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ガザ「終戦」...アメリカは間違っており、誰もパレスチナを助けず、双方なにも変わらない

ニューズウィーク日本版 2023年11月24日 21時25分

<いま一時休戦中のガザ戦争だが、米政府が続けている外交努力の目的の1つは「戦後処理」。だがこの戦争が終わっても、パラダイムシフトは起こらない>

※本誌2023年11月28日号は「歴史で学ぶイスラエル・パレスチナ」特集。バビロン捕囚/ディアスポラ/サイクス・ピコ協定/イスラエル建国/第1次~4次中東戦争...対立の根源を歴史から紐解きます。

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今回のガザ危機が始まって以来、アントニー・ブリンケン米国務長官はいつにも増して大忙しだ。イスラエルを何度も訪問し、11月初旬にはヨルダンやトルコのほか、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府やイラクを電撃訪問した。

こうした外交活動の当面の最大の目的は、イスラム組織ハマスの奇襲に対するイスラエルの猛烈な報復攻撃に巻き込まれたガザ市民のために、人道支援の方法を確保することだ。

しかしそこには、もう1つ大きな目的が見え隠れしている。それはこの混乱の「戦後処理」だ。

米政府は、パレスチナ自治政府の統治能力と権威を立て直して、ヨルダン川西岸とガザを統治させると同時に、ガザに国際平和維持部隊を派遣して安定を図ろうとしているようだ。アメリカの政治的、外交的、戦略的な懸念と、一部のアラブ諸国の懸念に対処するためには、おそらくこれしか方法はない。だが、その努力は失敗する可能性が高い。

なぜか。確かにこの混乱を収拾する上で、アメリカの外交が機能する余地があるのは間違いない。だが、この戦争が、中東和平におけるパラダイムシフトであるかのように見なすブリンケンの外交活動は、その前提からして間違っている。

イスラエルとハマスの戦争が終わったときに現れるのは、新しい中東ではなく、今までどおりの中東だろう。

尽きるネタニヤフの政治生命

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の政治生命が尽きようとしているという読みは正しい。ハマスの奇襲を許すというイスラエル政治史上最悪の大失態を演じたことで、ネタニヤフは「強硬な手段を駆使してでもイスラエルの安全を守る男」という自分の看板を台無しにした。このピンチを乗り切るのは、とてつもなく難しいだろう。

だが、ネタニヤフが失脚したからといって、イスラエル政治でハト派が復活するわけではない。そしてハト派が復活しなければ、米政府や国連が推進する2国家解決(パレスチナ国家の樹立を認めて2国家の共存を図る案)の実現は難しい。

ハマスの奇襲攻撃前でさえ、ハト派は弱小だった。2022年11月のクネセト(国会)選挙で、左派政党メレツの獲得議席はゼロ。かつては二大政党の1つとして、保守政党リクードの向こうを張っていた労働党も、わずか4議席にとどまった。

ガザでの戦闘にケリがつくまで新たな選挙はないだろうが、ハマスが残忍な事件を起こした直後では、イスラエル国民がパレスチナとの平和的共存を訴える政党を支持するとは思えない。ネタニヤフ後のイスラエル政府は、中道右派連合となる可能性が高い。

今回の戦争の2週目にイスラエルで行われた世論調査では、国家統一党を率いるベニー・ガンツ前国防相が幅広い支持を集めた。しかしガンツは、イスラエル政治では中道と分類されるが、少し前まではネタニヤフと手を組んでいたタカ派だ。パレスチナに国家の地位を与えることについても立場を明らかにしていない。

従って、ブリンケンらアメリカの外交チームが、2国家解決案を復活させられると考えているとすれば、イスラエル政治を大きく見誤っている。それにパレスチナ自治政府の機能を復活させるといっても、かつての支援はマフムード・アッバス自治政府議長ら政府高官の腐敗を悪化させただけだった。

ひょっとするとブリンケンは、パレスチナ自治評議会(議会)の選挙を実施させようとしているのかもしれない。

しかし選挙になれば、アッバスは敗北する可能性がある。そもそもパレスチナで15年以上選挙が行われていないのは、06年に初めて選挙に参加したハマスが、アッバス率いる主流派ファタハに大勝したからだ(その後ファタハとハマスは武力衝突に発展し、07年にハマスがガザの実効支配をもぎ取った)。

アメリカは、パレスチナ自治政府の自立を支援するに当たり、国際社会を巻き込もうとするだろう。しかし戦後のガザの治安維持やパレスチナ自治政府の再生を助けようと手を挙げる国など、中東にさえも存在しない。

どこかで国際会議が開かれて、ガザ復興に数十億ドルを拠出する合意がまとめられるかもしれないが、ほとんどは口約束に終わるだろう。

また、ガザの治安維持のために、外国が軍隊を派遣することは考えにくい。ヨーロッパ諸国は恐怖から抵抗するだろうし、エジプトはガザを押し付けられる懸念から尻込みするだろう。それ以外のアラブ諸国にはそのような任務を担う軍事力がない。

【関連動画】「来ないでほしい」がエジプトの本音...ガザ避難民の流入をどうしても避けたい理由

パラダイムシフトではない

だが、たとえこうした問題を全てクリアしたとしても、イスラエルとパレスチナの対立の根本は変わらない。

すなわち、イスラエルは依然として聖地エルサレムをパレスチナと共有するつもりはないし、パレスチナ難民の帰還を認めない。ましてや1967年の第3次中東戦争前の境界線を尊重する(つまり多くの入植地を放棄する)ことはないだろう。

パレスチナ側も、エルサレムを首都とする立場を譲らないし、難民の帰還権を放棄することもなく、完全な主権国家の地位を断固として求めるだろう。今回のイスラエル・ハマス戦争には、こうしたイスラエルとパレスチナの伝統的立場を変える要素は一切ない。

むしろこの1カ月以上続く衝突は、双方の根本的な対立を解決する機が、まだ熟していないことを示している。そして戦闘がやめば、外交の機が熟したと考えるべき理由も、ほぼない。

ハマスにとって重要なのは、勝つことよりも、負けないことであり、たとえ負けたとしても、イスラエルの不当な占領に抵抗したグループという評価が強化されるだけだ。

イスラエルの手は血まみれだが、別の道を模索すべきだと考えるほどではない。それに戦争前に進んでいたアラブ諸国との関係改善に向けたプロセスは(表向きの非難はさておき)ほぼ無傷だ。

従って多くの死と破壊、そしてブリンケンのシャトル外交が終わったとき、中東情勢は戦争前となんら変わっていないだろう。

確かにイスラエル・ハマス戦争は、世界に影響を及ぼす大事件に見える。だが、4度にわたる中東戦争を経た1979年にエジプトとイスラエルが和平条約を結んだときや、冷戦の終結、そして2001年の米同時多発テロのような国際情勢にパラダイムシフトをもたらすものではない。

そこにあるのは依然として、自らの正しさを熱狂的に信じる2つの陣営による局地的な紛争だ。

ブリンケンがどれだけマイレージを稼いでも、その事実は今後も変わらないだろう。

From Foreign Policy Magazine

スティーブン・クック(米外交問題評議会上級研究員)

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