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イスラエル・ハマス戦争の背後に見えるアメリカの没落

ニューズウィーク日本版 2023年11月14日 21時0分

<日本はイスラエルの「過剰報復」を容認しない良識的な立場を取るべき>

ガザ地区へと地上侵攻を進めるイスラエルの動向に世界の注目が集まっている。事と次第によっては中東戦争の勃発につながるかもしれない状況である。10月7日、ガザ地区を事実上支配下に置いているハマスによるテロ攻撃により、イスラエル人約1400人が死亡し、しかも、民間人200人以上を人質に取ったことからすべては始まった。

現在イスラエル軍はガザ地区を封鎖したまま、北部地域に軍を進めており、ガザ地区の再占領を試みているように見える。歴史的にはガザ地区は、第二次大戦後の1948年にイスラエルが建国されたときにパレスチナ南部の住民が避難した地域であり、当時はエジプト軍が管理していた地域である。1967年の第三次中東戦争でイスラエルがガザ地区を占領したが、2005年にイスラエルが撤退した経緯がある。

ハマスのテロ攻撃に対してイスラエル側が憤るのは理解できる。しかし、イスラエル側は報復措置として、苛烈な爆撃を繰り返すことで、ガザ地区では11月7日時点で1万人以上のパレスチナ人が殺されたと発表されている。さらに被害者は増え続けている上、ガザ地区が封鎖されているため、一般市民の生活が脅かされている状況である。そのため、イスラエルの行動は、国際法違反であり、人道上許されないとの世論が世界中で高まっている。

そんな中、アメリカはイスラエルの「自衛権」を支持するとの立場をとっており、イスラエル支持の姿勢を崩していない。それどころか、事案勃発後、速やかに東地中海への一個空母打撃群の派遣を決定した。これは、中東のシリアやイランといったイスラエルに敵対的な国に対する強い牽制となる。政治的にのみならず軍事的にもイスラエルを援護しようという構えを見せているのだ。

ただ、バイデン政権は、イスラエルを支持すると明確にしたものの、ガザ地区における人道状況の悪化を無視するわけにはいかなくなっており、10月25日の国連安保理では、人道目的での「戦闘の一時的な停止」を求める決議案をアメリカが提出したが、中露の拒否権により否決された。一方のロシアや中国は一時的な停止では不十分であるとし、ロシアは「即時停戦」を求める決議案を提出したが、これも米英の拒否権などによって否決されている。決議案の採択にあたって、アメリカは、ハマス非難とイスラエルの「自衛権」の明記がなされなかったことを拒否権発動の理由として強調している。

どこまでが「自衛権の行使」か

国際政治の世界で今回の事案が突きつけた大きな問題は、どこまでが「自衛権の行使」として認められるのかという点につきる。アメリカはイスラエルの行動を自衛権の行使として正当化しているが、本当に自衛権の行使の範囲内の行動なのだろうか。

イスラエルによる空爆はむしろ、ハマスによる10月7日のテロ行為に対する「報復行動」として捉えるべきものである。報復と自衛とは見かけは非常によく似ている。つまり、相手側の攻撃に対する「反撃」という形をとる。最も大きな違いは、自衛にはその定義上一定の限度が想定されるが、報復は国民感情が大きく反映されるため、過剰な「反撃」となり得るという点であろう。イスラエル人約1400名の犠牲者に対し、パレスチナ人10000人超(現時点)というのは、自衛というにはバランスを欠きすぎており、報復としてさえやりすぎと言わざるを得ないが、こうした反撃の過剰こそが、報復「感情」の支配を如実に示している。

例えば日本では、集団的自衛権に基づく武力行使に際しては、武力攻撃事態や存立危機事態が発生することが要件となっている。存立危機事態の3要件は、(1)日本に対する武力攻撃が発生したこと、又は 同盟国などに対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされること (2)これを排除し、国を守るために他に適当な手段がないこと (3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこととされている。

思考実験としてこの3要件を今回の事態に当てはめてみよう。そうすると、仮にイスラエルが主張するように、ハマスによるテロ攻撃によりイスラエルの存立が脅かされたことを認めるとしても、イスラエルの無差別攻撃が「適当な手段」かどうか、「必要最小限度」かどうかには大いに疑問が残る。

こうしたイスラエルの行動を理解する鍵は、ローマ帝国の時代から延々と続くユダヤ人がたどってきた長い亡国の歴史にある。イスラエルにとって、ようやく手に入れた現在のイスラエル国家の存続は、我々には理解の及ばないセンシティブかつクリティカルな問題であり、国際社会の反応はおろか、国際法をも凌駕する「超法規的」問題なのである。

そして、周辺をイスラム諸国に囲まれたイスラエルにとって、中東という地政空間の覇権を握ることが最も確実な生存権となっている。もし、この地域で現在イスラエルが有している優越的地位を失えば、現実問題としてイスラエル国家は消滅してなくなるだろう。地域の覇権を握ることが難しいとしても、周辺のイスラム諸国との間で安定した均衡を維持しなければならないのである。これがイスラエルの置かれている地政学的現実である。

しかし、忘れてはならないのは、イスラエルの優位は、中東におけるアメリカのプレゼンスに依存しているということである。アメリカは1980年に表明されたカーター・ドクトリンにおいて、中東(ペルシャ湾岸地域)におけるアメリカの国益を守るためには軍事力の行使も辞さないという立場を示した。それ以降、中東・アフリカを担当地域とする中央軍を創設し、湾岸戦争を戦い、イラクのフセイン政権を打倒し、イランに圧力をかけ続けている。これは、中東の地政空間に決して覇権国を出現させないというアメリカの国家戦略に基づく対応である。

アメリカの中東戦略を見るうえで見逃してはならないのは、アメリカ政治におけるネオコン(新保守主義者)の台頭だ。ネオコンはブッシュ(ジュニア)大統領時代にその存在感を強く示し、イラク戦争を主導することになった。ネオコンの代表的イデオローグの一人であり、ユダヤ系のポール・ウォルフォウィッツ国防副長官(当時)は、長く中東戦略の重要性を説き続けていた。彼らの思想の根幹にあるのは、アメリカ的価値観の普遍性とアメリカの軍事的優位に対する強い確信である。ネオコンは、もともとは民主党支持者であり、思想的には民主党と親和性が高いものだ。リベラルな価値観を軍事力も活用しつつ世界に広めることで、アメリカの覇権あるいは優位を維持することが、彼らの方法論なのである。

バイデン政権は、まさにこうした発想に基づいて行動しており、その結果がウクライナへの強力な軍事支援であり、また、イスラエルへの強固な支持表明として現れているのである。アメリカはウクライナやイスラエルを支援することで、東欧や中東における自国のプレゼンスが縮小しないようにと考えている。仮にそれらの地域に覇権国が出現すれば、アメリカの影響力は瞬く間に失われてしまうからである。

イスラエルに自国を重ねるアメリカ

ニューズウィーク日本版は10月24日号「新・中東戦争」特集などで、現在のハマスとイスラエルの武力衝突の歴史的背景をかなり詳しく説き起こしている。また、ハマスを背後から支援するイランの重要性も指摘されている。しかし、今回の事態が示しているもう一つ重要な背景がある。それは言うまでもなく、アメリカの指導力の低下、あるいは没落の可能性である。

アメリカはこれまでも常にイスラエルを支持してきたが、1978年、カーター政権はエジプトとイスラエルとの和平協議の開始やパレスチナに関する協議を開始するというキャンプ・デービッド合意を実現するなど、中東和平への関心も示してきた。それが、結果的にはイスラエルの存続と中東におけるアメリカのプレゼンスの維持に有意義だったからである。しかし、カーター自身が、中東での軍事力の行使を辞さない立場を示し、さらに次のレーガン政権になると、徐々にネオコンが台頭することで、和平合意のような外交的手段よりも軍事力の行使を重視する傾向を示すようになっていったのである。その結果、アメリカの中東戦略は、極端に軍事的プレゼンスに依拠したものとなり、イラク、イラン、シリア、アフガニスタンなどとの間で対立と分断を深めることになっている。

そもそもアメリカにとって、ハマスによるテロ攻撃に報復するイスラエルの姿は、9.11の同時多発テロを受けたアメリカに重なって見えている。そのとき、ネオコンが強い影響力を持っていたブッシュ政権は、「テロとの戦い」を掲げて、アルカイダをかくまっていると見られたアフガニスタンのタリバン政権を攻撃目標にして攻撃・占領した。さらに、後顧の憂いを残すまいと、大量破壊兵器の開発を理由にイラクにまで戦争を拡大したのである。

今イスラエルがガザ地区に対して行っている軍事作戦は、当時のアメリカの行動と瓜二つである。だからアメリカは決してイスラエルの行動を非難することはできないのだ。今回、アメリカがイスラエルの過剰な「報復」を「自衛権」として支持する立場を示している背景にはそうした事情もあるだろう。しかしその結果、これまで比較的アメリカと近かったアラブ諸国までが、アメリカの対応に疑義を呈している。おそらくアメリカは、中東における信頼を大きく損ない、その影響力をいっそう失うことになるだろう。

問題は、中東のみならず、世界中でアメリカの権威が弱まることになる可能性が高いことである。それを示したのが10月27日の国連総会決議である。この決議は「人道的な休戦」を求めるもので、ヨルダンが取りまとめた。国連安保理では中露と米英の対立により決議案の採択に至らなかったのと対照的に、121か国の圧倒的多数の賛成により採択された。これは、投票国の3分の2以上である。総会決議に法的拘束力はないが国際社会の「総意」として政治的重要性は高い。中露は賛成、米英はハマスへの非難が含まれていないとして反対票を投じ、フランスを除く他のG7諸国は棄権。この事実が示していることを日本も重く受け止める必要がある。

それは、アメリカは他の国々と同じように自国中心主義の国であり、世界の警察官などではなく、また公平な第三者でもないという(当たり前の)事実である。残念ながら、アメリカの主張とそれに同調しているG7の立場は、もはや世界の大多数を代表するものではなくなっているのである。

パレスチナ紛争で言えばイスラエル、ウクライナ侵攻で言えばウクライナをそれぞれ援護する目的で繰り返されるG7声明は空文化し、紛争当事者双方に働きかけるという資格をG7から奪っている。アメリカ的理念や価値観の吸引力、すなわちアメリカのソフトパワーが弱まっていることにより、ウクライナ侵攻以降の世界の分断と国際秩序の地殻変動は今後ますます大きくなっていくだろう。

アメリカが示す理念や行動が、決して公正な立場からなされているものではないのだとすれば、諸国がアメリカにつき従うのは、経済的、軍事的な見返りがあるからである。それこそが、「帝国」が存続するための本質的な構造である。しかし、そのために覇権国アメリカのコストはますます大きくなり、力を失っていく。結果として、中国などの台頭する新興勢力の挑戦を受けて覇権が交代することになる。これが国際システムの変動の歴史的なメカニズムだ。

覇権をより長期にわたって維持するためには、物質的コストを押さえつつ指導力を発揮することが必要となるが、そのための有効な手段がソフトパワーであり、例えば、誰もが納得する「公正な理念」だ。21世紀初頭においては、冷戦終結によってソ連ではなくアメリカこそが世界を指導する「公正な理念」の代表者となった。

しかし、アメリカが「公正な理念」に則って行動する国ではないとみなされるようになればどうなるのか。国連総会決議でアメリカの立場が少数派となったことがその傾向をよく示している。そうなれば、世界はいやおうなく分断され、アメリカの影響力が機能しないいくつかのブロック(地政空間)に分かれるだろう。冷戦終結当時から21世紀初頭にかけては、アメリカ一強であったが、ロシアが復権し、中国が勃興している現在、世界の多極化は避けられないのである。多極化した世界でどのような秩序を構想するのか、どのように行動すれば生き残れるのか、それが日本外交の課題となってくるだろう。

日本はどう対処するべきか

では、ガザ地区の問題に関して、日本はどのように対処すべきなのだろうか。日本もまた世界の警察官ではありえない。世界の平和を維持し、回復する資格も能力もない。しかし、世界の分断が広がり、秩序が不安定化することは、日本にとっても望ましいことではない。できる範囲で、関係国間の合意の実現と秩序の回復に努めることが必要だ。そのためには、どちらか一方の立場に肩入れするのではなく、公正な判断を示さなければならない。もし、日本が自国の国益のみを優先するという立場をとるのであれば、初めから第三国の問題に介入すべきではない。それがアナーキーな国際政治における主権国家としての節度というものであろう。

その意味で、国連総会決議で日本が賛成票を投じられなかったのは残念である。もちろん、米英が反対票を投じる中、G7議長国としてG7が内部で分裂するという状況に陥ることを避けたかったとの事情は理解できる。しかし、フランスが賛成に回ったのは誤算であり、G7内での日本の指導力とG7そのものの一体性にも疑いが生じる結果となった。

それもあってか、11月8日、東京でG7外相声明が発出された。内容は、ハマスを非難し、イスラエルの自衛権を強調しつつ、人道危機への対処と戦闘の人道的「休止」を求めるものとなっている。つまり、基本的にアメリカの立場に沿ったものだ。中東問題に関しては、アメリカの意向に沿って声明を取りまとめる以外に日本にできることはなかったのだろう。他にできることがあるとすれば、やはりガザ地区での人道的活動の支援である。ただ、まともな人道的支援すら行えないというのがイスラエルによって引き起こされているガザ地区の現状だということこそが問題なのである。

本来であれば、日本政府には、イスラエルの過剰報復を「自衛権」としては容認できないとの良識的な認識を示すとともに、地域の不安定化を防ぐために即時停戦を求めるくらいのラインでG7声明を取りまとめ、国際政治における真の指導力を発揮してもらいたかったというのが筆者の思いではある。

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亀山陽司(著述家、元外交官)

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