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「ガザ地区の完全な支配権を取り戻す用意がある」パレスチナ高官...それでもなぜ「戦後ビジョン」が見えないのか【本誌独占スクープ】

ニューズウィーク日本版 2023年12月13日 13時5分

<米政府の提案を受け入れても、和平がなお遠い理由について>

イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が始まって2カ月を迎える節目のタイミングで、本誌は大きなスクープを手にした。

パレスチナ自治政府は、この戦争の終結後にガザ地区の完全な支配権を取り戻す用意がある。さらに、より広範で長期的な和平合意の一環として、2006年以降初めての議会選挙を実施する準備もある──パレスチナ高官は本誌にそう語った。

国際社会がガザの再建を支持し、将来的に独立したパレスチナ国家とイスラエルが共存する「2国家解決」の路線に合意するようイスラエルに働きかければ、パレスチナ自治政府は米バイデン政権が提案するガザとヨルダン川西岸を自治政府の管理下に再統一する案を受け入れる......。

PLO執行委員会の一員で、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長の盟友であるアハマド・マジダラニは12月6日、ヨルダン川西岸ラマラにあるパレスチナ自治政府のオフィスで、そう述べた。

「私たちは自由で民主的な選挙によって、政治改革を進める」と、マジダラニは言った。「イスラエルの侵攻を利用することはない。あくまで政治的に解決すべき問題だ」

戦争の終結後、自治政府がガザの統治を開始し、1~2年の「移行期間」を経て選挙を行うことも可能だと、マジダラニは主張する。さらに彼は、現在88歳のアッバスがその時点で議長を務めている場合に、再選を目指すかどうかはアッバスおよび彼の政党が決めることだと付け加えた。

カマラ・ハリス米副大統領が戦争終結後のガザ統治はパレスチナ自治政府が行う、という米政府の見解を示したのが、12月2日のこと。マジダラニはハリスの発言に対し、パレスチナ自治政府の幹部として初めて言及した。

だがマジダラニの主張には、パレスチナ自治政府とイスラエルが平行線をたどるとみられる大きな要素が含まれている。それは、アメリカが進めている紛争の政治的解決に向けた取り組みへの障害がいかに大きいかを物語る。

何よりもまず、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の眼中に、2国家解決策はない。イスラエルの現政権は同国史上最も右寄りとされ、政権内の宗教的保守派はヨルダン川西岸におけるイスラエルの入植地拡大を公然と支持している。

だが同地区の入植地拡大は、国際法上は違法だ。アメリカをはじめ西側諸国からは、パレスチナ国家の創設を目指す上でこの問題が障壁になっていると、イスラエルを批判する声が上がっている。

11月30日、戦闘休止7日目を迎えるなかハマスは人質8人を解放 HAMAS MILITARY WINGーREUTERS

簡単ではない非武装化

ネタニヤフは12月5日、戦争終結後には「ガザを非武装化しなくてはならない」と主張した。一方でイスラエルは戦争終結後のガザ運営について協議するよりも、打倒ハマスに燃えている。

とはいえ政府内には、米バイデン政権がこのところ戦争終結後の計画策定を推し進めているのを機に、ガザの今後の在り方をめぐる協議に目を向ける動きも出てきた。

匿名を条件に取材に応じたイスラエル政府高官は、同国の安全保障上の要件を満たしていないと見なされた場合、政府がガザに関するいかなる解決策にも同意する可能性は低いと指摘した。

「わが国の安全保障指導部は、ヨルダン川西岸と同様、ガザにおいても共存のためには非武装化が必須だと考えている」と高官は語り、この条件はパレスチナ自治政府、あるいはガザを最終的に掌握するいずれの組織にも適用されると述べた。

別のイスラエル政府高官は、100人以上残っている人質の解放を含めイスラエルが軍事目的を達成したと判断しても、非武装化のプロセスは一夜では成し遂げられないと語った。

この高官は、戦況が落ち着いてもガザは「テロの温床」と見なされ、イスラエル治安部隊の駐留維持を要すると指摘。さらに政府としては「ガザで軍事作戦を行う一定の自由度を維持する必要」があり、ガザの再占領も目指していないと付け加えた。

マジダラニによれば、パレスチナ自治政府はイスラエルが事実上の支配権を維持する暫定合意には反対する。戦闘終結後にガザに多国籍の平和維持部隊を駐留させる案も支持しないだろう。

さらにマジダラニは、自治政府はエジプトとヨルダンから後方支援を得られればガザの治安を維持できると指摘。その一方で、自治政府の治安部隊が必要とする支援の詳細には触れなかった。

中東の専門家や元米当局者らは、ホワイトハウスが提示している政治的解決案について、ガザの将来をめぐる問題のほかにも、この地域に関するより幅広い問題に対処する必要があると主張する。

西岸地区で会談したブリンケン(左)とアッバス(11月30日) SAUL LOEBーPOOL/REUTERS

米オバマ政権でイラクとトルコ駐在の大使を歴任したジェームズ・ジェフリーは、最も厄介な問題はイランがハマスやレバノンの武装組織ヒズボラを支援していることへの対処だと指摘する。

「バイデン政権の解決案の成功に現実的な可能性を持たせるには、2国家解決やパレスチナ自治政府の効果を薄めようとするイランの悪質な影響力や行動に対抗する必要がある」

ホワイトハウスの方針に詳しいある人物は匿名を条件に取材に応じ、バイデン政権の当局者らは困難な問題が山積していることを理解しており、提案する和平が実現する可能性が低いことを認識していると語った。

「バイデン政権は、これが解決策にならない可能性を知っている。しかし、可能性のある解決策はほかにない」と、この人物は言う。

ブリンケン発言が転機

パレスチナ自治政府の下、ガザとヨルダン川西岸を再統合するというバイデン政権の戦後ビジョンは、戦闘が始まって1カ月後にアントニー・ブリンケン米国務長官が明らかにしたものだ。バイデンはこの時点で既にイスラエルを訪問しており、2国家解決への支持も改めて表明していた。

だが11月8日のブリンケンのこの発言が、今回の戦争に対するバイデン政権の転換点となった。米政府の焦点が「イスラエルの自衛権の支持」から、「イスラエルに対し、ガザの民間人の保護を求めてより公に圧力をかけること」に移ったからだ。

これ以降、バイデン政権はガザの「デイ・アフター(戦争終結後)」計画にますます重点を置くようになっている。これはホワイトハウスが、より長期的な政治的解決を模索していることの表れだ。

1週間に及んだ戦闘休止が終了した後、イスラエルはガザ南部でハマスに対する空爆や地上作戦を強化。ガザ保健当局によれば、戦争開始以降のガザの犠牲者数は1万7000人以上に達している。

戦闘が激化するなか、ハリスは12月2日、国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)出席のために訪れたドバイでの演説で、ガザに関するアメリカの計画に言及。

中東の将来の安定はパレスチナ自治政府が「権威を取り戻し」てガザとヨルダン川西岸を統治すること、そして両地域の治安を管理することに懸かっていると述べた。

だが両地域に暮らす多くのパレスチナ人の間では、自治政府への信頼が揺らいでいる。一部の世論調査によれば、06年にハマスが選挙に勝利してガザを掌握して以降、パレスチナ自治政府の支持率は下落している。

米海軍大学院のモハメド・ハフェズ教授は、多くのパレスチナ人は自治政府を「腐敗した無能な統治組織」と見なしていると指摘する。イスラエルと協力して、西岸地区のパレスチナ人を抑圧しているというのだ。

「パレスチナ自治政府は、もう以前のような正統性を持っていない」と、ハフェズは言う。「政治的な正統性のない彼らにガザを統治させれば、惨事につながる」

パレスチナ高官のマジダラニは、パレスチナ自治政府の内部に幅広い腐敗の問題があるという見方を否定。腐敗の罪に問われているのはネタニヤフのほうだと述べた。

さらに彼はネタニヤフに対し、イスラエルが戦闘終結後、暫定的にでもガザの事実上の支配を再開できると考えるのは誤りだとも警告した。

「ネタニヤフがガザをもう一度占領したいと考えても、受け入れられることはないだろう」と、マジダラニは言う。「パレスチナの人々だけでなく、ほかのアラブ諸国やアメリカを含む国際社会がそれを許さない」

パレスチナ市民への攻撃と懸念について話すバイデン大統領(2023年12月12日)

Biden: Israel is aware of concerns over Palestinian lives/Washington Post

  

ダニエル・ブッシュ(ホワイトハウス担当)

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