体、中箱で構成された横33センチ、縦18.5センチ、高さ19.4センチの螺鈿箱で、高麗螺鈿漆器の代表的な紋様である菊唐草文や牡丹唐草文など4万5000もの螺鈿で覆われている。

崔応天(チェ・ウンチョン)文化財庁長が記者懇談会で「高麗螺鈿漆器の全盛期である13世紀の典型的な技法が総動員された作品」と説明し、「目を疑うほど完璧な状態で残っていた」と興奮気味に話したという。

写真:韓国文化財庁・国外所在文化財財団

文化財の検証と今後の課題

螺鈿箱は100年以上受け継いできた個人所蔵家が2020年、古美術商に売却して存在が明らかになり、その情報を得た韓国国外の文化財財団職員と専門家が昨年、現物を見るため来日した。
世界中で存在が確認されている高麗時代の螺鈿漆器は20点ほどで、10年前まで韓国には1点しかなく、2014年に韓国国立博物館会が京都の骨董商から「高麗螺鈿経函」を購入し、2019年に韓国文化財財団が日本の個人所有者から「螺鈿菊花唐草文盒」を買い取って3点となった。

文化財財団は存在が知られていなかった高麗漆器の螺鈿箱に半信半疑だったが、2時間以上に亘って現物を見た専門家らは本物なら買い取らなければならないと口を揃えたという。

日本の博物館や文化財研究所で検証しようにも所有者が秘密裏に進めることを望んだことから韓国内で検証するしかなく、交渉を重ねて今年5月、貸与契約を締結した。財団は数回、所有者を訪ねて説得したという。検証の結果、貴重な遺物であることを確認した財団が買い取り、韓国内の高麗螺鈿は4つとなった。

検証のためとはいえ貸与した遺物が戻ってこない危惧がある。対馬から盗まれた仏像の返還を命じた高裁が、略奪文化財は取り戻すべきだが、現行法上、返還せざると得ないと述べるなど、韓国当局の対馬の仏像への対応が貸与契約に一役買った可能性は否めない。

高麗時代の仏像を日本に返還する韓国は、希少な高麗時代の螺鈿箱を回収した。浮石寺は不服だろうが、文化財庁と螺鈿箱を保存する博物館は喜びを隠せないようだ。



佐々木和義

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