Infoseek 楽天

トランプ政権下で国家機密の漏洩事件を引き起こした女性の実像、映画『リアリティ』

ニューズウィーク日本版 2023年11月17日 19時14分

<ティナ・サッター監督の映画『リアリティ』は、2017年にNSA文書をリークしたリアリティ・ウィナーの実話を描いている。彼女の逮捕と尋問の詳細な再現を通じて、彼女の人物像と動機を探求し、トランプ政権下の政治的状況を背景に置いている......>

ニューヨークの現代演劇シーンで注目される劇作家ティナ・サッターの監督デビュー作『リアリティ』では、初期トランプ政権下で国家機密の漏洩事件を引き起こした女性リアリティ・ウィナーの実像が、大胆なアプローチで描き出される。

2017年、米国家安全保障局(NSA)の契約社員だった25歳のリアリティは、2016年のアメリカ大統領選挙戦におけるロシアの介入疑惑に関する報告書をメディアにリーク。逮捕された彼女は、懲役5年の刑を言い渡された。

FBIの捜索・尋問の記録が公開された

この事件についてサッターが関心を持ったのは、FBIの記録文書だった。ジョージア州にあるリアリティの自宅でFBI捜査官たちが行った家宅捜索と尋問は、一部始終が録音されており、彼女の裁判で記録資料として公開された。

その記録文書に物語性を見出したサッターは、音声記録をほぼリアルタイムで再現するというアプローチで、まずそれを舞台化して成功を収め、そして、カメラワークや音響などの緻密な構成が臨場感を生み出す映画を作り上げた。

2017年6月3日、ジョージア州オーガスタ。リアリティ・ウィナーが買い物をすませて帰宅すると、見知らぬふたりの男性に声をかけられる。柔らかな物腰でFBI捜査官だと名乗る彼らは、ある事件に関する捜査を行っていて、令状もあると告げる。

それからさらに数人の職員が現れ、家宅捜索を進めるあいだ、ふたりの捜査官は外で待つリアリティに、穏やかな口調で当たり障りのない質問を繰り返す。だが、3人が彼女の自宅の奥まった部屋に移動し、尋問が始まると次第に空気は変化し、核心へと迫っていく。

反逆を企てるようなイデオロギーの持ち主には見えない

リアリティは政府に反逆を企てるようなイデオロギーの持ち主には見えない。犬と猫を飼っていて、ファッションやメイク、インテリアなどにはほとんど関心がなく、ヨガやクロスフィットに入れ込んでいる。家宅捜索のあいだには、ジブリ作品やポケモンのキャラクターが映り込み、彼女自身もノートに絵を描いている。

ただ、彼女のキャリアが異色であることは、さり気ない会話からでも察せられる。彼女は語学専門官で、パシュトー語、ダリー語、ペルシャ語を操る。また、AR-15型ライフルのほかに、拳銃や散弾銃も所持している。

映画のプロローグとその意味

本作でまず見逃せないのは、冒頭に非常に短いプロローグがあることだ。場所は、リアリティが契約社員として働くNSAの施設にあるイラン宇宙軍室だと思われ、デスクに座るリアリティらしき人物の後ろ姿が見える。壁にはテレビが設置され、以下のようなニュースが流れる。

「ヒラリー・クリントン氏は最近の発言で、"ジミー・コミーの手紙と発言が落選の一因"と。その件が解任理由でしょう。先ほど発表されたトランプ大統領の手紙を紹介します。"コミー長官、司法長官と司法副長官の手紙を同封する。君のFBI長官解任を進言され、私は受け入れた。業務を停止し、直ちにオフィスから退去せよ。君には感謝している。私が捜査対象でないと3回、知らせてくれた。それでも司法省の見解に賛成だ。君は組織を生かせない。FBIには新しいリーダーが必要..."」

プロローグはそれだけで終わり、「25日後、2017年6月3日、ジョージア州オーガスタ」というテロップが入り、本編が始まる。

映画の中のリアリティ

このプロローグにはふたつの狙いがあるように思える。ひとつは、当時の状況や空気を思い出させることだ。

同封された司法長官と司法副長官の手紙では、コミー解任の理由が、ヒラリーのメール問題での対応の誤りにあるとされていた。しかしそれが理由であれば、タイミングとしてあまりに遅く、突然に見える。そのコミーは、FBIが2016年の大統領選に対するロシア政府の介入に関する捜査をしていて、それにはトランプ陣営の選挙活動とロシアの動きのあいだに何らかの協力関係があったかどうかに関する捜査も含まれるという声明を出していた。

ルーク・ハーディングの『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』には、コミー解任に対する国民の反応が以下のように綴られている。

『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』ルーク・ハーディング 高取芳彦・米津篤八・井上大剛訳(集英社、2018年)

「コミー解任に伴う世論は大統領にとって破滅的なものになるかと思われた。共謀の件については懐疑的だった人たちまでが、やはり何かあったのではないかと疑い始めていた。なぜコミーが解任されたのか、世論は納得しなかったのだ」

短いプロローグはそんな状況を示唆しているが、おそらくそれだけではない。もうひとつ興味深いのは、本編ではFBIの録音開始後の経過時間までもが途中で挿入されるにもかかわらず、プロローグでは日にちも場所も明示されないことだ。もちろん、「25日後」という情報から逆算すれば簡単にわかることだが、そこには狙いがあるように思える。

本作の尋問のなかで、リアリティの記憶が曖昧なために、機密文書を印刷した日にちを思い出せないとき、捜査官は「5月9日では?」と問いかける。そこで彼女が何曜日だったかを尋ねると、捜査官はすぐにわからず、スマホで調べて火曜日だと答える。

この場面は実に興味深い。5月9日はFBI長官が解任された日で、前掲書にはFBIの反応が以下のように綴られている。

「一方、FBIの職員たちも大いに困惑し、憤慨していた。元捜査官のボビー・チャコンはこの解任について『全職員がみぞおちにパンチをくらったようなものだ』と述べた。彼はガーディアン紙に対して、解任は無礼で言語道断な行為であり、FBIの評価を汚すものだと断言した。ほかの者たちは、これは進行中のロシア関連の捜査に『委縮効果』をもたらすだろうと予測した」

それを踏まえるなら、捜査官はすべてわかっていながら、最小限のヒントを提示して、リアリティ本人に思い出させようとしているように見える。それは、捜査官の以下のような発言にも表れている。

「私の考えでは君は腹黒い大物スパイではない。動機はよくわからないが、今の政治の全てに対する怒りかもと思う。テレビをつけると腹が立つことばかり。私はね」

これに対して、リアリティは、「私にとって職場は苦痛だったんです。書面でも訴えました。FOXニュースの垂れ流しはおかしい」と語る。

本作では、こうしたやりとりを通して、プロローグのニュースが流れる空間で起こっていたことが次第に明らかになっていく。

リアリティの内面と彼女を動かした要因

しかし、リアリティを行動に駆り立てたのは、ロシア疑惑をめぐる政治に対する怒りだけではない。本作は、音声記録に基づいているので、彼女が個人的なことを語る発言は限られているが、彼女のことをもっと知ると、その発言が様々なヒントになっていることがわかる。

リアリティについては、本作のほかに、彼女の人生が、スザンナ・フォーゲル監督、エミリア・ジョーンズ主演の『Winner(原題)』として映画化されることが決定している。その物語のベースになるのは、脚本を担当するケリー・ハウリーが2017年に「ニューヨーク・マガジン」に寄稿した記事"Who Is Reality Winner?"だが、そこにはリアリティの生い立ちから事件に至る軌跡が詳しく綴られている。

本作には、それを踏まえると、リアリティの孤独がより鮮明になるような発言が多々ある。

たとえば、彼女が中米のベリーズに遺跡を見に行った話は、単なる観光ではなく、実は父親の存在と深く関わっている。彼女は父親の影響で、積極的に言語を学び、アフガニスタンなどで人道的な活動に従事することを望むようになった。だが、精神的な支柱ともいえる父親は2016年末に亡くなり、彼女は父親を偲ぶために彼がいつも話していたベリーズの遺跡を巡った。

さらに、前の任務がアフガンのドローン絡みだったという発言も補足しておきたい。空軍におけるその任務とは、誰を標的にするか判断できるように通信の内容を翻訳することであり、人が殺害されるのを目撃せざるをえなかった。彼女は母親にPTSDの可能性があると伝えていた。彼女がヨガやクロスフィットに入れ込むのは、そんな体験と無関係ではないだろう。

そして、空軍を除隊し、海外に派遣されるキャリアを望んでいたリアリティは、FOXニュースが垂れ流しにされる職場で、意味があるとは思えないペルシャ語の情報を翻訳していた。本作からは、リアリティが精神的に追い詰められていく状況とロシア疑惑をめぐる政治的な混乱が交錯する瞬間が浮かび上がってくる。

『リアリティ』 
11月18日(土)、シアター・イメージフォーラム、シネ・リーブル池袋ほか全国で順次公開
(C)2022 Mickey and Mina LLC. All Rights Reserved.



この記事の関連ニュース