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鉄道会社の従業員が他社線で痴漢行為...私生活での不祥事で社員が逮捕されたら、会社は懲戒処分できるのか

ニューズウィーク日本版 2023年12月11日 6時40分

<業務の問題で事件を起こした人に厳しい処分をするのは当然だが、痴漢や暴力など私生活ではどうなのか。弁護士が解説する>

アメリカにて公共の場で人種差別的な発言をした人を、会社が解雇したという記事がありました。差別的な発言がSNSで拡散されたことから、会社が対処せざるを得なくなったということです。

人種差別が問題となるところなど、いかにもアメリカらしい事案ですが、日本でもこういうことはよく問題となります。

飲食店で従業員が悪ふざけをした動画を拡散した事例のように、業務の問題で事件を起こした人に対して、会社が厳しい処分をすることは当然のことでしょう。

加えて、暴力行為や痴漢といった"私生活上の問題"でもSNSなどで拡散されると、会社の評判に大きな傷を付けることになります。

このような私生活上の問題行為に対して、企業としてどのような対応を取ることができるのか、弁護士が解説します。

懲戒解雇のハードルは高い!

問題行為を起こした社員に対して、会社は懲戒処分を行うことができます。刑事事件を起こして禁固以上の刑に処せられた場合や、会社の評判を著しく落としたような場合など、どのような場合に懲戒処分を行えるのかは、通常は就業規則に記載されています。

ただ、懲戒処分にも軽いものから重いものまでさまざまな種類があります。

一番軽い戒告処分(厳重注意を言い渡す懲戒処分)の場合は、比較的簡単に認められますが、一定期間の休職を命じたり、給与を減額したりするような懲戒処分は容易に認められません。まして懲戒解雇処分となると、よほどのことがないと認められないことになります。

非違行為とは?

懲戒処分の対象となる行為は、一般に"非違行為"と呼ばれています。就業規則で定められている"服務規定"などに反する行為がこれにあたります。

会社の服務規程は、かなり細かい定めがなされていることが多く、中には比較的軽い非違行為から相当重大なものまであります。たとえば、資金の横領や勤務態度がよくないなどが挙げられます。

また、会社内での業務に関する非違行為と私生活上の非違行為もあります。それぞれの非違行為の内容によって、会社としてどこまで処分ができるのかを決められます。

■就業中の非違行為と私生活での非違行為

就業中の非違行為や、職務に関連した非違行為については、比較的容易に懲戒処分が認められます。先ほど挙げた、飲食店内で従業員が悪ふざけする様子をSNSで拡散するような場合です。

最近問題とされることの多いパワハラなども就業中の非違行為や、職務に関連した非違行為にあたります。

たとえ就業中の問題でも、懲戒解雇などの重い処分は簡単には行えないので注意が必要です。パワハラを起こした従業員を解雇したところ、その従業員が不当解雇で会社を訴えるような事件は相当数起きています。

筆者が担当した事件で、女子社員からの無理やりキスされたという問題提起を受けて、調査の上、当該従業員を解雇したところ、逆にその従業員から訴えられた事案もありました。解雇に至る手続きが十分でなかったことなども理由に、会社側が負けています。

業務に関連する懲戒でも、容易には認められません。ましてや、私生活上の非違行為に対する会社の処分については十分に注意が必要です。

(参考記事)一歩間違えると致命的なリスクに!? 不祥事対応の失敗事例と対応策【弁護士が解説】

■私生活のなかでも懲戒処分になる?

私生活での問題も会社に大きな影響を与える場合があります。重大な犯罪を行ったような従業員を、そのまま放置しておいては会社の責任まで問われることになりかねません。特に犯罪行為がSNSなどで拡散し、会社の名前まで出たような場合は、会社としても処分せざるを得ないでしょう。

実際問題として、裁判で禁固以上の刑が科せられた場合や、犯人の会社名が拡散したような場合には、懲戒解雇まで認められることもあります。

逆に、比較的刑罰が軽い痴漢事案などで、処分も罰金刑にとどまったり、会社名の公表などされなかったりしたときにどの下(もと)での懲戒処分を行えるのかが問題となります。

懲戒解雇が認められなかった裁判例

この問題に関して、鉄道会社の従業員が、他社の電車内で痴漢行為をした事案が裁判例として残っています。

確かに自社の業務に関連した非違行為とはいえません。しかしながら、鉄道会社という似た職場に勤めているものが、電車内で痴漢をするというのは非常に問題です。

会社はこの従業員を解雇(懲戒解雇ではなく一般の解雇)したのですが、本人は裁判で解雇無効を主張しました。それに対して裁判所は、従業員の主張を認めて解雇は無効としたのです。

もちろん裁判の中では、勤務期間の長さやそれまでの職務態度、事件の悪質性などさまざまな要素が考慮されていますので、安易に一般化はできません。また、解雇が有効とされた裁判例があることも事実です。

しかし、私生活上の痴漢行為が理由で簡単に解雇(ましてや懲戒解雇)できないことがほとんどでしょう。

【参考】「東京メトロ(諭旨解雇・本訴)事件」 / 労働基準判例検索(公益社団法人全国労働基準関係団体連合会)

会社としてどうすればよいのか

私生活において痴漢などの非違行為をした社員を放置することは問題です。ただ、懲戒解雇という厳しい処分を取ると、社員の今後の再就職などにも大きな悪影響が及びます。

「窮鼠猫を噛む」ように、解雇無効の裁判まで起こされる可能性が出てくるため、多くの会社は合意の上での退職といった方法で、本人に会社を辞めてもらうようにしています。

その場合、退職金なども合意の上で出さなかったり、減額したりすることになります。会社としてのリスク管理を行うとともに、非違行為をした従業員を事実上処分しているわけです。従業員としても、合意退職を拒否して、会社に解雇されるような事態は通常避けるでしょう。

最後に

現代では、従業員側の権利意識が非常に高くなってきています。従業員の私生活上の非違行為に対しても、安易に懲戒解雇などしたら会社としてダメージを浴びかねません。

従業員の対応は細心の注意をもって行うとともに、何かが起こった場合は弁護士などの専門家に相談することが大切です。

(参考記事)自社は大丈夫?最近増えつつある助成金・給付金の不正受給...影響と対応策とは

[執筆者]
大山滋郎
横浜パートナー法律事務所 代表弁護士
東京大学法学部卒。メーカー在籍中に米国のロースクールに留学し、ニューヨーク州弁護士の資格取得。その後、勤務のかたわら司法試験に合格。外資系大手弁護士事務所在籍を経て、2007年4月1日より独立開業。現在7名の弁護士が在籍しています。一部上場のメーカーの法務、知的財産部に15年以上在籍した経験を生かして、企業法務のサポートを行います。

※当記事は「経営ノウハウの泉」の提供記事です






大山滋郎 ※経営ノウハウの泉より転載

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