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気象予報AIはスパコンの天気予報より優秀? Google関連会社の10日間予報が精度とスピードで圧倒

ニューズウィーク日本版 2023年11月24日 15時55分

<Alphabet傘下の人工知能会社「DeepMind」は、開発した気象予報AIモデル「GraphCast」を欧州中期気象予報センター(ECMWF)が運用する世界最高クラスの予報モデルと比較。その結果、10日間予報でより高速かつ高精度に天気を予測できたと発表した。AIモデルの可能性を、現在の主流である数値天気予報の歴史とともに概観する>

近年は、世界各地で猛暑や豪雨、干ばつなどの異常気象がニュースになっています。「50年に1度の大雨」「観測史上最高気温」などのフレーズは、もはや珍しいことではなくなりました。

自然災害から地域社会を守るためには、正確で迅速な天気予報が鍵となります。

現在は様々な予報期間、予報区域の天気予報が、各国の政府機関や民間の気象会社によって発表されています。日本では一般に、現在から明後日までは「短期天気予報」、48時間から7日以内は「中期天気予報」、1カ月、3カ月、暖候期、寒候期などの期間予報は「季節(長期)天気予報」と呼ばれています。なかでも中期天気予報は、台風の進路や大雨の程度を予想することで河川氾濫や土砂崩れに備えるなど、地域の被害を軽減するために実践的に使われます。

Googleの親会社であるAlphabet傘下の人工知能会社「DeepMind」は、開発した気象予報AIモデル「GraphCast」が10日間予報で欧州中期気象予報センター(ECMWF)の予報モデルよりも高速かつ高精度に天気を予測できたと発表しました。研究成果は、14日付の米科学学術誌「Science」に掲載されました。

20世紀以降の天気予報の精度の高まりは、コンピューターの発展の歴史でもあります。果たして気象予報AIは、現在の主流であるスーパーコンピューター(スパコン)を利用した数値天気予報に取って代わる可能性があるのでしょうか。数値天気予報の歴史とともに概観しましょう。

コンピューターの性能向上とともに発展

行政機関や企業が業務として行う天気予報は、①気象観測、②数値計算、③予報という三つのステップで成り立っています。

気象庁の天気予報を例に取ると、①静止気象衛星や気象レーダー、全国約1300カ所に配備した地域気象観測システム(アメダス)などによって、大気の状態や雲の分布、降水量、気温、日照時間などを実際に測定し、②実測データを用いて、コンピューターで今後の大気や海洋、陸地の状態の変化を数値シミュレーションします。そして、③予報官がシミュレーションの結果を解析して天気の変化を予想し、天気予報や大雨警報などの各種気象警報を発表します。

日本ではかつては、一般の人が新聞やテレビなどで見ることができる天気予報はすべて気象庁が発表したものでしたが、1993年に気象業務法が大幅に改正され「天気予報の自由化」が起こりました。気象庁以外の民間気象会社が独自の天気予報を発表できるようになったため、予報の技術水準と信頼性を担保するために「気象予報士」の国家資格も創設されました。現在、民間会社は、ピンポイント地点の天気予報や、紫外線や花粉の量の予報など、工夫をこらした独自予報を実施しています。

天気予報は、20世紀半ばにコンピューターによる「数値天気予報」が取り入れられて以来、コンピューターの性能向上とともに発展していきました。

天気は、大気の状態の結果として現れます。大気の状態は気温、気圧、風速、風向、湿度などの数値で表すことができ、これらは流体力学などの物理法則に基づいて時間とともに変化します。なので、観測したデータを物理方程式に入れて時間を未来に設定して計算すれば、未来の大気状態が現れるはずです。これが「数値天気予報」です。

コンピューターの発明前は、この数値計算を手計算で行っていました。イギリスのルイス・フライ・リチャードソンは1920年頃、世界初の数値天気予報に挑戦しました。ヨーロッパをおよそ200キロメートル間隔の格子に分割して、それぞれの地点の大気の状態の数値データを使って1910年5月20日午前4時から6時間後の大気の状態を予測しました。

けれど、計算に1カ月以上かかったにもかかわらず、結果は「ヨーロッパの大気圧は6時間で145ヘクトパスカル変化する」という非現実的(※)なもので、試みは失敗に終わりました。

※たとえば、日本の平均気圧は約1013ヘクトパスカル、日本に上陸した過去最大級の台風である伊勢湾台風(1959年)の最低気圧が約895ヘクトパスカル。

リチャードソンは、後に「6万4千人が大きなホールに集まり、一人の指揮者の元で整然と計算を行えば、実際の時間の進行と同程度の速さで予測計算を実行できる」と語りました。この言葉は、数値天気予報の未来を信じる人たちに「リチャードソンの夢」と呼ばれ、語り継がれています。

気象庁は1959年から数値天気予報を開始

コンピューターは第2次世界大戦中に開発が進みましたが、軍事機密だったため公表されませんでした。そこで46年に発表されたアメリカのENIACが、世界初の汎用電子式コンピューターと記録されています。ENIACでは性能を確かめるために、早速「数値天気予報」の実験が行われました。企画したのは「現代型コンピューターの父」である数学者のフォン・ノイマンです。世界初のコンピューターによる数値天気予報は、50年に見事成功しました。

50年代は、各国で急速にコンピューターによる数値天気予報の導入が進みました。54年に世界で初めてスウェーデンで業務として数値天気予報が行われると、55年にはアメリカ、59年には日本と旧ソ連でも始まりました。

このとき気象庁で使用したIBM704は、日本の官公庁に初めて導入された大型汎用電子式コンピューターです。59年の日本気象学会では「人間が卓上計算機を使うと63日9時間48分44秒かかる数値計算は、IBM704ならば2分22秒でできる推定だ。とすれば、48時間予報は2時間7分50秒で計算できる」との報告がありました。

もっとも、当初の数値天気予報は精度が低く、あまり当たりませんでした。計算処理能力の問題で格子を細かくすることができず、従来の物理方程式にプラスする条件付けの部分(〇〇という条件のときはこの数値を掛け合わせる、など)がそれほどうまくは設定できなかったからです。

コンピューターの性能が上がり、地球物理学が進歩するにつれ、研究者たちは計算に使うデータを全地球規模に広げ、格子を細かくしていき、基本となる物理方程式と条件付けが適切になるように「気象の数値シミュレーション(気象モデル)」に改善を加えていきました。それとともに、気象モデルを実践的に使った数値天気予報の精度は高まっていきました。

比較検証で分かったAI気象予報モデルの強み

今回、Google DeepMindの研究チームは、新興勢力の機械学習によるAI気象予報モデル「GraphCast」が、60年以上の歴史を持つパソコンによる数値シミュレーションモデルに匹敵するのかを調べました。比較対象は、欧州中期気象予報センターが運用する世界最高クラスの高分解能大気予測モデル「HRES」です。

GraphCast は数値天気予報とは異なり、物理方程式の変わりに過去40年の気象データをベースに、因果関係(〇〇という状態であれば、次に××になる)に基づいてトレーニングされています。

新たに天気予報をするときは、6時間前の天気と現在の天気の状態の2セットのデータをもとに、6時間後の天気を予測します。このプロセスを繰り返すことで最大10日間の中期天気予報まで可能となっています。

10日間の予報を比較検証した結果、気温、平均海面気圧、湿度、風速、風向などの地表面と大気の状態を示すテスト変数1380個のうち約90%でGraphCastはHRESの予報を上回ることができました。さらに評価を天気予報で最も重要な対流圏近傍(地上6~20キロメートル)の大気に限定すると、AIの予測は99.7%でHRESを上回りました。

実際の運用でも、本年9月に北米を襲った大型ハリケーン「Lee(リー)」のノバスコシア州(カナダ)上陸を、従来の数値天気予報より3日早い、9日前に予測することができました。

GraghCastは予報にいたるスピードにも優れています。「HRES」は10日間予報のための計算に数時間かかるのに対して、GraphCastは1分以内で予測を完了します。計算に使うエネルギー消費量も、GraghCastはHRESの約1000分の1と見積もられています。

もっとも、AI気象予報モデルは良いことばかりではありません。

HRESは緯度経度0.1度(赤道で11.1キロ×11.1キロ)の高解像度で予報できるのに対して、GraphCastはいまのところ0.25度が限界です。さらに、AI気象予報モデルは「なぜそのような予報になったのか」の根拠が分からず、ブラックボックス状態です。

研究チームは、「AIを使った天気予報は、伝統的な気象予測技術を代替するものではなく、補完するものだ」と語っており、より活用しやすく、世界のさまざまな地域に最適化させるためにAIモデルをオープンソース化しています。

「豪雨の半日前予報」を目指して

日本は、12年から19年に運用されたスーパーコンピューター「京」を使って、水平方向の格子間隔870メートルで全球の大気のシミュレーションに世界で初めて成功するなど、気象モデルで世界をリードしています。けれど現在、気象庁で予報作業に利用している数値予報モデルは最も精細なものでも水平解像度は2キロで、この解像度では近年増加している線状降水帯の早期予報が難しく、苦戦しています。

研究者たちは解決のために、観測データを最初に与えるだけでなく、数値予報の計算途中でも最新データを与えてその都度、軌道修正する方法(データ同化)を実用化しつつあります。さらにAI気象予報モデルでの補完も加えれば、目標としている「豪雨の半日前予報」の実現が早まるかもしれません。

天気予報は古来、最も身近な科学の1つです。日々の天気は私たちの生活や経済活動を左右します。人々の命と財産を守るために、さらなる高精度の天気予報の実現に力を尽くしている研究者たちを応援したいですね。



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