Infoseek 楽天

中国が暗躍した「野党陣営の一本化」は不発に、来年1月に迫る台湾の総統選挙で笑うのは誰か?

ニューズウィーク日本版 2023年12月13日 18時15分

<共産党が工作した親中派の候補者の統一候補擁立の内幕が明らかに。もはや有権者の大半は台湾生まれとなる中で、選挙戦の勢いに乗るのは...>

中国は民主的な選挙に関心がないって? 

とんでもない、大ありだ。好きな候補を当選させるため、常に本気で選挙戦に参加する──ただし、よその国の選挙だが。それが顕著に表れるのが、台湾の選挙だ。

台湾では来る1月13日に総統選挙と議会(立法院)の総選挙が行われる。なお現職総統の蔡英文(ツァイ・インウェン)は、3選禁止規定により出馬できない。

中国の肩入れがとりわけあからさまなのは総統選だ。

そう遠くない将来に台湾を併合したい習近平(シー・チンピン)国家主席にとって、親中派の候補を勝たせ、中国に従順な政策を取らせることは死活的に重要だ。

しかしここへきて、急に雲行きが怪しくなってきた。なぜか? 

立候補届け出期限(2023年11月24日)までの展開が、あまりに中国の思惑どおりだったせいだ。

その時点までは、長年にわたる統一戦線工作(親中派を結束させ、その勝利を確実にする作戦)が功を奏する気配だった。

立候補を表明していた4人のうち、現職副総統で与党・民主進歩党(民進党)候補の頼清徳(ライ・チントー)を除けば、ほかの3人は(程度の差はあれ)親中派と言えた。

最大野党の国民党が立てたのは元警政署署長(警察庁長官)で新北市長の侯友宜(ホウ・ヨウイー)。有能な官僚だが政治的には無色透明だ。

党是として中国との統一を目指す国民党は、民進党の進める台湾の軍備拡大に反対してきた。

蔡政権が最新鋭潜水艦の自主建造計画を発表したときは、必要な資金の拠出を止める法案を提出した。

そして技術面で協力する予定の複数の韓国企業の名を暴露し、中国が韓国政府に圧力をかけるよう仕向けた。

一方、野党第2党として躍進中の台湾民衆党(民衆党)は、党の創設者である柯文哲(コー・ウェンチョー)をかついだ。

14年に民進党の盟友を装って台北市長選を制した人物だが、民進党の全面的な支援を受けていたにもかかわらず、当選した途端に「両岸一家親(中台は一つの家族)」と言い切った狡猾な日和見主義者だ。

今は中道派の有権者に取り入るため、国民党ほど中国寄りではないという点を強調している。

そして最後に、世界中で販売されているiPhoneの65%を製造するフォックスコン(鴻海科技集団)の創業者であるテリー・ゴウこと郭台銘(クオ・タイミン)。

生産拠点の多くを中国に置いているため、立場上、中国からの圧力には弱い。柯とは友人関係にあり、起業家精神を説く一方で中国に擦り寄り、有事には必ず台湾を守るというアメリカの約束には疑問を呈していた。

台北市内のビル外壁に掲げられた民進党の選挙ポスター(左が総統候補の頼清徳) ALEX WONG/GETTY IMAGES

ところが各種の世論調査では、民進党の頼が一貫して35~40%の支持を得てトップを走っていた。侯と柯はそれぞれ15~30%の支持率で2位を争い、郭の支持率は10%に達しなかった。

そこで中国側は考えた。

まずは郭に出馬を断念してもらい、一方で侯と柯を正副総統候補のセットにして一本化しよう。そうすれば票の分散を防ぐことができ、親中派の統一戦線を組めるはずだった。

テリー・ゴウを封じたが

それで中国政府は、10月23日にフォックスコンの経理に不正の疑いありとして調査に乗り出した。たちまち同社の株価は3%ほど急落し、郭は公の場から姿を消した。

1カ月後、フォックスコンの中国子会社に2万元(約40万円)というささやかな罰金が科された。

そして郭は、出馬に必要な100万超の有権者の署名を集め、副総統候補も指名していたのに、11月24日の期限までに正式な立候補届を出さなかった。

だが、まだ中国は手放しで喜べない。

水面下で国民党と民衆党の候補一本化に向けた必死の努力を続けていた。一本化すれば勝利の確率は高くなるから、侯にとっても柯にとっても悪い話ではないはずだった。

だが問題は、どちらが副総統に甘んじ、どちらが総統候補になるかだった。

どちらも譲らず、やむなく総統経験者で国民党の長老である馬英久(マー・インチウ、習との個人的パイプも太い)が割って入り、自党の侯を説き伏せ、民衆党・柯の求める条件で一本化する合意を取り付けた。これが11月半ばのこと。タイミングといい強引なやり方といい、習からの強い圧力があったのは間違いない。

だが、この上意下達の合意はすぐに崩れ去った。図に乗った柯が条件を追加し、普段は温厚な侯を怒らせたからだ。

それに、そもそも副総統には何の権限もない。

だから個人的な野心は別にしても、どちらの陣営も自党の候補者が副総統に納まることには抵抗していた。交渉はぎりぎりまで続いたが、折り合いはつかず、最後は互いに責任を押し付け合う非難の応酬で終わった。

中国は悔しくて歯ぎしりしていることだろう。

さて、最後に笑うのは誰か。現地の政界事情に通じた中央研究院(台湾)の吳叡人(ウー・ウェイレン)に、この重要な選挙の行方を占ってもらった。

──最大野党の国民党は今回の選挙にどう臨んでいるのか。また中国との関係は?

時がたち、国民党でも中国大陸生まれの政治家は馬英久あたりが最後。だから国民党に対する中国の影響力は弱くなっている。

ちなみに、今回の総統候補の侯友宜は台湾で生まれた世代だ。

彼は中国大陸ではなく台湾島を故郷と見なす国民党「本土派」の一員であり、大陸への復帰を希求する旧世代とは一線を画している。それで民衆党の柯文哲と組もうとしたが、失敗に終わった。

しかし「本土派」の票だけでは勝てないから、馬率いる親中派に軸足を移した。

現に彼は、最終的に馬の推薦した人物を副総統候補に選んでいる。

一方で中国は、必ずしも侯を信用していない。彼を警察のトップに起用したのは民進党出身の陳水扁(チェン・ショイピエン)総統(当時)だったからだ。

──柯と中国の関係は? また民衆党が若者の支持を集められたのはなぜか。

柯は臓器移植専門の外科医として成功し、その優れた技術を中国に売り込み、多くの中国政府要人と親しくなり、反体制派からの生体臓器摘出に関与したと疑われたこともある。

しかし以前は陳と親しい関係にあったし、これまでのところ「一つの中国」原則を受け入れてはいない。だから中国は、彼のことも全面的に信用してはいない。

若者の大半はアンチ国民党であり、かつては民進党を支持していたが、民進党は過去24年間のうち16年も政権を握っている。だから、若者には飽きられている。

そのため、柯が19年に民進党と国民党を批判し、民衆党を設立すると、若者のほとんどに支持された。台本なしの自由な演説スタイルも若者には好評で、若者はそれを誠実さの証しと考えていた。

だが急に国民党との候補一本化で話し合いに応じ、水面下の交渉で怪しげな行動をしたことで、民衆党創設の理念を裏切ったという声もあり、若い支持者の一部が離れていったのも事実だ。

──そうであれば、1月の総統選で勝つのは誰で、議会選で笑うのはどの党か?

総統選では与党・民進党の頼清徳が勝つ可能性が高い。

台湾で言う「棄保」(それなりに主張の似ている候補が2人以上いる場合に、勝ち目の薄い候補の支持者が次善の策として勝ち目のある候補に票を集め、共倒れを防ごうとする投票行為)が大規模に起きれば話は別だが、候補一本化をめぐって国民・民衆両党の関係が冷え切っている現在、それはありそうにない。

ただし議会選では、与党が現在の議席数を維持するのは難しいとみる。

練乙錚(リアン・イーゼン、経済学者)

この記事の関連ニュース