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「10億ドルの鉄壁」が破られた、アメリカがハマスの奇襲成功から学ぶべきハイテクの欠陥

ニューズウィーク日本版 2023年12月11日 12時5分

<2500人のローテクなハマス兵がイスラエルの最先端の軍事技術と通信傍受をやすやすと突破、アメリカとその同盟国の安全保障に突きつける衝撃の現実とは?>

パレスチナ自治区のガザ地区は、自由な出入りができず、住民が逐一監視され、「世界最大の野外刑務所」と呼ばれてきた。

ガザを取り囲む約60キロの壁には、無数の監視カメラや自律型兵器が設置されている。

周辺にはイスラエル軍の基地が点在していて、最先端の武器を持った兵士たちがいつでも出動できる態勢にある。さらにガザでやりとりされる電話やメッセージや電子メールは、イスラエルの電子情報網によって逐一傍受されている。

この防衛網の基礎を成す技術は、米軍がアメリカの市民や国益を守るために、そしてNATO軍がロシアや中東との境界を監視するために使っている技術とほぼ同じだ。

それだけに10月7日、イスラム組織ハマスのメンバー2500人以上がこの防衛網を突破して、イスラエル側で約1200人を殺害し、約240人の人質を取った事件には、イスラエルの国民や軍事専門家だけでなく、米国防総省をはじめ多くの国の安全保障関係者が衝撃を受けた。

最先端技術を駆使したイスラエルの防衛システムが、ハマスのような比較的「ローテク」のテロ組織の攻撃を防げないなら、ロシアや中国など先端技術を持つ敵国は、アメリカや世界にどれだけ大きな混乱をもたらせるだろう。

イスラエルの技術的優位の象徴と考えられてきた壁が、急に欠陥だらけのザルのように感じられるようになった。

「米国防総省はとてつもなく大きな教訓を得た」と、ブルッキングス研究所のエイミー・ネルソン研究員は語る。

「最先端の防衛技術と最も近代的な軍を持つ国が、実戦に勝利するとは限らない。それでも奇襲を受ける可能性はある」

一部の専門家が指摘するのは、テクノロジーへの過剰依存だ。

実際、アメリカにとって最大の教訓は、先端技術は人間の代わりにはならないということだろう。

軍と安全保障高官らは、侵入者の撃退、ミサイルによる抑止、そして敵の盗聴という3つの重要領域でイスラエルがどのようなミスを犯したのか究明しようと躍起になっている。

「イスラエル軍は中東で最強であり、技術的にも最高レベルだ」と、民主主義防衛財団軍事・政治権力センターのブラッドリー・ボーマン上級ディレクターは語る。

「それなのに旧式の技術しか持たない敵が、1日の死者数ではホロコースト以来となるユダヤ人虐殺をどうやって成し遂げたのか調査が進んでいる」

攻撃の直後、ガザの北にある検問所を銃を手にバイクで通る AHMED ZAKOTーSOPA IMAGESーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

完全な不意打ちを食らった

イスラエルがガザの周囲に張り巡らせた壁は、ハマスの攻撃を不可能にしたはずだった。

ところが10月7日の奇襲攻撃では、大量のハマスの戦闘員が壁を突破して、ほぼ抵抗に遭うこともなく数時間にわたってイスラエルで暴れ、200人を超える人質を連れて再び壁を越えてガザに戻った。

「イスラエルは世界でも指折りの情報収集スシステムを持っているはずだ」と、コロラド大学国家安全保障イニシアチブセンターのイアン・ボイド所長は言う。

「それなのに完全な不意打ちを食らった」

イスラエルが10億ドル以上を投じて、ガザを取り囲む壁を完成させたのは2021年のこと。

別名アイアンウォール(「鉄壁」)は、コンクリートや鉄条網を組み合わせた高さ6メートルの壁で、トンネルを阻止するため地下にも及ぶ。

壁の周辺には数百台の暗視カメラや熱センサーなど、異常を探知するためのハイテク機器がこれでもかと配置されている。

さらに陸では移動型ロボットが、空からは小型飛行船やドローン(無人機)が随時監視の目を光らせている。

壁に設置された機関銃は遠隔操作が可能なほか、センサーからの警告を受けてAI(人工知能)が自動的に照準を合わせて発射するタイプもある。

従って数千人もの戦闘員が、爆発物や重機を携えてこの壁を突破するなどということは、絶対にあり得ないと考えられていた。

理論的には、センサーが異常を探知すると、最寄りのイスラエル軍の基地の警報が鳴り、兵士たちがコントロールパネルに駆け付けて、監視カメラやドローンの映像を確認する。

その上で兵士や戦車や航空機が出動して、あらゆる制圧措置が取られる。他の基地にも応援要請が出て、さらに大規模な対抗策が取られる。

また、壁に取り付けられた機関銃が遠隔操作されたり、手榴弾や小型ミサイルが発射されたりして、武装勢力を攻撃する──。

この「鉄壁」の守りを、どのように打ち砕いたのか。

詳しいことは今も多くが不明だと、専門家は強調する。これまでのところ、イスラエル側が公表した情報は皆無に近い。

だが、奇襲攻撃のカギとなった要素は複数判明している。本誌が話を聞いた専門家らによれば、あの日の事件はおそらく次のように起きた。

10月7日早朝、ハマス戦闘員は境界の約30カ所で、ブルドーザーや爆薬を用いて防壁に穴を開けた。その隙間から、多くがバイクや自動車で侵入する一方、電動パラグライダーで防壁を越えた者もいた。

第1波攻撃は、いくつかのシンプルな戦略によって始まった。

目的は高性能防衛システムを無効化し、警報や機関銃の作動を阻止することだ。

戦闘員はまず、目に付く場所にあるセンサーや自動機関銃に発砲し、動きを止めた。

同時に、容易に特定できる形で防壁に設置された3つの司令・通信塔を、小型発射体やドローンを使って爆破。警報が作動したケースがあったとしても、中央の軍司令部には届かなかったとみられる。

境界付近のイスラエル軍基地が警告を受けることもなかったようだ。

これらの基地では多くの兵士が、おそらく攻撃に気付かないまま就寝中に殺害された。異常を知らされなかったのは、ハマスが境界一帯で携帯電話通信を妨害していたためだろう。

彼らが使用したのは、市販の携帯式電波妨害装置だった可能性がある。

通信事業者が利用する周波数に電子ノイズを放射する単純な仕組みで、オンラインでも最低800ドルほどで購入できる。

「敵の通信遮断は戦いの大原則の1つだ」と、ブルッキングス研究所のネルソンは指摘する。

明暗を分けた兵器のコスト

突破後は、センサーや自動兵器の作動を懸念する必要はほぼなかった。

イスラエルの防衛装置は、どれも境界のガザ側を向いていたからだ。

その日、やすやすと境界を越えたのは戦闘員だけではない。

ガザからロケット弾最大5000発が発射され、イスラエルが頼りにしていた防空ミサイルシステム「アイアンドーム」を打ち砕いた。数十発のロケット弾がイスラエル国内に着弾し、少なくとも5人が死亡している。

アイアンドームは飛来するロケット弾などをレーダー上で捕捉してAIで弾道を割り出し、人的被害の脅威がある場合、ミサイルを発射して迎撃する。15億ドルとも言われる巨額資金を投じ、11年の実戦配備以来、迎撃率約95%を記録していた。

ハマスの戦略は単純だった。「数」で圧倒したのだ。

奇襲攻撃の際、ハマスが発射したロケット弾は3000~5000発。一方、イスラエルが配備していた迎撃ミサイルはわずか1000発ほどだ。しかも再装填に時間を要するため、次々に襲来するロケット弾に対応し切れなかった。

イスラエルのミサイル数を上回るロケット弾を、ハマスが保有していたのは驚きかもしれない。

だが、ロケット弾は安価だ。

「イスラエルの迎撃ミサイルは1発5万ドル以上する」と、コロラド大学のボイドは言う。

「ハマスのロケット弾の100倍に上るコストだ。おかげでハマスは防空システムを圧倒できた」

最新鋭戦車の盲点を突く

3つ目の機能不全は通信傍受体制だ。

イスラエルはガザ内部の通話を残らず傍受し、あらゆる電子通信を監視している。

潜在的攻撃の初期兆候は盗聴で察知できると信じていたからだ。その前提には、戦闘員が噂話をするはずだとの想定があった。

ハマスはイスラエルの通信傍受能力を逆手に取ったらしい。

攻撃計画に関するやりとりを対面に限定するだけでなく、電話での会話では意図的に、イスラエルとの対立は望まないと示唆していた。

こうした状況のなか、イスラエル軍はハマス戦闘員の侵入に2時間近くも気付かなかった。

重大危機発生の警報を発令したのは6時間後だ。

攻撃開始後の早い段階で、戦闘員はイスラエル軍のメルカバ戦車1両と対峙している。世界最新鋭の戦車の1つで、強力な機関銃を複数搭載し、高度な照準装置や最先端の装甲防御力を備えており、戦闘員を簡単に抑え込めるはずだった。

だが、メルカバは即座に爆破された。

ハマス戦闘員は、ロシア軍戦車を破壊するウクライナ軍と同様、市販されている小型ドローンから手榴弾を投下した。次に現れたメルカバも同じ目に遭った(その後、イスラエル軍はロシア軍に倣い、手榴弾防止のため砲塔の上に即席の屋根を装着した)。

世に名高いイスラエルのハイテク防御はうまく機能せず、システム全体の崩壊につながったのだ。

だがイスラエルの防御力を疑問視する声が出た理由は、何より時間単位での対応の遅れだった。

まとまった規模のイスラエル軍部隊が現地に到着するまでに約8時間かかり、最後に残ったハマスの戦闘員と対峙するまでに20時間もかかった。

「今後は『キルチェーン』(敵の発見から撃破に至る一連のプロセス)を最速で完了することが、戦場における交戦で勝利するカギになるだろう」と、ボーマンは語る。

「つまり、いかに素早く敵の行動を察知し、対応方法を決断し、実行に移せるかが重要となる。秒、分単位の違いが生死を分かつことになる」

その視点から見ると、今回イスラエルのハイテク防衛はきちんと機能しなかったと、彼は言う。事実、完全制圧までにかかった時間は約1200分だ。

米軍においても過去20年間、ハイテク機器の使用は拡大の一途だった。

標的を自動捕捉する自律型ミサイルや、自律走行する装甲車、敵の兵器を無力化するエネルギービーム、兵士に着用させて戦闘力を高める金属製の外骨格型パワードスーツなどのテストも進んでいる。

その一方でアフガニスタンでの20年にわたる戦闘では、一般市民に紛れ込み、山岳地帯の洞窟に暮らし、電子機器による通信を使わず、死をいとわず襲ってくるローテクな敵の前では、最新鋭の兵器や情報収集機器も大して役に立たないということが白日の下にさらされた。

アメリカとライバル関係にある国々は、米軍とほぼ肩を並べる水準の兵器を持っている上に、軍隊の人員規模という点ではアメリカを上回っている。

「テクノロジーは兵力を何倍にもできるが、テクノロジーさえあればいいというものでもない」と、ボイドは言う。「米国防総省はイスラエルの状況を注視している。これはアメリカ自身の弱点について考えるきっかけになっているはずだ」

「イスラエルで起きているようなことに、いつかアメリカも遭遇するかもしれない」と、ボーマンも言う。

「ロシアがウクライナに侵攻し、中国が台湾を脅かし、イランがイスラエルを脅かす一方で核兵器開発に一歩ずつ近づき、北朝鮮の脅威もあるなかで、アメリカは今、私がこれまで見たこともないような恐るべき安全保障環境に置かれている」

アメリカがイスラエルと類似の(全く同じ場合も多い)ハイテク防衛機器に依存していることは、アメリカとその同盟諸国の懸念の種だ。

ガザ境界のアイアンウォールや、ミサイル迎撃システムのアイアンドームなどイスラエルの防衛テクノロジーは、米オバマ政権期に結ばれた合意の下でアメリカと共同開発された。

今日、そうした技術や類似のシステムの多くはアメリカの国境警備でも使われている。

メキシコ国境で不法入国者などの摘発に大きな役割を果たしているドローンの多くはイスラエル製で、イスラエルもガザ境界で同じものを使っている。

小型監視用ドローン「スカイラーク」を飛ばす準備をする訓練中のイスラエル兵(2012年) URIEL SINAI/GETTY IMAGES

共同開発したハイテク機器

米国土安全保障省は、新型のイメージングセンサーやレーダーセンサーの国境の「自律型監視塔」への導入や、国境警備用のドローンやトンネル検知センサーの導入に向けて動いていると明らかにしている。

いずれもイスラエルで使われているものと似たタイプだ。

アメリカは国境警備においては、遠隔操作もしくは自律型の機関銃を使っていないが、米軍基地や米海軍の艦艇の防御のためには使っている。

例えば米軍は、ガザとの境界で使われているのと同じイスラエルの「サムソン遠隔操作式銃塔」を100台ほど配備した。イスラエル製の監視用小型ドローン「スカイラーク」も購入している。

イスラエルが(もしくはイスラエルとアメリカが共同で)開発し、米軍が世界各地の都市や基地を守るために運用しているハイテク防衛システムはほかにもある。

アイアンドーム関連で言えば、迎撃ミサイルは主にアメリカ製で、米海兵隊は2000発を発注済みだ。

ミサイル発射台はイスラエル製で、アメリカは2基を保有している。いずれも近々、防衛力強化のためにイスラエルに送られる予定だ。両国が共同開発したさらに強力なハイテク防空システム「ダビデの投石器」も、米軍とイスラエルの双方で運用されている。

メルカバと同様、米軍のM1エイブラムズ戦車やその他の装甲車両もハイテク防護システムで守られているが、その一部はイスラエル軍と共通だ。

例えば飛来するミサイルなどを探知し、自動的に小型ミサイルを発射して爆破する「トロフィー」。飛来するミサイルのすぐ近くに「迎撃体」を発射して爆発させ、その衝撃波で破壊または軌道をそらす「アイアンフィスト」もそうだ。

イスラエルはさらに、戦車の装甲板の上に装着し、弾丸が当たると外側方向に爆発させて戦車内部を保護する「爆発反応装甲」用のタイルを米軍に納入している。

加えて国防総省は10億ドル以上の年間予算をAIにつぎ込んでいる。

その一部は人間の兵士の関与を減らす目的、つまり自律型の車両や兵器の開発・生産に使われる。既に自律型の対潜水艦無人艦や対戦車自動誘導ミサイルのテストは、かなり進んでいる。

ハマス程度の弱小集団がイスラエルのハイテク防御を突破できるなら、はるかに進んだ技術力を持つ潜在的な敵性国家が防御技術におけるアメリカの優位を脅かす可能性も考える必要がある。

「これらの国とその代理勢力のテロ組織は、ますます能力を高め、極めて高度な技術を手に入れようとしている」と、民主主義防衛財団のボーマンは言う。

中国とロシアは、今やサイバー戦争とAIのエキスパートだ。

独自のステルス爆撃機や、既存のミサイル防衛システムでは撃ち落とせない極超音速ミサイルを実戦配備している。

イランは世界有数の爆弾搭載ドローンの保有国であり、北朝鮮は射程距離1万キロ以上の核ミサイルを最大60発発射できる能力がある。

10月7日の惨劇から学べる最も重要な教訓は先端技術だけに頼りすぎることの危険性だと、イスラエル軍と密接な関係を持つ防衛シンクタンク「IDSF」のヨッシ・クーパーバッサー研究部長は強調する。

「遠くから状況をコントロールできるので、現場にいる必要はないと感じるようになったら、それは大失敗の始まりだ」

クーパーバッサーは陸軍情報部隊の元調査責任者。2度の戦争に従軍した経験から、先端技術の限界を痛感しているという。

「どんなテクノロジーも戦場の兵士に取って代わることはできない」

先端技術の魅力は地上軍の兵士に比べて低コストなことだと、クーパーバッサーは言う。

経済面に加え、人的損害も減らせるという意味だ。

ハイテク兵器は食料や水、給料なしに不眠不休で働き、人間の目が見落としがちな対象を捕捉し、人間よりも速く正確に、より遠くを攻撃できる。それに、機械が破壊されても誰も泣かない。

最後にものをいうのは数の力

民間人を守り、戦いに勝てるのは先端技術と人間の適切な組み合わせだと、クーパーバッサーは主張する。

「AIや最先端のテクノロジーは人間の助けになるが、どこかで人の手が関わることが必要不可欠だ。機械に依存しすぎると、私たちのように不意を突かれる。敵を抑止する技術的解決策を導入するたびに、敵もそれを克服する方法を考え出す」

敵は洗練された高価な先端技術を単純なローテクで巧みに無力化する方法を身に付けつつある。

「ハマスは市販のテクノロジーを使い、何百万ドルもするセンサーや戦車に対抗した」と、ブルッキングス研究所のネルソンは指摘する。

コロラド大学のボイドによれば、兵力は今も究極の武器であり、戦争や防衛の成功は大部分、兵力の投入量で決まる。

10月7日の惨劇が多数の犠牲者を出した理由を突き詰めて考えれば、イスラエルに侵入したハマス戦闘員の数の多さに行き着く。

その意味で、米軍の約3倍という北朝鮮軍の兵力は無視できない数字だ。

「もし北朝鮮が韓国に侵攻したら、アメリカの支援があっても防御側は数の力で圧倒される可能性が高い」と、ボイドは言う。

兵力の動員については、アメリカとイスラエルやその他の同盟国の多くは、ある種の弱点を抱えている。敵対勢力の多くに比べ、犠牲者を出すことへの耐性が低いという点だ。

10月7日の惨劇直後はほとんど言及されなかったが、当日の戦闘で殺されたハマス戦闘員の数(約1500人)はイスラエル側より多かった。

だがイスラエルが死を嘆き悲しむ一方で、ハマスは祝福した。

「相手が多くの人的損害を出す覚悟で来る場合、こちらはテクノロジーへの依存度が高くなる」と、ボイドは言う。

「今のアメリカでは、そのほうが政治的に受け入れ可能だからだ」

ハイテク防衛への過度の依存が招いた10月7日の惨劇は、イスラエルや他の国々にとって極めて重要な教訓になるだろうと、IDSFのクーパーバッサーは言う。

「問題はその代償が大きすぎることだ」

デービッド・H・フリーマン(科学ジャーナリスト)

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