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大谷翔平、ドジャースと「10年、7億ドル」契約の背景

ニューズウィーク日本版 2023年12月15日 14時40分

<移籍会見を通じて浮かび上がった巨大契約成立の舞台裏>

12月9日に大谷翔平選手は、FAによる移籍先をロサンゼルス・ドジャースに決めたと発表。球団もこれを公表し、現地時間14日(木)にはドジャー・スタジアムで入団記者会見が行われました。

9日の決定表明に際しては、野球専門局のMLBネットワークが通常の番組を全てキャンセルして特番を組み、連絡の取れたメジャーOBや野球評論家から次々にコメントを取りながら延々と報じていました。一般局でもCNNはニュース速報を流すなど、メディアとしては大きな扱いとなっていました。

今回の会見についても、東海岸に本拠のあるMLBネットワークは、看板キャスターのグレッグ・アムジンガーとハロルド・レイノルズを、ロスに送り込み、会見場の外に特設ブースを設けて生中継をしていました。また、会見が終了した後には、共同オーナーのスタン・カステン氏がインタビューに応じていました。

こうした一連の会見を通じて浮かび上がったのは、今回の「10年、7億ドル」という途方もない巨大契約成立の背景にある3つの理由です。

二刀流への評価が確立された

1つは、二刀流の認知という問題です。支払いの過半は2034年から43年の10年間へと後払いになっているわけですが、数字としては年換算で7000万ドルといのは途方もない金額です。これは最高の投手の給料と、最高の打者の給料が合わさったという計算をしなくては不可能であり、この金額そのものが二刀流への評価が確立したということを意味していると思います。

この二刀流の認知には、もちろん、本人の執念と努力の結果ということが第一に来るのは間違いありません。6年前に大谷選手がエンゼルスと契約した際には、MLBのレベルで二刀流が成立することへの疑問が渦巻いていました。2017年の秋に大谷がMLBへの移籍を表明した際に、例えば評論家のマーク・タウンゼント氏は「打者としてカーショーやバーランダーの球を打つのか、投手としてトラウトやハーパーと対戦するのか、今、彼は選ばなくてはならない」として、両立は不可能だとしていました。

往年の名投手であるジョン・スモルツ氏なども先発した後の中4日の休息日に、打者として出場し続けるのは無理だとして明確に二刀流に反対していたものです。こうした疑念を、大谷選手は実績を示すことで吹き飛ばしてきた、これ自体が偉業だと言えます。

一方で、MLBが組織を挙げて「大谷ルール」を導入するなど、二刀流を応援したことも大きいと思います。二刀流のレギュラー選手の存在は、そのチームの選手の出場チャンスを数字的には減らします。審判としても、投手と打者の観点から厳密無比なストライクゾーンの適用を要求してくる大谷選手の存在は煙たいでしょう。ですが、球界を挙げて二刀流という「夢」を実現してゆく大谷選手を認めるだけでなく、惜しみない称賛を送り続けたのは事実と思います。

ドジャース入りの決め手としては、ナ・リーグでのDH制度導入というのも大きかったと思います。カステン共同オーナーは、10年前から大谷選手の獲得を計画していたが、6年前のエンゼルス入りの際にはDHのない自分たちは手が出せなかった、だが今回は環境が整って獲得できたとしていました。

一方で、大谷選手の契約には、球団の会長と社長が離任した際には大谷選手側から破棄できるという条項が入っています。質疑応答で、この条項の理由を問われた大谷選手は、「優勝を全員で達成するチームワークへの思いからの判断」という抽象的な返答をしていました。これに対して、MLBネットワークのアムジンガー氏は「会長、社長との間で二刀流を認めるという合意があって、それが崩れた場合は球団を去るかも」という意味かもしれないという憶測を口にしていました。あくまで憶測ですが、二刀流への思いが共有されているということは、今回の決断では大きな要素であったと考えられます。

2番目としては、肘のケガに対する再手術からのリハビリという課題を抱えた大谷選手に対して、ドジャースがリスクを取った上で決断をしたという点です。では、どうして球団として、リスクが許容範囲だと判断したのかというと、これは、大谷選手自身が一回目の手術からのリハビリを成功させただけでなく、多くの投手がいわゆる「トミー・ジョン手術」後のリハビリを行ってほぼ100%の球威を取り戻してきたという多数の投手たちの努力の成果が評価されたと言えます。

今回の記者会見では、APやロスの地元記者たちから「手術の詳細」について厳しい質問が飛び、大谷選手は見事に「優等生的に対応」していました。その上で、MLBネットワークでの解説者たちの議論では、おそらく「2回目として効果があり、かつリスクの少ない画期的な手術がされた」ので、大谷選手は詳細が説明できず、一方で球団はその成果についてリスク評価ができただろうというのが、評論家たちの見解でした。

ドジャースの「真摯」な姿勢

3番目としては、ドジャース球団の野球に対する真剣な姿勢というのが、大谷選手を動かし、ある種の相思相愛関係にたどりついたということなのだろうと思います。会見の中で、大谷選手は、過去10年ドジャースが常に優勝を争い、また2020年にはワールドシリーズ制覇を達成しているにもかかわらずオーナーなどが「この10年は失敗だった」と認識していることに感銘を受け、入団への決意につながったとしています。大谷選手らしい発想法ですが、同時にこうした真摯な姿勢はこの球団の性格を示すものだと思います。

私自身としては、1970年代末に、トミー・ラソーダ監督率いるドジャースが、ドン・サットン、スチーブ・ガービーなどの名選手を擁してワールドシリーズの常連だったときから、ドジャースは常に強烈な印象を与える球団でした。なかでも、ドジャー・ブルーと言われる青色のチームカラーは心技体の揃ったプロ集団というプライドを表していたと思います。

今回の会見では、球団の会長、社長から大谷選手、水原通訳まで登壇した人々は皆、青いネクタイを締めて登場していました。少々やり過ぎという第一印象でしたが、紹介された大谷選手が「ドジャー・ブルー」をあしらったユニフォームに袖を通し、青い帽子を被せてもらった時に、胸元から青いネクタイがチラッとのぞいたのが非常に印象的でした。既に大谷選手はドジャーの一員ということを鮮烈に印象付けていたと思います。いずれにしても、大谷選手の成熟した受け答えと、水原氏の度重なる機転の利いた通訳のおかげで引き締まった記者会見になっていました。


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