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「大谷翔平の犬」コーイケルホンディエに隠された深い意味

ニューズウィーク日本版 2023年11月28日 13時22分

<「肝心の大谷の話が頭に入ってこない......」と、日米で話題になったア・リーグMVP受賞インタビュー時の犬。オランダの狩猟犬コーイケルホンディエを大谷翔平がかたわらに置いた「深謀遠慮」とは>

その瞬間、世界中の野球ファンが、ペットショップの前で子犬に見とれる6歳の子供のようになった。MLBの大谷翔平選手が2回目のアメリカンリーグ最優秀選手(MVP)を、前回と同じく、投票者30人全員が1位に選び満票で受賞したときだ。

大谷はとてつもなくすごい。だが私たちの心をわしづかみにし、目をクギ付けにしたのは、オランダ起源の狩猟犬コーイケルホンディエを傍らにした姿だった。

世界最高峰リーグの最高のプレーヤーという栄冠を再び獲得した大谷は、米番組のインタビューの際、笑顔で(口元からのぞく歯並びすら完璧だった。この男に欠点はないのか?)優しく愛犬をなでていた。

「既に文句なしなのに、おまけに犬好きだなんて!」。あるファンはそうツイートした。大谷とそのペットの愛らしさの前では、移籍が噂される来季の予想契約総額が約5億㌦という巨額であることへの複雑な思いも、今年9月に受けた右肘の手術の影響への懸念もほとんど吹き飛ぶ。

飼い主と犬が居並ぶ姿の魅力に心を動かされないのは、哀れな冷笑家だけだろう。英雄的人物が見せるしぐさは、どんな些細なものも寓意と化す。大谷が愛犬の頭をなでる──そのありふれた行動は私たちの心の奥に潜む切ない望みを呼び起こし、ほんの一瞬であってもわが家というぬくもりに満ちた場所へ、そして犬と一緒ならどんな挑戦も可能になる世界へいざなってくれた。

ホメロス作とされる古代ギリシャの叙事詩『オデュッセイア』は、西洋文明の礎石となった物語だ。冒険好きで探究心あふれる主人公オデュッセウスは大戦争に出陣し、20年かけて帰還する。既に3回読んでいるが、毎回同じところで泣いてしまう。オデュッセウスがついに帰り着く場面だ。

放浪の身で試練の連続のオデュッセウスが、わが家と妻の元へ帰ろうとし続ける間、飼い犬アルゴスは主人を待ち続けていた。老い衰え、打ち捨てられたアルゴスは主人を見て頭をもたげ、尾を振り、息絶える。

大谷と愛犬の姿は家庭のぬくもりや家族への献身、ペットとの絆という概念を、より分かりやすい形で象徴している。とはいえ大谷も、ペットに選んだ犬種の含意には気付いていなかったかもしれない。

17世紀オランダ絵画の巨匠たちのメッセージ

17世紀オランダ絵画の巨匠たちは、ヨーロッパにおいてはその2000年前のホメロス以来初めて、個人の生活や願望をテーマに据えた。歌い、酒を飲み、裁縫をし、口論する家族を描いた作品には、飼い犬としてコーイケルホンディエが幾度も登場する。画家ヤン・ステーンの『親に倣って子も歌う』に描かれた犬は大谷のペットそっくりで、絵の中に大谷がいないのが不思議なくらいだ(もっとも、彼がこの家族のように享楽にふけるとは思えないが......)。

黄金期のオランダ絵画や『オデュッセイア』が現代でも心に響くのは、家族との絆が目的意識や力をもたらす様を描き出しているからでもある。飼い犬も同様だ。支えや慰めになり、傷つきやすさや愛情深さを他者に示す印になる。大谷の場合もしかり。犬をかわいがる姿は好感を与え、彼もまた私たちと同じ人間なのだと感じられる。

私の愛犬、アラスカン・マラミュートのモホークは今や年老いて、足を引きずっている。人間であるわが子2人と同じく親密で大切な存在で、深刻な危機に見舞われたときに家族を結び付ける力になってくれた。今でも毎日、知らない道を行くよう促し、私が行ってみたい場所へ連れ出してくれる。あの霧の向こうにあるものは? モホークがいるから、私は足を踏み出す。

大谷とその犬には心が和む。飼い犬は慰め、あるいは未知の領域への導き手だ。

大谷翔平とコーイケルホンディエ

The moment Shohei Ohtani found out he was a 2x unanimous AL MVP/MLB

  

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