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米下院が「つなぎ予算」可決、アメリカの孤立主義が加速する?

ニューズウィーク日本版 2023年11月15日 14時0分

<ジョンソン下院議長が提案した「つなぎ予算」では、ウクライナとイスラエルへの軍事支援を分離>

アメリカの連邦議会下院は、前マッカーシー議長を解任した後、一旦は後継議長の選出をめぐって混乱しました。共和党主流派の議員団幹部を議長候補とする人事案は、次々に潰されたからです。結果的に、現在のマイク・ジョンソン議長が選出された時には、いよいよトランプ派が議会の最高権力を握るに至ったのかという懸念の声も出ていました。

その一方で、共和党の主流派は、ジョンソンは表面的にはトランプ支持を強く打ち出しているものの、政策の中身については柔軟な人物だということを見抜いていたようです。また、その気配を察していた民主党の議員団も、ジョンソン議長誕生の動きを強く妨害はしませんでした。

ジョンソン議長は、とりあえずこの期待に見事に応えたと言えます。今月末には再び「政府閉鎖」の危機に直面する見通しだったのですが、現地14日火曜日に米議会下院は、ジョンソン議長の私案に基づく「つなぎ予算」を、336票対95票の大差で可決、当面の危機を脱したからです。

ウクライナ、イスラエル支援は盛り込まず

今回、下院が可決したジョンソン案ですが、次のようなパッケージになっています。

▽政府閉鎖は回避
▽歳出カットは実施せず
▽ウクライナとイスラエルへの軍事支援は含まず

という内容です。まず、歳出カットというのは、ジョンソン議長を含む保守派の強硬な主張でした。バイデン政権が進めている環境対策であるとか、格差是正などの予算を大幅にカットするというのは、保守派の悲願であり、この間「政府閉鎖」という問題を人質に取って、いわば脅迫をしたのはこのためだったと言えます。この歳出カットを行わないということで、ジョンソン議長としては、かなり思い切った判断をした形です。

軍事支援に関しては、民主党主流派と共和党主流派はウクライナとイスラエルへの支援を主張、一方で、民主党左派はガザ攻撃の非人道性を重く見てイスラエル支援には慎重でした。反対に、トランプ派はウクライナへの支援には強く反対していました。ジョンソン案は、こうした複雑な思惑の中で、ウクライナもイスラエルも切り捨てるという思い切った方策を取りました。

この議長案ですが、当初は共和党の多数が賛成する模様で、強硬に反対していたのはあくまで歳出カットにこだわる保守派の3名ぐらいだと言われていました。ところが、いざ評決となると、共和党の保守派はほとんどが反対に回ったのでした。その一方で、民主党は結束して「賛成」に回りました。理由としては、アメリカ市民の日々の生活に影響を与える「政府閉鎖」は何としても回避すべきだからとしています。

結果的に、共和党は賛成127、反対93、民主党は賛成209、反対2ということで、超党派の賛成を得て法案は下院では可決されました。超党派といっても、賛成したのは議長の反対党である民主党のほうが多く、議長の出身政党である共和党は深刻な分裂に至っています。特にこの間、マッカーシー前議長を解任し、その後も議長人事を混乱させ、また政府閉鎖を人質に取って過激な歳出カットを狙った保守派「フリーダム・コーカス」のメンバーは、元は同志だと思っていたジョンソン議長への怒りをあらわにしていました。

今回の議会下院における「つなぎ予算」可決ですが、共和党の内部分裂ということを改めて強く印象付けたのは事実です。トランプ派と重なる保守強硬派と、主流派の溝は余りにも深いということです。これは、大統領選の候補選びにおけるトランプの独走と、これを止めようとするニッキー・ヘイリー候補などの動きとも重なってきます。

その一方で、イスラエルはともかく、ウクライナへの軍事援予算の「分離」があっさり通ってしまったのは意外でした。共和党の保守派だけでなく、議会下院全体に「支援疲れ」がある、と言ったら言い過ぎかもしれません。ですが、アメリカの中で、世界のトラブルからは距離を置きたいという、左右双方の孤立主義がより強まっている可能性はあると思います。

仮にアメリカが現在よりも更に孤立主義を強める、つまり世界の安全保障におけるパワーバランスを確保する責任から遠ざかるということは、それだけ世界が不安定化する危険が高まるということです。今回の「軍事支援の分離」が一過性のものなのか、あるいはイスラエルとウクライナそれぞれの個別の問題として理解できるのか、それともアメリカ全体に孤立主義が進行しているのか、その見極めは重要な問題です。


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