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もはや「わざと戦争を長引かせて」政治生命の維持に固執するしかない、ネタニヤフとその代償

ニューズウィーク日本版 2023年12月6日 14時40分

<ハマスの奇襲を許した責任を問われて支持はガタ落ちし、イスラエル首相は自身の政治生命を維持することに全力を傾けるしかなくなっている>

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の政治生命は危機にさらされている──そう考える理由は、いくらでもある。

イスラム組織ハマスによる奇襲攻撃を許して少なくとも1200人の市民が惨殺されるという、イスラエル史上最悪の安全保障上の失態を犯した。

その報復としてパレスチナ自治区ガザで戦争を始めたが、非現実的な目標を掲げて事態は泥沼化している。世論調査での支持率は底を打ち、おまけに現在も3つの汚職の罪で裁判中の身だ。

ところが10月7日のハマス襲撃から日を重ねるごとに、ネタニヤフは戦争終結後も権力の座にとどまる決意を固くしているようだ。周囲の状況さえも彼に有利になりつつあるようにみえる。

彼の続投戦略は3つの要素から成るようだ。ハマスの襲撃を許した安全保障上の責任をほかになすり付ける、現在の連立政権を何としても維持する、そして具体的な成果を上げられるまで時間を稼ぐ......。

「彼は時間が国を癒やしてくれると当てにしている」と、ネタニヤフの元側近で政治評論家のアビブ・ブシンスキーは言う。

ハマスは11月下旬、戦闘の休止とイスラエルで収監されていたパレスチナ人約150人の釈放と引き換えに、イスラエル人の人質約50人を解放した。この取引はイスラエルで広く支持されたが、それでも多くの国民はガザに人質が多数残っていることに心を痛め、不満を募らせている。

ネタニヤフの政治キャリアの中でも最悪の危機が始まったのは10月7日。ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けて大勢の市民を惨殺し、約240人を拉致した。イスラエル史上、最も大きな犠牲が出た事件だ。

イスラエル軍のヘルツィ・ハレビ参謀総長や治安機関シンベトのロネン・バー長官は失態の責任を認めたが、ネタニヤフは頑として責任を認めず、国民の間に怒りの声が高まっている。

独立機関による調査を行って責任者を処分するよう求める当局者やアナリストも多いが、ネタニヤフは「今はハマスに勝利することに全力を注ぐべき時だ」と言い張る。

評論家のヨシ・アルフェルは、ネタニヤフが率いる与党リクードの中から彼を批判する声が上がっていないことに注目すべきだと指摘する。「ネタニヤフは駆け引きに忙しく、しかもうまい」と、アルフェルは言う。

彼に言わせれば、ネタニヤフはその抜け目のなさによってイスラエル史上最長の在任期間を誇る首相となった。今年7月には大規模な抗議デモをものともせず、裁判所の力を弱める司法改革を断行した。

「現時点では私たちに見えない多くの力が働いている。彼の政治生命が終わりかどうかは分からない」と、アルフェルは指摘する。

エルサレムのイスラエル国会議事堂。ネタニヤフは野党と手を組む緊急政府を発足させて生き残りを図るが KOLDERAL/GETTY IMAGES

わざと戦争を長引かせる?

今のところネタニヤフは「戦時には政権転覆を図ってはならない」という金言の恩恵を受けているようだ。

しかしテレビ局「チャンネル12」のコメンテーターを務めるアムノン・アブラモビッチは、ネタニヤフが首相として生き残るために、戦略的な目標を達成した後も戦争を長引かせようとするかもしれないと指摘した。

「確実にそうするとは言えないが、可能性は排除できない」と彼は言う。

支持率が急落している上に、公の場で責任を追及されるのを避けるために軍関係者の葬儀にも出席していない現状を考えると、確かにネタニヤフの支持回復は遠そうだ。

それでも彼は10月に、野党・国民統一党から前国防相のベニー・ガンツ党首と元参謀総長のガディ・アイゼンコットの2人を引き入れて緊急政府を樹立。当面、首相として生き残る道を確保した。

ネタニヤフや側近たちはこれを、イスラエルを破壊しようとする者に対抗する国家生き残りのための戦いと位置付け、緊急政府が下す決定は首相個人の生き残り戦略とは無関係だと主張することに利用している。

「これはネタニヤフ対ハマスではなく、イスラエル対テロの戦いだ」と、リクード党議員で国会の外交・防衛問題委員会のメンバーであるボアズ・ビスムートは言う。「問題はネタニヤフではない」

しかし戦闘が始まってほぼ2カ月が過ぎた今も、ハマスの越境攻撃を許した責任はネタニヤフにあるという見方は強い。ネタニヤフは長年にわたり、カタール政府によるハマスへの資金援助を許してきた。

さらに、パレスチナ自治政府の代理で徴収している税の自治政府への送金を何度か差し止めてもいる。パレスチナに分断を引き起こし、イスラエルに対する国際的な和平圧力を回避しようという計算なのだろう。

「ハマスの強化がネタニヤフの狙いだ」と、ワシントンでイスラエル軍事駐在武官を務めた退役将軍のガディ・シャムニは言う。「彼は歴史のごみ箱に葬り去られるべきだ」

ネタニヤフは、ハマスの襲撃を許した責任を少しでも認めれば政敵に揚げ足を取られることを懸念していると、ブシンスキーはみる。アルフェルに言わせれば、ネタニヤフは調査委員会が責任の所在を確定させる前に自身の非を認めることにならないよう慎重になっているという。

11月に入り、イスラエルのメディアにネタニヤフの次の発言が流れた。

「今はただ一つのことに対処する時だ。ハマスを排除し、人質を取り戻し、ガザに新政権を樹立する」

同時に、ネタニヤフは権力維持には責任転嫁が重要と考えているようだ。彼は10月28日、諜報と治安のトップを含む安全保障担当高官から「ハマスは抑えられている」と何度も報告されていたとX(旧ツイッター)に投稿し、自らの責任を否定。これには連立政権内からも批判が出て、投稿削除と謝罪に追い込まれた。

極右も取り込む手綱さばき

チャンネル12が11月16日に発表した世論調査には、国民の不満が如実に表れた。

「選挙が今日行われたらどこに投票するか」という問いには、ネタニヤフ率いるリクード党を中心とする連立政権が議席数を現在の64から45に減らす一方で、ガンツが党首を務める国家統一党は議席を12から36へと大幅に伸ばすという結果が出た。「首相にふさわしい人物」には41%がガンツを支持し、ネタニヤフは25%にとどまった。

ビスムートは、世論調査は必ずしも正確ではないと指摘する。「国内を回っていると分かるが、世論調査やメディア報道と現実との間には常にギャップがある」

リクード内でネタニヤフの立場は強固なままだと、ブシンスキーは言う。「リクードで指導者に逆らえば有権者は離れていく。ネタニヤフはいまだ象徴的なリーダーだ」

しかもネタニヤフは依然として巧みな手綱さばきで、ユダヤ教超正統派や超国家主義者を含む連立パートナーを手なずけているようだ。戦闘開始に伴うイスラエル人の避難や危機対応に使うべきだとの批判をよそに、彼は超正統派組織への予算配分の継続を支持している。

「彼は国家の優先事項を認識しつつ、超正統派との関係を継続するコツを心得ている。万一のときは彼らを頼れることも分かっている」と、ブシンスキーは言う。次の総選挙は通常なら3年先だから、今は連立パートナーの反乱がネタニヤフを引きずり降ろす唯一の道かもしれない。

しかもネタニヤフは、「ガザへの核兵器使用は選択肢の1つ」と発言した「ユダヤの力」党の極右閣僚アミハイ・エリヤフを解任せず、職務停止の処分にとどめた。

ネタニヤフはユダヤの力党と宗教シオニズム党という極右勢力を味方に付け、連立政権内での求心力を確かなものにしたいと考えている。米バイデン政権の要請は無視して、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人に対するユダヤ人入植者の暴挙にも意義ある対応を取らないだろう。

11月16日発表の世論調査によれば、イスラエル人の32%がガザでのユダヤ人入植地の再建を支持し、世論の右傾化が進んでいる。かつての入植地は2005年、イスラエル軍のガザ撤退に伴い解体され、約8000人の入植者はイスラエルに戻った。

右傾化が続けばネタニヤフはその流れに乗じて、パレスチナ問題に対する国際的な圧力に屈しない強いリーダーを演じ、求心力の維持を図るかもしれない。既にネタニヤフは戦後のガザにおいて、米政権が主張するようなパレスチナ自治政府の役割はないと断言している。

アルフェルは、ネタニヤフが「10月7日と、それまでの彼のハマスへの方針を、人々が思い出さないことを願っているはずだ」と語る。

「彼にはハマスを壊滅させたと宣言できる何かが必要だ。人質解放について妥当な結果を導き出し、イスラエル人にとっても有益だと言えるガザの将来を描く必要がある」

From Foreign Policy Magazine

「いったいどこにいるのだ?」人権団体を非難するネタニヤフ

'Where the hell are you?': Netanyahu slams human rights groups silent on abuse of Israeli women/Sky News Australia

  

ベン・リンフィールド(元エルサレム・ポスト紙アラブ問題担当)

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