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「理解できない人」を侮辱しない...「泣き寝入り」しない人たちを批判するのではなく、リスペクトを

ニューズウィーク日本版 2023年11月24日 17時18分

<『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』の著者であるブレイディみかこ氏が語る「エンパシー」の先の「リスペクト」のあり方>

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で大きな話題を呼んだライター・コラムニストのブレイディみかこさんに、新刊『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』(筑摩書房)を軸にお話を伺うインタビュー。後編では、ブレイディさんがこれまで語ってきた「エンパシー」から、一歩先へと向かう「リスペクト」のあり方について語っていただいました。置かれた状況に抗う可能性を、ブレイディさんは連帯して戦う姿に見出します。(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

■記事前編はこちら:「横暴な区長」を謝罪に追い込んだ「生活保護」シングルマザーたち...英国で実際に起きた事件を知っていますか?

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理解できない人を侮辱しないようにする思いやり

──『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』では、「存在しているだけでリスペクトされるべき存在」としてシングルマザーたちを描いているように感じました。キーワードとなる「リスペクト」について、どのような状態が理想的だとお考えですか?

「リスペクト」にはいろんな意味がありますよね。日本でもいろんな意味に使われているけど、目上の人を敬ったり、すごい人を尊敬したり、マナーを示したりという意味が中心だと思うんです。でも、英英辞典で調べると、最後のほうに、自分には理解できない文化や慣習を持った人でも侮辱しない態度をとるという、その思いやりのようなものがリスペクトの定義として書かれています。

他者の靴を履いて、相手の立場に立って想像してみるという「エンパシー」という言葉はずいぶん広がりましたが、自分が同意できない人のことを想像して、そこで止まってしまっては仕方がないとも思います。侮辱しないように接する思いやりという意味でのリスペクトがその先に出てこないと。

日本では自己肯定感の低い人が多いと言われていますが、自分が賛成できないことや間違っていると思う人に対しても侮辱しないようにする思いやりが広がって、お互いにそういう接し方をするようになれば、自己肯定感も育ちやすいのではないかと思います。

この本の最後は史奈子のセルフリスペクトで締めているんですけど、読者の人にも、一度リスペクトという言葉の意味を考えてみてほしいと思います。リスペクトって私にとってなんだろう、私が死守しなければいけないリスペクトって何だろう、私は自分や他者をリスペクトしているだろうかと。

ライター・コラムニストのブレイディみかこ氏(flier提供)

──自分が賛成できない人に対してのリスペクトはポイントになりそうです。イギリスでのリスペクトのあり方に違いはありますか。

イギリスでは、わからないことをわからないなりに尊重しようとしたり、よくわからない人でもあの人はああいう人だとリスペクトを持って接していこうというところがあると思います。

私が保育士の資格をとったときには、どんな赤ちゃんでもリスペクトしなさいと教えられました。人間として生きる権利を持って生まれてきた人なんだからリスペクトしないといけない。子どもを子ども扱いしてはいけないということもよく言われました。対等な立場の、自分と同じ一人の人として、扱わなければいけないと。

日本では所有にこだわっている人が多いような印象を受けます。この本でも、史奈子は所有からなかなか逃れられません。人が持っているものを勝手に直して住んだりしちゃいけないでしょ、といったことにいつまでもこだわっています。

物質的なものだけではなく、家父長制も所有の意識に基づいている。女性や子供は男性が所有するものであり、だからこそ食べさせなくてはいけないという、トップダウン的な文化がすごく強い。所有しているからこそ自分が上だと捉えているところがあると思うんです。

日本はとにかくそういうトップダウンの力が強すぎて沈んでいて、ボトムアップで下から上に向かう力がない感じがします。子どもに関して言えば、読み聞かせひとつとっても、日本では体育座りをさせて、まず読んで聞かせてから、最後に感想を言わせますよね。イギリスでは基本の姿勢はあぐら。読み聞かせの途中での子どもの発言も歓迎しますし、会話が盛り上がれば最後まで読めなくてもいい。相手を自分と同じように生きている対等な存在として、声をあげさせるというのもリスペクトですよね。こういう文化がイギリスにあるから、声をあげることに抵抗感がなく、そうする人が多いのではないでしょうか。

これは、泣き寝入りしなかった人たちの物語

──Focus E15 の活動は今も続いているそうですが、占拠事件から時間が経った今ではロンドンの住宅事情や活動に変化はありましたか。

日本と同じように、ロンドンは今、物価高で問題になっています。今月頭(2023年8月)に出てたBBCのニュースでは、ロンドンでは50人に1人がホームレスで緊急宿泊施設に住んでいると。50人に1人ってすごい数字ですよね。

その発端はやはりオリンピック前後のこのジェントリフィケーション(※)にあったと思っています。あのときにロンドンの住宅価格がわあっと上がって、お金のない人は北部に行けと福祉に言われてたくさんの人が移動しました。もともとロンドンに住んでいた貧乏な人たちを追い出して、ロンドンをお金持ちの街にしてしまった。だから、リベラルで高学歴でお金持ちの人ばかりの偏った街になったと思います。

※都市において、低所得の人々が住んでいた地域が再開発され、お洒落で小ぎれいな町に生まれ変わること。「都市の高級化」とも呼ばれ、住宅価格や家賃の高騰を招き、もとから住んでいた貧しい人々の追い出しに繫がる。(書籍本文より)

だから、EU離脱投票のときも、ロンドンの人たちは残留派だったわけです。北部に行かされた人やもともと北部にいた人はルサンチマンを抱えていて、そういう人たちが「移民さえいなければ」という極右勢力の扇動に乗せられた。あのときは国内外の人が投機目的でロンドンの住宅を買い漁って、「住宅は住む場所であって貯金箱じゃない」と批判をされたりしました。

──そこまでのことが起きていると、個人で解決するのは難しいと思ってしまうものですよね。もう政治の力で介入してもらわないとどうしようもないんじゃないかと思えてしまうと言いますか。

でもね、政治に介入してもらうって言ったって、プラカードを振って「何とかしてください」って訴えたところで、政治はなかなか動かないじゃないですか。議会政治はそう簡単に動くシステムじゃないから。この本の事件でも政治は何もしてくれなかった。訴えても訴えても動かないから、そのときどうするかと言ったら、直接行動なんです。こういう占拠活動も直接行動の一種です。あんたたち政府が何ともしてくれないんだったら、自分たちで公営住宅を占拠して、なんなら修繕もして住んでやるよ、空き家なんだから、と。

ストライキも直接行動ですよね。生活が苦しいから賃金を上げろとお願いしても上げてくれないんだったら仕事をしませんよ、と。イギリスでは去年から今年にかけてストライキがとても盛んです。医療関係者や教育関係者、交通機関に関わる人のストライキが去年からずっと続いているから、うちの息子の学校も2週間くらい休みになりました。そういう直接行動を取られたら政府もびびるし、困るじゃないですか。

イギリスでは病院のほとんどはNHS(国民保健サービス)のものですから、医療関係者は公務員です。公務員がストライキをするということは、政府にもっと金を出せと迫る、政府への抵抗運動でもあるんですよ。それによって一般市民ももちろん困っているんだけど、今年に入ってからストライキの支援率は上がっているんです。ストライキをしている人たちではなく、この状況を何とかすることができない政府に向かって一般の人たちも怒っている。

──日本だったら、ストライキをやっている側に怒ってしまう人が出そうですね。

イギリスはそこが違いますね。みんな政府に怒っていますよ。医療関係者が働かないのも、学校の先生が来ないのも国のせいだ、政府に能力がないからだろう、と。

日本の場合は、政府の能力や「何かをしてくれる」可能性について、みんな仕方がないと諦めきっているのかもしれません。でも、そろそろ直接行動の選択肢を思い出して、下から突き上げるべき時期に来ているのではないでしょうか。

直接行動を起こすことには、面倒くささも伴います。何かをするということ自体が面倒くさいし、度胸もいるし、批判をされる覚悟も必要になります。そういうことをしたくないと思うなら、現状通りでいいということになるのでしょうね。

この本を担当してくださった編集の方は『82年生まれ、キム・ジヨン』の担当でもあるんですけど、韓国の女性たちはあの本を読んですごく怒ったそうなんです。私たちは本当にこういう扱いを受けているよね、何とかしなきゃいけないよね、という怒りでフェミニズムが盛り上がったと。でも日本の女性で一番多かった感想は、「泣いた」なんですって。

『82年生まれ、キム・ジヨン』
 著者:チョ・ナムジュ
 翻訳:斎藤真理子
 出版社:筑摩書房
 要約を読む
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

──ちょっとがっくり来ちゃいますね。

なぜか、泣く前に「ふざけんな」って感じにはならない。それはもう、こういう状況を諦めているってことですよね。なにをしたって変わらないから、みんなで悲しいねって言い合って、涙を拭いて、ハグし合って明日も頑張ろうみたいな。

でも、それじゃあ何一つ変わらないですよね。だから、1人だとなかなか立ち上がれないけど、こんなふうに同じような仲間たちが集まって連帯したら何かやれるんじゃないか、イギリスには実際にやった人たちがいるよっていうことを伝えたかったんです。

担当編集さんが言ってくださったんですけど『82年生まれ、キム・ジヨン』が一つの問いだったとすれば、『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』は答えの一つじゃないかって。どうしたら女性が置かれている状況が変えられるのかという答えの一つは、連帯して生き生きと戦う姿にあるんじゃないかと。今どきストレートな運動小説なんて流行らないだろうと思うし、日本で社会運動をやっていたら変なことをしている人だと偏見の目で見られるとも知っていますけど、イギリスにはこういう草の根の運動はたくさんあるし、現実に女性たちが集まって区長を謝らせたりするほどのパワーもある。こういうことが起きているんだと知ったら、日本の人たちも何か一つの答えを見出してくれるんじゃないかなと思いました。これは、泣き寝入りしなかった人たちの話なんです。

日本は社会でも企業のあり方でも、「ボートを揺らすな」という感じがありますよね。でも、ボートは揺らさないと方向を変えることができない。運動をすることや何かを求めて声をあげることって状況を揺らすことそのものだから、「揺らすな」と怒る人たちが必ずいるんだけれど、そうして変われずにいることが、日本が活力を失っている一因なのではないかと思います。揺らすことは元気であり活力ですから。ボートを揺らせ!と言いたいですね。

『リスペクト──R・E・S・P・E・C・T』
 著者:ブレイディみかこ
 出版社:筑摩書房
 要約を読む
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

ブレイディみかこ(ぶれいでぃ みかこ)

ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で第16回新潮ドキュメント賞受賞。2018年、同作で第二回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞、第二回Yahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞受賞、第七回ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)受賞。著書は他に、『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』『ジンセイハ、オンガクデアル──LIFE IS MUSIC』『オンガクハ、セイジデアル──MUSIC IS POLITICS』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』(ちくま文庫)他多数。

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flier編集部

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