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ガザ戦争でアメリカは信用を失い、EUは弱体化、漁夫の利を得るのは「意外なあの国々」

ニューズウィーク日本版 2023年11月16日 12時4分

<失われたアメリカの情報・判断力への信頼、民主主義国連合の亀裂。居直った中国とロシアがグローバルサウスを取り込み、世界の多極化を狙う>

今回のガザ戦争、その余波はどこまで広がるのだろう? 

私見だが、悪しき地政学的展開が起きても、たいていは逆の好ましい力が働いて均衡を取り戻し、世界地図で見れば点のような場所で起きた出来事の余波が遠くまで広がることはない。危機や戦争が起きても、たいていは頭を冷やしたほうが勝つから、その影響は限定される。

だが例外はあり、今回のガザ戦争はそうした不幸な例外の1つかもしれない。

もちろん、第3次大戦の瀬戸際だと言うつもりはない。これが中東全域を巻き込む紛争に拡大するとも思っていない。

その可能性は排除できないものの、今のところ、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラも、イランやロシア、トルコなどの周辺諸国も、直接的に首を突っ込もうとはしていない。

アメリカ政府も、局地的な紛争に抑え込もうと努力している。戦域が拡大すれば損害が大きくなり、危険も増す。だから私たちは、その努力が実ることを願う。

だが、たとえ戦闘がパレスチナ自治区ガザ地区に限定され、遠からず終結するとしても、その余波は世界中に広がる。

その影響はどんなものか。

答えを探るには、イスラム組織ハマスによる奇襲攻撃が始まる10月7日以前の地政学的状況に立ち戻る必要がある。

まずアメリカとNATO諸国はウクライナで、ロシアを相手に代理戦争を繰り広げていた。

目標はウクライナを支援し、ロシアが2022年2月24日以降に占領した土地を取り戻すこと。ロシアを弱体化し、二度と似たようなまねができないようにすることだ。

だが筋書きどおりにはいかなかった。

今夏の反転攻勢は行き詰まり、軍事面ではロシア側が徐々に勢いを取り戻しているようで、ウクライナ側が領土を取り戻す可能性は遠のいていた。

これに加えて、アメリカは中国とも事実上の経済戦争を繰り広げていた。半導体やAI(人工知能)、量子コンピューターなどの先端技術で、中国が覇権を握るのを阻止する戦いだ。

対中政策の行き詰まり

アメリカ政府は中国を、最大の長期的ライバル(米国防用語では「基準となる脅威」)と見なしている。

ただしジョー・バイデン大統領率いる現政権は対中制裁の対象を絞り、「小さな庭に高い壁」を築くだけだとし、それ以外の分野では協力を維持したい意向を示していた。

だが現実には、小さな庭は大きくなるばかり。いくら高い障壁を設けても、一定の先端技術分野で中国が台頭するのを阻止するのは不可能という見方が強まっていた。

地中海の米空母打撃群 JACOB MATTINGLYーU.S. NAVY

中東政策はどうか。バイデン政権はサウジアラビアが中国に接近するのを防ぐため、イスラエルとの関係正常化を条件に、サウジアラビアに一定の安全保障を約束し、場合によっては核関連技術へのアクセスも認めようとしていた。

だが、そんな離れ業が決まる保証はなかった。

そもそもパレスチナの問題に目をつぶり、占領地でのイスラエル政府の蛮行に見て見ぬふりをしている限り、いずれ火を噴くのは避けられない。そういう批判があったのも事実だ。

そこへ10.7の奇襲があり、戦争が始まった。その地政学的な意味と、アメリカ外交への影響はいかなるものか。

まず、サウジアラビアとイスラエルの関係正常化に向けたアメリカ政府の努力は水泡に帰した(ある意味、ハマスの狙いどおりだ)。

むろん、これを永遠に阻止するのは無理だろう。関係正常化を促した事情は何も変わっていないからだ。しかし、行く手を阻む障害は増えた。

2点目。最近のアメリカは中東に費やす時間と労力を減らし、アジアに向ける時間とエネルギーを増やそうとしていたが、この戦争でそうはいかなくなった。

なにしろ時間は限られている。バイデン大統領やアントニー・ブリンケン国務長官が毎日のようにイスラエルや中東諸国に飛んでいたら、他の場所に十分な時間と関心を割くことはできない。

アジアの専門家であるカート・キャンベルを国務副長官に起用したことで状況はいくらか改善されるかもしれない。

それでも中東で火の手が上がった以上、アジアに割くことのできる外交的・軍事的能力が中短期的に低下することは間違いない。

しかも国務省内部では、政権の露骨にイスラエル寄りな対応に中堅幹部が反発しており、混乱が生じている。問題の解決は難しくなるばかりだ。

要するに、今回の中東での戦争は台湾や日本、フィリピン、その他中国からの圧力に直面している国々にとって好ましいニュースではない。

今の中国は経済面で苦しい状況にあるが、それでも台湾や南シナ海での軍事的挑発を止める気配はない。最近も南シナ海上空で米軍B52戦略爆撃機に、中国のJ11戦闘機が異常接近する事態があった。

今は米軍の空母2隻が地中海東部に派遣されており、アメリカ政府は中東から目を離せない。だからアジア情勢が一気に暗転した場合、アメリカが効果的に対応できるかどうかは疑わしい。

そして仮にも、ガザでの戦闘がレバノンやイランにまで広がったらどうなるか。アメリカとその同盟国はさらに多くの時間と資源を中東地域に向けざるを得まい。

ウクライナのゼレンスキー大統領とフォンデアライエン欧州委員長 UKRAINIAN PRESIDENTIAL PRESS SERVICEーREUTERS

EUトップの深刻な亀裂

3点目。ガザ地区の紛争はウクライナにとって最悪だ。メディアはガザ情勢一色に染まり、ウクライナ支援を支持する世論は後退している。

アメリカでは下院共和党が支援継続に難色を示している。10月4日から16日にかけて行われたギャラップの世論調査でも、アメリカ政府のウクライナ支援は過剰だと考える人が41%に上った(6月時点では29%にすぎなかった)。

もっと面倒な問題もある。ウクライナ戦争は激しい消耗戦となっており、いくら砲弾があっても足りない。

だがアメリカも同盟諸国も、ウクライナのニーズを満たすだけの兵器を生産できない。ウクライナ軍の戦闘能力を維持するため、アメリカは韓国とイスラエルに置いていた武器弾薬を転用せざるを得なかった。

そこへ突然、イスラエルで戦争が始まった。

こうなると、ウクライナに武器弾薬を送る余裕はなくなる。それでウクライナ軍が劣勢に立たされ、万が一ウクライナ軍が崩壊し始めたら、バイデン政権はどうすればいいのか。

EUにとっても頭の痛い問題だ。ロシアのウクライナ侵攻で、多少の軋轢はあったにせよ、欧州の結束は強まった。10月のポーランド総選挙で、極右政党「法と正義」が政権の座を追われたことも好ましい変化だった。

しかしガザ紛争で欧州の亀裂が再び表面化した。今はイスラエルを無条件で支持する国もあれば、パレスチナの大義に共感を示す国もある。

EUの大統領格であるウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長と、外相格のジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表の間にも深刻な亀裂が生じている。

「フォンデアライエンはイスラエル支持に偏りすぎている」と批判する書簡に、約800人のEU職員が署名したとも報じられている。

この戦争が長引けば長引くほど、こうした亀裂は広がっていく。

それはまた欧州外交の弱みを浮き彫りにし、世界の民主主義国を一つの強力な連合体にまとめるという壮大な目標に向かう動きを後退させかねない。

西側諸国にとっては最悪な展開だが、ロシアと中国には願ってもない朗報だ。

アメリカの目がウクライナや東アジアからそれるなら大歓迎。しかも中東なら、自分たちは高みの見物を決め込める。

一方で今回のガザ紛争は、アメリカの一極支配よりも多極的な世界秩序のほうが好ましい、という中ロ両国の長年の主張に一定の論拠を与える。

1993年のオスロ合意以来、アメリカは一貫して中東情勢に大きな発言力を持ってきた。

だが、結果はどうだ。

イラクでは悲惨な戦争を招き、イランの核開発は止められず、イスラム過激派の台頭も許した。

イエメンでは内戦が激化し、リビアは無政府状態に陥った。そしてもちろん、オスロ合意は反故(ほご)になった──彼らはそう主張できる。

10月7日のハマスの奇襲を見ろ、アメリカは最も親密な同盟国すら守れないではないか、という主張もできる。

そういう主張に反論することは容易だが、くみする国も多いだろう。実際、中ロのメディアは今回のガザ紛争を機にアメリカ批判を強め、国際社会での支持を広げている。

今回の戦争とアメリカの対応がこの先も、アメリカ外交にとっては重い足かせとなるだろう。

既にウクライナ危機をめぐる欧米諸国の見解と、グローバルサウスと呼ばれる新興・途上諸国の姿勢にはかなりの溝が生じている。欧米のダブルスタンダードに対する反発も強まっている。

この溝を一段と深めたのは、ハマスに対するイスラエル軍の桁違いな報復だ。もともとパレスチナの人々への共感は、欧米以外の国々のほうがはるかに強い。

その共感は紛争が長引けば長引くほど、またイスラエル軍に殺されるパレスチナの民間人が増えれば増えるほど強まるだろう。一方で欧米諸国は、歴史的な経緯もあってイスラエル側の肩を持たざるを得ない。

G7に属する某国の外交官が先頃、英紙フィナンシャル・タイムズで嘆いていた。

「これで私たちはグローバルサウスの獲得競争に敗れた。(ウクライナ支援で協力を取り付けようとした)今までの努力は水泡に帰した。......彼らは二度と、私たちの話に耳を傾けないだろう」

漁夫の利を得る中国

それだけではない。

北大西洋両岸の快適な地域に属さない国々から見れば、欧米の関心はあまりに身勝手で恣意的だ。

中東で新たな戦争が起きた途端に、欧米のメディアはその話で埋め尽くされた。新聞もそうだし、ニュース専門のテレビ局もそうだ。政治家はせっせと自らの見解を述べ、どうすべきかを説く。

だが今回の戦争が始まったのと同じ10月に出た国連の報告書に、コンゴ民主共和国には現時点で約700万の国内避難民がいるとあった事実はほとんど報じられていない。

その数はイスラエルとガザ地区の被害者より桁違いに多いにもかかわらずだ。

もちろん、それでグローバルサウスの国々が一斉に反米に転じるわけではない。欧米の偽善に腹を立てはしても、それぞれの国益を追求するなかではアメリカや欧州諸国との関係は切れない。

だが、今までどおりにいくと思うのは間違いだ。人権だの法の支配だのという私たちの議論に、彼らはますます耳を貸さなくなる。そして中国とアメリカをてんびんにかけて、様子を見る国が今よりも増えることだろう。

付言すれば、今回の不幸な戦争がどう転んでも、アメリカ外交の評判が高まることはない。

10.7の奇襲を防げなかったことで、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の評判は地に落ちただろうが、アメリカ政府も同じく予測できなかったし、その後の対応も(少なくとも今までのところは)お粗末すぎる。

そしてもしも、ウクライナの戦争が不幸な結末を迎えたらどうなるか。

アメリカの信用だけでなく、その判断力も問われることになる。

よその国がアメリカ政府の助言に従うのは、アメリカ政府には確かな情報と判断力と行動力があり、人権にも法の支配にも一定の配慮をしてくれると思えばこそだ。

その前提が崩れたら、誰もアメリカの助言など聞かなくなる。

From Foreign Policy Magazine

スティーブン・ウォルト(国際政治学者、ハーバード大学ケネディ行政大学院教授)

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