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なぜアメリカは今、ウクライナのために「敗戦」を望むか

ニューズウィーク日本版 2023年11月28日 18時48分

<ロシアに奪われた全領土を奪還できる見込みは薄い。だが今なら、ロシアの侵略の企てを挫いて「勝った」のはウクライナだと世界が知っている。西側から供与される資源は、復興に使うべきではないか

【動画・画像】ゼレンスキー「影武者」論の虚実

 

ゼレンスキーは、西側諸国からロシアとの交渉のテーブルに戻るよう求める圧力はないと否定する。ロビイストのバジディッチも、西側がウクライナに和平交渉を無理強いしている事実はないとの見方を示した。ウクライナ国民は依然としてロシアによる占領からの「完全解放」を支持していると指摘した。

国民に不人気な和平の提案はゼレンスキーの大統領としての任期を縮めるものになる可能性もあるとバジディッチはつけ加えた。

米シンクタンク「外交問題評議会」のリチャード・ハース会長とチャールズ・カプチャン上級研究員は11月にフォーリン・アフェアーズ誌に寄せた論文の中で、迫り来る冬と過ぎ去った夏の反攻に対する失望感が、「ウクライナと同盟諸国が推し進めている現在の戦略を全面的に見直す必要性」を後押ししていると指摘した。

「成功の再定義」が必要

ハースもカプチャンも本誌に対して、ウクライナはまだその段階に至っていないと述べた。「より幅広い国民的な議論をもっと早い段階で行うべきだったし、行う必要がある」とカプチャンは述べ、さらにこう続けた。「現在の政治環境では、このような議論を行うことはタブーに近い」

彼はさらに「これは危険な状況だ」と述べる。「戦争が際限なく続く場合のパターンだ。何が望ましいかだけではなく、何が可能かを考えるのも優れた戦略だ」

ハースは、領土の完全解放を断念するのではなく一時中断するように「成功を暫定的に再定義『再」補足する」ことを提案している。「より幅広い定義の成功を達成するまでに、ウクライナは何年も、あるいは何十年も待たなければならないかもしれない」と彼は説明し、こう続けた。「もしかしたらロシアでプーチンの次、あるいはさらにその次の体制が誕生するまで待たなければならないかもしれない」

領土の完全解放は「軍事バランスを考えると達成できない可能性が高い」とハースは指摘する。「これで2回の戦闘シーズンが終わった。これが3回目、4回目、5回目になればその目標が達成できると考える根拠が見当たらない」

ハースはさらにこう指摘した。「ウクライナが生き残るためには、ロシアが挫折や困難に直面することが重要な要素になる。現在の状況は、ウクライナと西側諸国にとって戦略的な勝利だと言えるだろう。これは完全な勝利ではないが大きな成果であり、今後のさらなる勝利の可能性を残している」

ロシアによるウクライナへの本格侵攻からほぼ2年。厳しい状況にもかかわらず、米バイデン政権がウクライナとの関係を断ち切る気配はない。「バイデン政権は、ある種のジレンマに直面している」とハースは言う。「バイデン政権には、私が指摘したことに共感はしても、バイデン政権とウクライナ政府との間に意見の食い違いがあるように見えるのは望まない人もいる」

 

同盟国と政策目標が一致しないというのはいつも気まずいものだが、より幅広い地政学的な動向は、必ずしもウクライナにとって有利なものではないとハースは警告した。「我々、そしてウクライナが有利な立場にあるうちに、今後についての決定を下すべきだ」

カプチャンは言う。米政府関係者は「ゼレンスキーにはまだ戦争を終わらせる準備ができていないと見ている。ウクライナ側にその気がないならば、西側諸国がそれを押しつけることはできない」。

ウクライナ侵攻は西側のツケ

「おそらく水面下では、この戦争をどう終わらせるのかという議論も議論が行われているだろう」と、カプチャンは言う。「だがウクライナ自身がそれを議論する準備ができるまでは表面化することはないだろう」

「だがウクライナもいずれは、西側から供与される資源を、いまウクライナの統治下にある82%の領土の防衛と復興に投じた方が賢明だと考える時がやって来るだろう」

西側諸国がたとえ短期的にでも降伏に等しい方針への転換を促した場合、ウクライナはそれを快く思わないだろう。ウクライナは2014年以降、ロシアと親ロシアの分離主義勢力との戦いで何万人もの犠牲者を出し、今回の戦争では2年近くの間に10万人以上の犠牲者を出したと考えられている。

ウクライナ国民は、西側諸国が2014年にプーチンの責任を追及し損ねたことや、ウクライナがソ連崩壊後の1997年に国内に残った核兵器を放棄(ブダベスト覚書)した後も安全保障を提供し損ねた「集団的な失敗」のツケを払わされている。プーチンがまたまんまと侵略の代償を支払わずに逃げおおせるなど、ウクライナ人にとっては耐え難いことだ。

西側諸国に支援疲れが広まっていることは、ウクライナ側も感じ取っている。ウクライナ保安庁の元幹部で現在はウクライナ議会の顧問(国家安全保障・防衛・諜報担当)を務めるイワン・スチューパクは本誌に対して、「この戦争を終わらせるためには、ウクライナは1991年の国境線を回復すること以外にも幾つかの選択肢を議論しなければならないのかもしれない」と述べた。「もしかすると、妥協点もあるのかもしれない」

ロシアに対する不信感が、依然として大きな問題として立ちはだかる。「ロシアはこれまで一度も約束を守ったことがない」とスチューパクは言う。「どうやってロシアに約束を守らせるのか」

あからさまな侵略行為や領土占領を行ったロシアが何の罰も受けずに逃げおおせることになれば、「世界に向けて、法の秩序や国家主権を否定するメッセージを発信することにもなる」。

 

政治環境はロシアに有利?

だがロシアも既に戦略的に大きな敗北を喫していると、カプチャンは言う。「プーチンはウクライナで負けた。私たちはそれを知っている。彼はよくても、ウクライナの領土の一部とという『残念賞』を手にするだけだ」

ハースもカプチャンも、7月に行われたロシアのセルゲイ・ラブロフ外相との極秘会談に出席していたと報じられている。「現時点では、ロシアは事態は政治的に自分たちに有利な方向に進んでいるという前提で議論を行っていると思う」とハースは述べた。

ロシアはアメリカの世論調査を見て、ポピュリズムが高まりつつあることを知っている。プーチンの戦略は詰まるところ、一年後の米大統領戦でドナルド・トランプが勝利するかどうかを見届けることなのだろう、とハースは言う。

カプチャンは、ウクライナと西側諸国はプーチンのように「長期戦略」を考えるべきだとして、次のように指摘した。

「戦争を終わらせ、ウクライナを再び繁栄への軌道に乗せ、プーチンが退陣するのを待って、ロシアが和平交渉でウクライナに領土を返還する日が訪れることを期待する」のだ。

「その結末が現実的かといえば、今はそうではない。だがジュネーブで米ソ首脳会談が行われた1985年当時、エストニア、リトアニア、ラトビアが独立した民主主義国家となりNATOに加盟することを、誰が信じただろうか」

「プーチンはウクライナや西側諸国をめぐる情勢が、いずれ自分にとって都合のいい方向に変わるのを辛抱強く待っていると言われている。だがそのテーブルを回転させるべきだと私は思う。辛抱強さでプーチンに勝つべきなのだ」

 


デービッド・ブレナン

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