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17歳で出産、育児放棄...25歳で結婚、夫が蒸発...「後悔なんてしない」「過去は振り返らない」は間違い

ニューズウィーク日本版 2023年12月6日 17時45分

<人生における「後悔」は少ないほうがいいに決まっている――本当にそうだろうか。ベストセラー作家のダニエル・ピンクが大規模調査から明らかにした、後悔がもつ意外な力とは>

・「父を救えなかった」家族を亡くした男性の後悔
・J1監督が退任「後悔はありません」
・「母親になって後悔してる」著者が語る息苦しさ

これらは最近のニュース記事の見出しだが(一部加工)、今日も世界のあちこちで後悔している人がいる。その一方で「後悔なんてしない」と決めている人もいる。

人生において「後悔」は少なければ少ないほどいい――本当にそうだろうか?

ベストセラー作家であり、世界のトップ経営思想家を選ぶ「Thinker50」の常連でもあるダニエル・ピンクが、人間だれしもがもつ「後悔」という感情に立ち向かった。

米国内外で大規模な調査プロジェクトを実施し、その結果分かったのは、後悔とはきわめて健全で、人間にとって欠かせないものであること。後悔とうまく付き合えば、よりよい人生を送る手助けになると説くピンクの著書は話題を呼び、世界42カ国でベストセラー入りしている。

このたび刊行された日本版『The power of regret 振り返るからこそ、前に進める』(かんき出版)から一部を抜粋・再編集して掲載する(この記事は抜粋第1回)。

※抜粋第2回:5歳の子どもは後悔しないが、7歳は後悔する...知られざる「後悔」という感情の正体とは?

◇ ◇ ◇

「アンチ後悔主義」の危うさ

私たちがいだく人生の信条のなかには、静かなBGMのようにその人の行動に影響を及ぼすものがある一方で、その人の生き方の指針を高らかに歌い上げるものもある。

とりわけ大音量で鳴り響くことが多い信条のひとつは、ものごとを後悔することは愚かであるという考え方だ。後悔は時間の無駄であり、精神的幸福を妨げる――このような発想は、世界のあらゆる文化圏で声高に唱えられている。

具体的には、こんなふうに考える。過去のことは忘れて、未来をつかみ取ろう。つらいことなんて思い出すな。楽しいことだけ考えよう。よい人生を生きるためには、前に進むことに集中し、ひたすらポジティブなことだけを考えるべきだ。

ところが、後悔はその妨げにしかならない。うしろ向きの発想と不愉快な感情を生むからだ。それは、幸福の血液の中に混ざる有毒物質のようなものである......。

ある信条を信奉していることを表現する手段としては、それをみずからの肉体に刻むことほど強力なものはないかもしれない。右肘と右手首の間に黒いアルファベットの小文字で「no regrets」(編集部注:「後悔なし」の意)と彫ったブルーノ・サントスのような人は、途方もない数に上る。

性別も信仰も政治思想も異なるアメリカ文化の二人の巨人も、この信条を共有している。

ポジティブ思考の始祖であるノーマン・ヴィンセント・ピール牧師は、「いっさい後悔などすべきでない」と説いた。ピールは二〇世紀アメリカのキリスト教信仰のあり方を形づくった人物であり、保守派の大統領であるリチャード・ニクソンやドナルド・トランプの師でもあった。

一方、「後悔することで時間を無駄にしてはならない」と語ったのは、ルース・ベイダー・ギンズバーグだ。アメリカの連邦最高裁判所の判事を務めた史上二人目の女性であり、信仰はユダヤ教。晩年はアメリカのリベラル派の間で女神のように崇められる存在になった。

あなたの町の書店で自己啓発本の棚に並んでいる本を調べれば、ざっと半分は同様のメッセージを説いているに違いない。米国議会図書館には、『No Regrets』というタイトルの書籍が五〇点以上所蔵されている。

人々の肌に彫られて、数々の賢人たちに信じられている「アンチ後悔主義」は、当然正しいものだと思われているらしい。

この考え方は、無批判に信奉されている場合が多い。「つらい感情をわざわざ経験する必要などない」「ポジティブ思考の温かい陽だまりでぬくぬく過ごせばいいのに、雨雲を呼び寄せるなんて馬鹿げている」「未来の無限の可能性を思い描けるときに、過去のことでくよくよするなんて意味がない」......。

こうした発想は、直感的には理にかなっていそうに思える。正しく、説得力のある主張に感じられるかもしれない。しかし、そこには、見過ごせない欠陥がひとつある。

この考え方は、決定的に間違っているのだ。

アンチ後悔主義者が勧める行動を実践しても、よい人生を生きることはできない。その主張は、端的に言って――過激な言葉を使って恐縮だが、このように表現するほかないと思っている――救いようのないデタラメだ。

後悔することは、危険でもなければ、異常でもない。幸福への道からはずれるわけでもない。それはきわめて健全で、誰もが経験し、人間にとって欠かせない感情だ。

それに、この感情は有益でもある。ものごとが明確になるし、今後に役立つ教訓も引き出せる。正しく後悔すれば、かならず精神が落ち込むとも限らない。むしろ、精神が高揚する可能性だってある。

このような考え方は、はかない白昼夢のような空想でもなければ、血も涙もない冷酷な世界で安らぎを感じるためにでっち上げた甘ったるい希望的観測でもない。それは、過去半世紀以上積み重ねられてきた科学的研究により研究者たちが到達した結論だ。

本書では、後悔という感情について考える。過去にあんなお粗末な選択をしたり、誤った決断をしたり、愚かな行動を取ったりしていなければ、現在もっとよい状況だったはず、未来がもっと明るかったはず――という苦しい感情に光を当てる。

後悔に関してより正確で新鮮な視点を紹介し、後悔の強力なパワーを活用して好ましい変化を起こす方法を示したい。

演じているだけの「後悔しない主義者」

「後悔なんてしない」と言う人が嘘をついているわけではない。そのような人たちは、俳優のように役を演じているのだ。あまりに頻繁に、しかもすっかりその役になり切って演じているために、その役の世界が現実だと勘違いしている。

私たちの人生では、このように自分を騙す心理的トリックが実践されることは珍しくない。ときには、それが健全な反応である場合もある。しかし、たいていは、そうやって自分を騙すと、真の満足感を得るために向き合うべき難しい課題を避けることになる。

エディット・ピアフもそうだった。ピアフは、後悔なんてしないと主張していた。高らかに宣言していたと言ってもいい。しかし、その四七年の生涯は、悲劇やトラブルの連続だった。

一七歳で出産したが、育児を放棄し、その子どもは三歳の誕生日を迎えずに死亡した。子どもの死に関して、ピアフは後悔による胸の痛みを感じなかったのだろうか。

アルコール依存やモルヒネ依存の状態だった時期もあった。みずからが才能を発揮する足を引っ張った依存症について後悔しなかったのか。

ピアフの私生活は、控え目に言っても波乱の連続だった。恋人を事故で亡くし、最初の結婚生活も破綻し、二人目の夫には莫大な借金を負わせてしまった。恋愛に関する選択の少なくとも一部を後悔することはなかったのか。

ピアフが死の床にあったとき、自分が人生でおこなった選択に満足していたとは想像しづらい。なにしろ、平均寿命より数十年も早く死を迎えることになったのは、これらの選択の多くが原因だったのだ。

「後悔なんてしない」というタトゥーを彫っている人たちはどうか。少し話を聞くと、そのような人たちが精神の内面で経験してきたことは、外に向かって表明していること(いわば演技の内容)とはかならずしも一致していないことがわかる。

アンバー・チェイスは、三五歳で私とビデオ会議で話したとき、「人生で判断を誤る状況はたびたびあります」と語った。

チェイスにとっては、最初の結婚がそうだった。二五歳のときに結婚した男性は「問題の多い人物でした」と振り返る。結婚生活は不幸せなときが多く、ときには波乱に見舞われた。

ある日、夫は突然姿を消した。「飛行機に乗って、いなくなってしまいました......そのまま二週間、音沙汰がありませんでした」。ようやく電話してきた夫は、こう言った。「きみのことはもう愛していない。家には帰らない」。この瞬間、二人の結婚生活が終わった。

もし人生をやり直せるとすれば、チェイスはこの男性とまた結婚するだろうか。そんなことはありえない。しかし、この不幸せな経験から学んだおかげで、いまは別の相手と幸せな結婚生活を送れている。

「後悔なんてしない」という人生哲学の薄っぺらさは、チェイスの肌に彫られたタトゥーにも見て取れる。そこに彫られている言葉は、実は「No Regrets」ではない。「No Ragrets」と彫られている。後悔(Regrets)の二文字目をわざと間違って記してあるのだ。

これは、二〇一三年のコメディ映画『なんちゃって家族』を意識したものだ。正直言うと、大して記憶に残るような映画ではない。

ちんけなマリファナ密売人のデーヴィッド・クラーク(演じるのはジェイソン・サダイキス)は、密売組織への借金を返済するために、ニセの家族(ニセの妻と、ニセのティーンエージャーの子ども二人)とともに行動することになる。ある場面で、デーヴィッドはスコッティPという怪しげな若者と出会う。その若者は、オートバイでやって来てデーヴィッドの「娘」をデートに誘おうとする。

スコッティPは、汚らしい白のタンクトップを着ていて、肌のタトゥーがいくつか見えた。鎖骨に沿って彫られていたのは、アルファベットのブロック体で記された「No Ragrets」という言葉だった。デーヴィッドはスコッティPを座らせて、少し話そうと考えた。まず、数々のタトゥーについて順番に尋ねていった。

デーヴィッド:(「No Ragrets」のタトゥーを指さして)それは?
スコッティP:これ? ぼくの信条なんだ。後悔はしないことにしている。
デーヴィッド:(疑わしそうな表情を浮かべて)本当かい? 後悔することはない?
スコッティP:ないよ......。
デーヴィッド:それは......一文字たりとも?
スコッティP:まったくないよ。

※抜粋第2回:5歳の子どもは後悔しないが、7歳は後悔する...知られざる「後悔」という感情の正体とは?

『The power of regret 振り返るからこそ、前に進める』
 ダニエル・ピンク 著
 池村千秋・訳
 かんき出版

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ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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