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国家内の分断「ハイブリッドな内戦」が始まる......すでに極右は主流になったのか?

ニューズウィーク日本版 2023年12月7日 19時0分

<国家間の争いでは社会のあらゆる側面を武器化する「ハイブリッド戦」という言葉が使われるようになった。国家内の分断においても全面的な対決=「ハイブリッド戦」が起きつつある。言わばハイブリッド内戦だ。暴動から音楽、映画まで武器化される......>

不可視だった多数派の目覚め

かつて我々は民主主義を世界の主流と考えていたが、そうではないことがだんだんわかってきた。人口でも国の数でも非民主主義の方が多くなった。こうした変化はある日突然大きく始まるのではなく、じわじわと小さな変化が続いて、気がついた時には主流と言われていたものが衰退し、社会の「当たり前」が変わっている。変化は些細なものだ。そのため新しい主流派自身も自分たちが主流派になったことに気づいていないこともある。

今年の夏、YouTubeに投稿された「Rich Men North Of Richmond」という無名のカントリーシンガーの曲は、フォロワー9千人のChase Steely、次にフォロワー11万人のJason Howerton、そして260万人のMatt Walshや480万人超のDan Bonginoという具合に、より影響力のあるアカウントに次々と拡散され、間もなく再生回数は1億に達する。

  

ダウンロード販売が開始されると最初の週に14万7000ダウンロードを売り上げ、2位に10倍以上の差をつけて総合シングルチャートのトップに躍り出た。この曲はYouTubeでも聴けるし、Spotifyなどの聴き放題サービスで聴くこともできる。わざわざ有料でダウンロードするのは、この曲とアーティストへの支持を表明するためだという。

一躍全米から注目されるアーティストとなったこの曲のアーティスト、オリバー・アンソニーは、このヒットで、「オレたちはあいつらより多い」ことを知ったと語った。

曲の内容は貧しい者の不満と社会への批判に満ちており、ところどころに右派の陰謀論との関連を匂わす表現もあった。ニューヨークタイムズによれば、これは右派のポピュリズムの曲で、政治がスポーツ、映画、ポップミュージックなど社会のあらゆる側面に影響を及ぼす先駆けであり、アメリカの行きすぎた分極化の象徴ということだ。

裏で組織的な拡散(CIB)が行われている可能性が指摘されたが、ローリングストーンズ誌によればその兆候はなく、草の根による大ヒットのようだ。

共和党や右派インフルエンサーたちはこの曲を政治的に利用しはじめているが、オリバー・アンソニー自身にはそのような政治的な意図はなく、政治的な利用には否定的だ。ただ、アーティストの意向とは別にこの曲がヒットしたことそのものが政治的に意味を持っている。

「Rich Men サウンド・オブ・フリーダム」という映画も「Rich Men North Of Richmond」同様に全く予想もしないヒットになった作品だ。児童人身売買をテーマにしたこの映画は、QAnonの陰謀論と相性がよく、トランプなどの保守系政治家が支持したこともあって陰謀論者に広がった。彼らは映画の支持のためにチケットを買うことを推奨していた。

Rich Men North Of Richmondやサウンド・オブ・フリーダムを支持する多くは、以前の記事に書いた格差底辺で不可視化された人々だ。政治、経済、文化のどこにも彼らの居場所はなく、置き去りにされていた。その結果、一部は陰謀論や白人至上主義などにのめり込むようになった。トランプは彼らの支持を獲得し、大統領になった。いま、彼らは自分たちが多数派であることに気づき始めている。音楽や映画が不可視化された人々に、自分が何者であるのか悟らせはじめているのだ。

ヨーロッパに極右はいない

不可視化された人々が多数派だという認識は、これまで自らを多数派と考えてきた人々にも広まっている。11月27日のタイムズの記事は、「極右」という呼び方に異を唱えた。なぜなら、ヨーロッパの主流はもはや彼らなのだから、「極」という言葉は当てはまらないというのだ。

正直、個人的にはそうでないと思いたいが、多くの国の選挙の結果はその可能性が高いことを示している。それでもかつての主流派の多くは、まだ自分たちを主流派だと考えているだろう。なぜなら、社会の多くの側面はまだ彼らを中心に動いているからだ。政治は交代が始まり変化が可視化されたが、文化ではまだそうなっていない。しかし、「Rich Men North Of Richmond」や「サウンド・オブ・フリーダム」のヒットは、文化面でも主役の交代が始まったことを告げている。

  

調査結果が示した反主流派の実態

極右、陰謀論者、白人至上主義者などを総称して「反主流派」と私は呼んでいる。多数派となってしまったので「反主流派」と呼ぶのには語弊がありそうだが、特定のイデオロギーを持たず、反エスタブリッシュメントや社会への不満で動機づけられているため「反主流派」という言葉が合うような気がする。

極右、陰謀論者、白人至上主義者などは異なるグループのように思えるが、特定のグループがその時々に合ったテーマに合わせて活動しているのが実態に近い。コロナのパンデミックの最中には反ワクチン、ウクライナ侵攻が始めればそちらについて発言する、といったぐあいだ。たとえば、2021年1月6日に、アメリカ連邦議事堂を襲った人々は、トランプ支持者であると同時に、陰謀論者だったり白人至上主義者などだった。

11月末に公開されたInstitute for Strategic Dialogue(ISD)の調査結果でこうした状況を統計的に確認できた。アイルランドのネット情報空間について包括的な調査を行ったものだが、同様の傾向は他の地域にも当てはまりそうだ。

この調査ではネット上の言説の9つの主たるテーマを特定した。陰謀、健康・衛生(特にコロナ)、移民、エスノナショナリズム、アイルランドの政治、気候変動、LGBTQ+、ロシア・ウクライナ紛争、5Gである。表をご覧いただくとわかるように複数のテーマを含んでいることが多い。健康・衛生(ほとんどはコロナ関連)についての発言で陰謀論にも言及している割合は24.49%、健康・衛生について発言している発言に他の8つのトピックスについての言及がある割合の合計は90.88%(重複があるため高めに出るのだが)となっている。

また、時期に合わせて取り上げるテーマが変わっていた。

余談であるが、この調査は12のSNSプラットフォームを対象にしていた。誤報と偽情報のエコシステムの中で最も活発な活動が行われているプラットフォームはX(かつてのツイッター)だった。

ハイブリッドな内戦が始まる

国家間の争いでは社会のあらゆる側面を武器化する「ハイブリッド戦」という言葉が使われるようになった。国家内の分断においても全面的な対決=「ハイブリッド戦」が起きつつある。言わばハイブリッド内戦だ。暴動から音楽、映画まで武器化される。

その性格上、「ハイブリッド内戦」は民主主義国でしか起きることはなく、ポピュリズム政権の誕生によって終わる。

2024年には78カ国で83の選挙が行われる。民主主義国の選挙で、自覚し始めた多数派「反主流派」と、かつての主流派がぶつかることになる。反主流派が勝てばポピュリズム政権が誕生し、負ければ暴動や抗議運動が起こる。

  

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