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私たちが「ガンダム」になったとき、心のバリアは消えるのか?...韓国の障害者が鳴らすテクノロジー礼賛への警鐘

ニューズウィーク日本版 2023年11月22日 12時50分

<「障害者」を「健常者」に近づける技術は日々進化しているが、それは「心のバリア」も同時に進化させうるのか? 私たちが作りたい社会について再考する> 

3年ほど前、鹿児島に住む小学生たち7人をインタビューしたことがある。好きなものや考えていること、気になることを自由に話してもらう。

すると、ひとりの小学生の女の子が「好きなものはガンダム。家族全員でガンダムを見ています!」と答えてくれた。

「懐かしい! 私も小学生のときに見てたよ。アムロが大きなロボットに乗って『アムロ、行きます!』って言うんだよね」と答えると、その子はすかさず訂正した。

「あれはロボットじゃなくてモビルスーツです」

え、モビルスーツってなに?

「人と合体しているんです。だからロボットじゃありません」

その子は静かな熱を持ってそう言った。

ああ、そうか。ガンダムは人間の体と一体化して人の能力をパワーアップさせる道具なのね。ということは、モビルスーツを装着したアムロは、サイボーグということになるのか?

サイボーグとは、「サイバネティック・オーガニズム」の略で、「機械と結合した有機体」という意味である。『機動戦士ガンダム』の時代設定は、スペースコロニーへの宇宙移民が始まって半世紀余りが過ぎた頃らしいので、要するにはるか未来だ。

しかし、冷静に考えると、現代に生きる我々は確実にサイボーグ化への道を進みつつある。そう考えるきっかけになったのは、韓国で出版された『サイボーグになる』という一冊だ。

著者のひとりのキム・チョヨプさんは、世界が注目する気鋭のSF作家。もうひとりは、弁護士でありダンサーとして活躍するキム・ウォニョンさん。 

チョヨプさんは聴覚障害者で耳には補聴器を装着しており、ウォニョンさんは生まれつき骨形成不全という難病のため電動車椅子を使って生活をしている。

機械を自分の体の一部のごとく利用していることから、「機械と結合した有機体という点だけ見れば二人は『サイボーグ的』な存在だろう」と著書に書いている。

現在、テクノロジーはさまざまな形で人間と結びついている。特に多くの障害者や高齢者が、機械を自分の身体の一部として使い、それはサイボーグ的なものである。そういった機械の例としては心臓のペースメーカーや筋電をもとに機械の身体を動かす義手や義足などがある。

極端な例を挙げるなら、本当に自分の体をサイボーグ化した人もいる。難病ALSで余命2年の診断を受けたピーター・スコット-モーガンさんは、特殊な手術を受けて身体をサイボーグ化した。

さらに気管切開手術を受け、発する言葉はAIに、表情はアバターに託すことを決断し、自分のことをヒューマン・サイボーグと呼んだ。

スコットさんは、肉体を動かせなくても最後まで自分の意思を発信し、自分らしく生きたい、そして未来の難病患者の希望になりたいと話し、メディアにもたびたび取り上げられた。

その実験の過程は、自伝『ネオ・ヒューマン 究極の自由を得る未来』という本にも詳しいので、興味がある人はぜひ読んでほしい。

しかし、一方で『サイボーグになる』という本は、最新テクノロジーで障害を「乗りこえる」「克服する」ことをそこまで礼賛しない。むしろ、それを唯一の解決策としてしまう「テクノエイブリズム」を批判する。

たとえば、いま克服することが難しい障害を解決する技術革新ばかりが熱く注目されることについて、チョヨプさんはこう書いている。

「絶望的で挫折ばかりの現実だけど、将来もっと技術が発展したらきっと解決する、という希望を持っていきましょう」。希望のない現実で希望を求めようとするその気持ちは理解できる。でも未来ではなく今ここで、よりよく生きることはできないだろうか? 治療と回復しか道はないとされるなら、障害者のより良い生活はいつまでたっても「お預け」のままだ。 

チョヨプさん自身も、補聴器だけでは聞こえない音や入ってこない情報が多くあり、他の音声字幕変換技術によってその不足を補ってきたという体験がある。

だから、テクノロジーがいずれ一発逆転劇で全てを解決し、劇的な治癒や回復を行う日がくる、そして人類は歩けない人でもモビルスーツを着て自由に歩く、そういう未来の夢や約束を信じれば信じるほど、実はいまちょっとした工夫で超えられるはずのバリアをなくす努力が損なわれてしまうかもしれないと警鐘を鳴らす。

チョヨプさんはさらにこうも書いている。

「車椅子のためにスロープを設置することよりロボットスーツの方が注目され、賞賛を浴びるのはなぜだろうか。それは、移動補助機器を利用することにより「歩く」ことのほうが「正常さ」に近いと考えられているからだ。 

本は、「非正常」を「正常」に近づけることだけが、解決策でもなければ、良いことでもないのではないか、と問う。モビルスーツを着るのではなく、その人がその人の肉体のままで生活することをサポートする技術は、すでにそこにあるのだ。

スロープや点字ブロック、エレベーターや音声案内、歩行ガイド、手話。一見すると地味でローテクなものこそ、多くの人がその恩恵を受けられる可能性も大きい。

すでに視覚障害者の多くはパソコンの読み上げ機能を使って本や書類を読み、聴覚障害者の人々は、ビデオ通話機能を使って手話でおしゃべりを楽しんでいる。

より多くの場所にスロープやエレベーターがあれば、より多くの映画や映像に音声ガイドや字幕があれば、便益を受けられる人はどんどん増えていく。

あ、こんな場所もまだバリアフリー化がなされていなかったのか、と驚いた場所もある。国会議事堂だ。

2019年に重度障害を持つ船後靖彦さんと木村英子さんのふたりが参議院議員として当選したとき、日本の歴史で初めて国会の本会議場の一部バリアフリー化が行われ、少なくとも今後は車椅子ユーザーが議員になる道が拓かれた。

それでも、常にスムーズにバリアフリー化が進むわけでもない。2023年に開かれた名古屋城の復元の市民討論会の時のように、エレベーターを設置して欲しいという要望に対して、障害者への差別的発言を行い、バリアフリー化に反対する人がいたとか。しかも、そんな差別発言を討論会の主催者側も止めなかったというのだから余計にショックだった。

いくらバリアフリー化が世で叫ばれても、心のバリアフリーというものはまだまだ進んでいないと実感させられる。

私たちはいずれ誰もが、老いていく。病を患い、記憶力も悪くなる。足や腰が痛くなり、目も見えづらくなり、耳も聞こえづらくなるかもしれない。それは人間である以上、避けられない共通の運命だ。あのかわいらしい鹿児島の小学生にだって、いずれその日は来る。

私たちがひとり一台ガンダムを持つ時代は、はるか先の未来である。むしろちょっとした技術と体を結合させ、サイボーグ的な存在になる日は遠くない。

いまこの瞬間、私たちはいったいどういう社会を作りたいのか、誰もが行きたい場所に行け、楽しみたいものを楽しめるバリアのない社会とはいかなるものか。『サイボーグになる』は、そんなことを考えさせてくれる一冊である。

川内有緒(Ario Kawauchi)
1972年東京都生まれ。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、その道を断念。中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学の中南米地域研究学で修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)でYahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。趣味は美術鑑賞とDIY小屋づくり。また東京でギャラリー「山小屋」(東京)を運営している。最新刊は『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)。

 『サイボーグになる』
  キム・チョヨプ/キム・ウォニョン [著]
  牧野 美加 [訳]
  岩波書店[刊]

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