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イスラエル・ハマス戦争を巡る「西側社会のジレンマ」が物語る、歴史の転換点

ニューズウィーク日本版 2023年11月14日 19時15分

<反移民・反難民の過激な発言で知られる英ブラバーマン内相が解任され、キャメロン元首相が外相に任命されたサプライズ人事の意味とは>

[ロンドン発]イスラエル・ハマス戦争や移民・難民、ホームレスを巡る問題で過激な発言を繰り返してきた英国のスエラ・ブラバーマン内相が11月13日、リシ・スナク首相によって解任された。この人事に伴い、欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票でカオスの入り口を開いたデービッド・キャメロン元首相が外相に任命され、驚きを広げた。

党内に欧州懐疑派を抱える与党・保守党の混乱が始まったのは2015年総選挙でキャメロン氏(当時首相)が思わぬ過半数(定数650)の330議席を獲得したのが発端だ。10年に連立を組んだ自由民主党との計363議席に比べると、党内の造反で主要法案が通らなくなる恐れが膨らみ、キャメロン氏はEU国民投票の実施に追い込まれる。

それ以来、保守党だけでなく、英国政治はブラバーマン氏が議長を務めたことがある欧州懐疑派の「欧州研究グループ」に鼻面を引き回されてきた。ドイツの新興極右政党「ドイツのための選択肢」が欧州単一通貨ユーロへの疑念から反移民・反難民の極右路線に舵を切ったように、英国保守党も議会主権の復権から反移民・反難民へと同じ道を進んできた。

EU離脱で保守党から中道右派のEU残留派はほぼ一掃された。EU残留派で「英中黄金時代」の立役者キャメロン氏の外相就任はスナク首相の下で進むEU離脱の見直しのほか、ドナルド・トランプ前米大統領に引きずられて始まった対中対決路線の修正という複雑なメッセージを内包する。英国はイスラエル・ハマス戦争の停戦に動く布石のようにも感じる。

英国の衰退という自己認識を欠く政治家たち

キャメロン氏の外相就任というサプライズ人事でブラバーマン氏解任というバッド・ニュースの目先を変えることにスナク首相が成功したのは間違いない。「欧州研究グループ」は英国の衰退という自己認識を欠く尊大な政治家の集まりで、07年から英国政治をウオッチしている筆者には故水木しげる氏の漫画『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる西洋妖怪軍団そのものだった。

その中でもブラバーマン氏の恐ろしさは突出している。語録を振り返っておこう。「労働党、自由民主党、カオス連合、(左派系の英紙)ガーディアンを読み、豆腐を食べる覚醒した人々、あえて言えば反成長連合が道路交通網を混乱させた」(市民生活に深刻な影響を与えた環境保護主義者の過激な抗議運動について)

「英国の街頭がライフスタイルの選択として路上で生活する人々(その多くは外国から来た人々)に占拠されたテントの列によって占拠されることは許されない。今すぐ介入しない限り、英国の都市はサンフランシスコやロサンゼルスのような米国の都市と同じ道をたどる。英国では誰も路上でテント生活をしてはならない」(ホームレスについて)

「労働党が(不法移民の権利を守る)英国の人権法を "犯罪者権利法 "と呼ばなかったことに驚く。世界を再構築する重要な要因の一つは前例のない大移動だ。20世紀に私の両親を世界に運んだ変化の風はこれからやってくるハリケーンに比べればほんの突風にすぎない。さらに何百万人もの移民が英国の海岸にやって来る可能性がある」(移民・難民について)

「彼女は単に国民の多くが思っていることを言っただけ」

ロンドン生まれのブラバーマン氏は1960年代にモーリシャスとケニアから英国に渡ったインド系移民の娘である。インドから大英帝国の植民地へ、そして英国へと二度にわたる移住を経験した「二度移民」の家系には英国人以上に英国人らしく振る舞う人がいる。英紙タイムズは「彼女は単に国民の多くが思っていることを言っただけ」との擁護論を紹介している。

同紙によると、ブラバーマン氏はソルボンヌ大学で修士号を取得し、パリの左岸に住み、ジャズを聴き、詩を読み、文化的な目覚めを経験したという。地元選挙区の保守党地方議員は「彼女は本当に温かく、愛情深い女性だ。多くの住民は彼女の描かれ方に腹を立てている」と証言している。

ブラバーマン氏はEU離脱派の中でも「スパルタン」と呼ばれる強硬派。夫はユダヤ人で、ユダヤ人の多い地域に住んでいたことからユダヤ人コミュニティーと強いつながりを持つ。親パレスチナ派が即時停戦を求める抗議デモで「川から海へ」を唱和したため、ブラバーマン氏は「イスラエルの破壊を求める反ユダヤ主義。デモは嫌悪だ」と過激に反応した。

「川から海まで」とはヨルダン川から地中海までを指し、イスラエルも含まれるため、親イスラエル派は「イスラエルの破壊を呼びかける反ユダヤ主義」と猛反発している。第一次大戦休戦記念日の11月11日、戦没者を追悼するため官庁街のセノタフ(慰霊碑)に集まったのは数百人だったのに対して親パレスチナ派の停戦デモは30万人という広がりを見せた。

第一次大戦休戦記念日の追悼集会に集まったのはわずか数百人だった(同)

「警察上層部は親パレスチナ派を依怙贔屓している」

スナク首相はブラバーマン氏の過激な発言とは一線と画す一方で、EU強硬離脱派の動きを封じ込めるため彼女を重要閣僚に据え置いてきた。しかし首相官邸の了解を取らずに「警察上層部は(親パレスチナ派の)デモ参加者を依怙贔屓している」と題してタイムズ紙(11月8日付)に寄稿したことが命取りになった。

「10月7日にナチス以来最悪のユダヤ人大虐殺が起きた。英国の治安を試しているのはユダヤ人コミュニティーの追悼集会ではない。何万人もの怒れるデモ隊を動員している親パレスチナ運動だ。テロリストが美化され、イスラエルがナチスとして悪者にされ、ユダヤ人がさらなる虐殺の脅威にさらされていることを私たちはこの目で見てきた」(ブラバーマン氏)

「これらの行進が単にパレスチナ自治区ガザへの支援を求めるものだとは思わない。攻撃的な行動をとる右翼や民族主義者のデモ参加者には厳しい対応をとるのに、同じような行動をとる親パレスチナ派の暴徒は明らかに法律を破っていても見逃されるのか。国民は嫌悪の表明、ルール違反、無秩序に対して断固とした積極的なアプローチを期待している」(同)

筆者は親イスラエルでも親パレスチナでもない。第一次大戦休戦記念日のセレモニーと親パレスチナの即時停戦を求めるデモを取材して旧支配者と旧被支配者、旧宗主国と旧植民地国、西側諸国とそれ以外、持てる者と持たざる者の対立と歴史の転換点を痛感せざるを得なかった。解任でブラバーマン氏の主張はさらに過激さを増す恐れがある。

中道右派への回帰を意味するキャメロン氏の外相任命がその毒消しになるとは到底思えない。英国社会は歩み寄るより、ますます分断している。ガザを実効支配するイスラム武装組織ハマスへのイスラエルの徹底的な報復と夥しい流血、英国のイスラエル寄り外交が新たなテロの引き金にならないか不安になる。



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